4-3 父の迎えと見知らぬ人物
十五時過ぎ――
『アネモネ』島を出港した船が『リーフ』の港に到着した。
港に降り立った私にレオナルドが声を掛けてきた。
「レティシア、船酔いは大丈夫だったか?」
「はい、お陰様で大丈夫でした。やっぱりシオンさんが事前にくれたお茶が良かったのかもしれません。ありがとうございました」
隣りに立つシオンさんにお礼を述べると、説明してくれた。
「効果があっただろう? あれはミントの葉とショウガのはちみつ漬けシロップを混ぜた飲み物なんだ」
「はい。飲みやすくてとても美味しかったです」
すると今度はレオナルドが教えてくれた。
「シオンは研究だけでなく、ハーブを使った料理も得意だからな」
「そうだったのですか?」
驚いてシオンさんを見つめる。
「ハーブは薬だけじゃなく、香辛料としても様々な使い道があるから研究の一環として、色々試しているんだ」
「だからシオンが役立つと思って、ついてきて貰ったのさ」
レオナルドが意味深なことを言う。
「一体どういうことなのでしょうか……?」
首を傾げたそのとき――
「レティシア!」
突如、人混みの中から私の名を呼ぶ声が聞こえて振り向いた。
「え……お父様……?」
驚いたことに、こちらに向けて大きく手を振っていたのは父だった。しかも背後には馬車がある。
「どうやら伯爵は俺たちを迎えに来てくれていたようだな。」
レオナルドが私に話しかけてきた。
「そうみたいですね」
父には事前に何時の船で『リーフ』に到着するのか、電話で告げてはいたものの迎えの話などは出ていなかった。
「行ってみようか?」
シオンさんが私の荷物を持ってくれる。
「ありがとうございます」
私たちは父の元へ向かった。
「お父様……」
父の近くまで来ると、私は足を止めた。何と言うべきか、良い言葉が見つからなかったからだ。
すると突然父の手が伸びてきて、次の瞬間強く抱きしめられた。
「お帰り。待っていたよ」
その声はすごく優しかったものの……レオナルドとシオンの前で父に抱きしめられているのが恥ずかしくてたまらない。
「あ、あの……お父様……人の目がありますから……」
「ああ、そうか。すまなかった。つい、お前に会えたのが嬉しくて……」
そう言いながら、父は私の身体から離れた。
嬉しい? 本当に……? 私はその言葉を信じても良いのだろうか?
「君は確かレオナルド君だったね? わざわざ娘の為についてきてくれて感謝するよ」
父はレオナルドに視線を移した。
「ええ、当然です。レティシアは大切な家族のような存在ですから」
レオナルドの物言いは、どこか意図的な物を感じる。……やはり彼も父のことを良くは思っていないのだろう。
父もそのことに気付いているのか、申し訳なさそうに言った。
「ああ……分かっているよ。レティシアがどれだけグレンジャー家で大切にされているのかは……」
そして次に父はシオンに目を向けた。
「ところで、君は……?」
「はい。私はレオナルドの友人でシオン・ラッセルと申します。『リーフ』を観光してみたかったので、無理を言ってふたりについてきてしまいました」
え? そんな設定を……?
私は驚いてシオンさんを見た。これで父が納得してくれるのだろうか?
けれど――
「レティシアが納得をしているのなら、私は少しも構わないですよ。馬車を手配しているから、三人はそちらの馬車に乗ってください」
父は背後の馬車を指さした。
「はい。分かりました」
私たちは馬車に乗り込んだものの、父は何故か馬車に乗ろうとはしない。
「あの、お父様は乗らないのですか?」
不思議に思い、馬車の中から父に声を掛けた。
「ああ、違う馬車で来ているんだ。すまないが、先に行っててくれないか? 私もすぐに後から向かう」
「分かりました、お父様」
父が馬車の扉を閉めると、すぐに馬車は音を立てて走り始める。
そこで窓から外を眺め……父が別の馬車に向かって歩いていく姿が見えた。
「どうやら、あの馬車に乗るみたいだな」
同じく外を見ていたレオナルドがぽつりと言う。
「ん? 誰か馬車に乗っているようだぞ?」
「え?」
シオンさんの言葉に、私は父が乗り込もうとしている馬車を見た。
「え……誰……?」
開かれた馬車からは見慣れない男性の姿が一瞬見えた。
ブロンドの髪色は……何故か、イメルダ夫人とフィオナを連想させた――