38 レオナルドの友人
『アネモネ』大学はグレンジャー家から馬車で小一時間走った大自然の中に在った。
周囲は美しい緑に囲まれ、広々とした敷地にはまるで白亜の宮殿のような校舎が建っている。
「まぁ……何て美しい校舎なんでしょうか。真っ白で、まるでお城みたいです」
馬車から降り立った私は目の前の校舎を見上げて感嘆の声を上げてしまった。
「『アネモネ』島は、島全体が観光島になっている。だから学校も島の景観を保つ為に全て白で統一されているんだ」
「そうだったのですね」
「よし、それでは中に入ろう」
「はい」
レオナルドに連れられ、私たちは校舎の中へと入って行った。
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連れて来られたのは学務課だった。
「レティシア・カルディナさんですか。六月に高校を卒業されて、九月からこちらの大学に進学を希望されているのですね? ではこちらが入学希望者に渡している書類になります」
対応してくれた女性が、茶封筒を差し出してくれた。
「どうもありがとうございます」
封筒を受け取ると、受付の女性が教えてくれた。
「入学願書は八月までに提出して下さいね」
「はい、分かりました」
「ありがとうございます」
私に続き、レオナルドも礼を述べるとふたりで学務課を後にした。
「さて、それじゃ友人に会いに行こう」
校舎を出るとレオナルドが声を掛けてきた。
「あの、今は夏季休暇中なのにご友人は大学にいるのですか?」
「ああ、俺の友人は少々変わり者でね。家にいるよりも大学にいる方が好きなんだ。多分この時間なら中庭にいるだろう」
「中庭ですか?」
「そうだ。大きなハーブ畑があるんだ」
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ハーブ畑は校舎の中庭にあった。広々とした中庭の一部が綺麗に耕され、様々な植物が咲き乱れていた。畑の側には大きな温室まで建てられている。
「立派な中庭ですね」
「この大学は薬理学部が有名なんだ。あの温室は様々な薬草が育てられている。友人はこのハーブ畑の責任者をしている。多分中にいるだろう。行ってみよう」
「はい」
温室の中に足を踏み入れると、思っていた以上に広々としていた。
「すごい……ここにも色々な植物が育てられているのですね」
「立派だろう? さて、彼はどこにいるかな……」
その時、私は前方に生えている植物の陰に人影を見つけた。
「あの方ですか?」
「あ、そうだ。シオンだ。おーい! シオン!」
レオナルドが大きな声で呼びかけ、手を振ると植物の陰から男性が顔を覗かせた。
「レオナルドか?」
そしてシオンと呼ばれた人物がこちらへ向かってやってきた。アッシュブラウンの髪色に、緑がかった瞳の青年は白衣を着ている。
「どうしたんだ? 今は夏季休暇中なのにここへ来たのか?」
「大学に用事があったんだ。それにシオンにも頼みたいことがあってな」
「え? 俺に……ところで……こちらの女性は?」
シオンさんは私をチラリと見ると、レオナルドが紹介してくれた。
「彼女はレティシア・カルディナ。彼女の母親はグレンジャー家の出身なんだ」
「そうなのか?」
「初めまして、レティシア・カルディナと申します。この大学に入学を希望しているので、レオナルド様に連れてきて頂きました。よろしくお願いします」
驚いた顔で私を見つめるシオンさんに挨拶をする。
「あ、俺はシオン・ラッセルと言います。薬理学部の二年でレオナルドの友人です。こちらこそ、よろしく」
私に笑顔を向けたシオンさんは次にレオナルドに視線を移した。
「それで……俺に頼みってなんだ?」
「実は六日後に俺は彼女と『リーフ』へ行くのだが……シオン、お前にもついてきてもらいたいんだ」
「「え!?」」
私とシオンさんの声が重なる。
「一体、どういうことだよ?」
「ああ、お前の協力が必要なんだ。少し調べて貰いたいことがあってな」
「え? 俺に何を調べろって言うんだ?」
するとレオナルドが今度は私に視線を向ける。
「レティシア」
「は、はい」
「どうせなら今まで君……いや、カルディナ家に寄生し、散々苦しめてきた者達を徹底的に追い詰めたいと思わないか?」
「え……?」
戸惑う私に、レオナルドは笑みを浮かべた――