26 私と父 1
父とふたりきりになったはいいものの、何を話せば良いか分からなかった。
何故なら私は今まで、こんな風に父と話し合いをするために面と向かい合ったことが無かったからだ。
父はじっと私を見つめている。
その目は今まで向けられたことが無いものだった。悲しげでもあり……どこか優しげな目に戸惑ってしまう。
「あ、あの……お父様……」
何か言わなければと言葉を発した時、父が口を開いた。
「元気そうで安心した。それに家にいたときよりも、ずっと顔色がいいし表情も明るくなったようだ。恐らく、ここはレティシアにとっては居心地がとても良い場所なのだろう?」
「え……?」
父の言葉が信じられなかった。今までずっと私に背を向け、無関心だったはずでは無かったのだろうか?
それなのに以前の私と今の私の違いに気付くなんて……だから、どうしても尋ねてみたくなってしまった。
「お父様は……私がいなくなって、心配しましたか……?」
「当然じゃないか? お前は私にとって大切なひとり娘なのだから」
ひとり娘という言葉を強調するかのように言う父。
本当に? 本当に父は私を心配して、ここまで捜しに来たというのだろうか?
「お父様……」
そして寂しげに笑う父。
「レティシア。今更謝って済む問題では無いとは分かっている。いくら事情があったとしても、私はやり方を間違えていた。とても許してもらえるとは思ってもいないが……それでも今までお前を蔑ろにしてきたことを謝らせてくれ。……本当にすまなかった……」
真剣な眼差しで私を見つめてくる父。
「お父様、先程お話してくれたことは本当のことなのですか? イメルダ夫人はお父様の愛人ではなく、フィオナと私は血の繋がりが無いというのは……」
「そうだ。私は一度もあの女に愛情を持ったことはない。それにフィオナにも。どうしても……自分の娘とは思えなかったのだ。だが、それもそのはずだ。実際私とあの娘は全く赤の他人だったのだから」
「赤の……他人……」
でも、言われてみれば確かに私とフィオナは全く似ていなかった。母親は違っていても、父親が同じならどこか共通点があってもいいはずなのに。
「私が愛していたのはルクレチアと娘のお前だけだ。……信じてもらえないかもしれないがな。……何しろ私は本当に酷い父親だったから」
イメルダ夫人はずっと父を……そして、母と私を騙してきたのだ。そのせいで母は心を病んで……あんな死に方を……
私はスカートをギュッと握りしめると、尋ねた。
「お父様、お母様が亡くなった日のことを……覚えていますか?」
「ああ、当然だ。今まで一度たりとも忘れたことなど無かった。あれは……私のミスだ。もっと注意してルクレチアを見守っていれば……あんなことにはならなかったのに……」
父の顔が苦しげに歪む。
そして、父は母が亡くなった日のことをポツリポツリと語りだした。
その話は私が初めて聞く話だった――