9 不安な気持ち
三人でエントランスに向かって歩いていると、不意にイメルダ夫人が声を掛けてきた。
「ねぇ、レティシア」
「はい。何でしょう?」
「こうして折角縁あって家族になったのだから、これからは私のことを『お母様』と呼んで貰えるかしら? いくら義理とはいえ、私達は親子関係になったのだから」
「え……? 親子関係……ですか?」
「ええ、そうよ」
満足げに頷くイメルダ夫人。
私は二か月前に母を亡くしたばかりなのに? それなのにこの人は私に自分のことを『お母様』と呼ばせようとしているなんて。
だけど、母はイメルダ夫人から強引にお父様を奪ったも同然。亡き母が罪を犯したとなれば娘の私が償いをしなければ……
「はい。おかあさ……」
その時――
「おはよう、レティ」
廊下の陰から笑顔のセブランが姿を現した。
「あ……おはよう、セブラン」
突然現れたセブランの姿にドキドキしながら朝の挨拶を返す。
「今朝は少し早めに着いてしまったから、部屋に迎えに行こうと思っていたんだけど……」
セブランは私の背後に立つフィオナとイメルダ夫人に視線を向けた。するとフィオナが進み出て来た。
「初めまして。セブラン様。私はレティシアの腹違いの妹のフィオナと申します。どうぞこれからよろしくお願いいたします」
「え!? レティと姉妹関係!?」
セブランは余程驚いたのか、私を振り向いた。するとそこへイメルダ夫人が挨拶してくる。
「初めまして、貴方がレティシアの幼馴染のセブラン様ね? 私はフィオナの母親で、イメルダと申します。本日から縁あって、ここで暮らすことになりました。うちの娘同様、よろしくお願いしますね?」
イメルダ夫人はこれ見よがしにフィオナの両肩に手を置くと、笑みを浮かべた。
「は、はい……わ、分かりました……こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
セブランは戸惑いながらも挨拶をすると、フィオナが再び彼に話しかけてきた。
「セブラン様。私も明日から同じ学園に通うことになりましたので、仲良くしてくださいね?」
そしていつもの魅力的な笑みを浮かべる。
「は、はい……」
その笑顔に顔を赤くしながらもじっとフィオナを見つめるセブラン。
彼は特に何も意識もせずに、フィオナの笑顔を見て赤くなってしまったのかもしれない。
けれど、私の心が傷付くには十分だった。
「それではセブラン。挨拶も済んだことだし、そろそろ学園に行きましょう?」
平常心を装いながら声を掛けると、セブランは我に返ったかのように私に視線を移した。
「あ……そうだったね。それじゃ行こうか? レティ」
「ええ、行きましょう。それでは行ってきます」
私は頷くと、フィオナとイメルダ夫人に挨拶した。
「行ってらっしゃい。レティシア。それにセブラン様も」
「行ってらっしゃい」
こうして私とセブランは二人に見送られながら馬車に乗った。
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「ねぇ、レティ。さっきの人達は……君の家族なの?」
馬車が音を立てて走り出すと、早速向かい側に座ったセブランが話しかけてきた。
「そうよね。いきなりで驚いたわよね。実はあの人たちは……」
隠し立てしていても仕方がない。私は自分の知りうる事実を全て余すことなくセブランに説明した。
「え? それじゃ、さっきの子は本当にレティの腹違いの妹だったんだね?」
「ええ。そうなの……私の母のせいで、あの母娘は世間から後ろ指を指されて今迄暮らしてきたみたいなの。だから責任を感じているわ」
ポツリと自分の気持ちを語った。
「うん、そうだね。それじゃ僕もこれからあの人たちに親切に接するよ。何しろ彼女はレティの妹に当たる人だからね」
笑みを浮かべながらフィオナのことを気に掛けるセブラン。
そんな彼を見て私の胸は不安でチクリと痛むのだった――