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コンパクトの亡骸

作者: 夢影みちる
掲載日:2023/01/24

 思いもしなかったことだ。ずっと憧れを抱いていた存在になれたというのに、私はこれっぽっちも幸福を感じてはいない。なりたかったものになれたのに、一体どうしてこれ程までに辛さに顔を歪めているのだろうか。私がなりたかった存在は何だったのだろう?

神様、もしあなたが本当に天におわすならば私をただの人間に戻して下さい。



私の名は愛という。愚かな願いで力を持ってしまった15歳の女学生。私が身にまとう制服のポケットには、力の源がある。そう、私が願った夢の象徴。その象徴の名はコンパクト。丸みのあるハートの形にのせられた、穢れを何も知らぬかのような光を放つ赤の宝石。私はどんどん時代に揺られて穢れを胸に溢れさせていくから、その宝石の輝きがいやに感じる。お前も一緒にこの世界で汚くなればいいのに、と思ってしまう。


毎日私に声をかける存在がいる。そいつは私に力を持たせた。私だって、最初は美しき光になりたかった。いつだって、絶え間無く、眩くあり続け、人々の笑顔の為に奉仕する存在。神様の優しい光を守り続ける存在。そんなものに憧れを抱いていた。だけど駄目なんだって、力を私欲の為に振るったら。


そいつは私の相談役になってくれた。変わり者で偏屈な、幼い精神と憧れを持つ私は、何時も何処かしらで孤立し何かしらの嫌悪感を向けられていた。そんな人間だったから、貴重な存在であるそいつのことをよく思っていた。今となってはそいつのことを恨みたいけれど。純白で甘美なる天国のお使いなんて、信じるんじゃなかったよ。


暗い夜な夜な、コンパクトを開いてみた最初の日。中から幻想のような煌めきがとどまることを知らず溢れてきた。「きれいでしょう。怖がらないで」相談役が微笑するように言った。私は光に両腕を潜らせた。光は回って集まり、私の両腕を白い手袋で包む。光はさらに回って、私の丸い胸と腰にまとわりつきドレスに変わる。リボンの揺らめきが私のときめきまで揺らしていくのを感じられた。そう、この姿は過去の憧れそのもの。何も知らない私そのもの。これは全て、午前二時の夢の出来事だった。


私は力を持ってしまった。憧れをまとった私の姿は、終わることの始まりを告げていた。幼い無知な頃から育ててきた、胸の奥に秘めた暖かい憧れ。望んだ姿と望んだ力。だけど、今にその思いは無い。


悪いものから人間達を守ってきた。私が手を高く上げれば、たちまち夕焼けを奪ったような赤色の光が瞬き出す。その瞬きは人々を守る盾へと変わる。私はこの時ばかりは、神様と天国、それから人間達を守れていたのかも知れない。私という存在は何もできない役立たずと思っていたから、余計に嬉しさが増えた。高揚感に溺れっきりの日々だったのだ。


そっと包み込むようにして、静寂なる終わりが訪れた。何も知らなかった私はその終わりという光の存在としての死を招き入れた。それが、普通の人間にとってはごく当たり前の自然な感情だとしても、私には生命を絶つ凶器に変わってしまう。その感情の名は恋。普通ではなくなった、コンパクトと力を持つ私には、禁じられたもの。


気だるげな灰色と、少しばかりの虹色に彩られた私の毎日は、紛れもないあの日、あの時、あの人によって変わってしまった。音を立ててくるくる廻り始めた。夜の星明かりも敵わない、とっても強烈な光を放つもの。心地好いから、離れられない。やめることは出来ない。鮮烈な薔薇が私の心に咲き乱れた。棘があるからたまにじくじく痛むけれど、その痛みさえも可愛らしく感じる。


それが恋心だと知った私の胸は、喜びと絶望に裂かれて。


恋をした人の存在だけが、私の全てになった。その人だけを、たった一人だけを守りたいと考えている自分自身に身震いしたのを、はっきりと思い出せてしまう。どうして、人々の幸福を守らなければならない存在が、たった一人を守ろうとするの。どうして、私はあの人と出逢ってしまったの。どうして、この世界に恋なんてあるの?もう考えてもわからない。私がそれ程堕ちてしまったということ、それだけが唯一わかること。


恋って毒にもなれる。だから、一人の人間を病ませることだって出来る。それを恋患いと、言う。図書室で偶然、辞書でその一言を見付けてしまった時、まさに今の私の心模様だわ、と納得した。元から私は図書室に入り浸る生徒だったから、それはそれは素敵な恋の物語を読み漁っては、私と恋した人に重ねて甘ったるい秘め事を楽しんだ。


ある夜、私の募りゆく恋情はついに制御不能に陥った。ほとばしってしまうから、もう形にするしか無くなった。なす術の無い感情に燃やされながら、私は罪悪感の烙印に苦しんだ。苦しみの中もがくうち、頬を涙の生温さが伝っていった。私には恋が許せなかった。輝く使命を持っているのに、誰か一人に心を奪われるだなんて罪だと思う。私はジャンヌ・ダルクのような聖女の物語を、小さな頃に読み耽ったから。私もそうなりたかったから。


形にしなくては。恋をしているなら、あの人にちゃんと届けなくては。震えてしまう指先を堪えながら、私はピンク色のペンを構えた。花嫁衣裳みたいな白の紙を用意し、そこに書き連ねるのは、私が抱く恋の想い。その時私は、込み上げる恋に泣いていたのか、はたまた笑っていたのかは覚えていない。ただ、この繊細で淡い気持ちを壊れないようにして守っていた。


最後の仕上げとして、書き終わった手紙に向け、背伸びして買ってみたコロンをひとふきした。何処か儚く優しい花束の香りがふわり漂う。月は満月の日だった。相談役に気付かれぬよう、恋の言葉を抱きながら夜空を見上げた。私の部屋の窓は冷たくて小さく、まるで月が監獄に囚われているように見えてしまった。私の心も囚われてしまう。


夜は明けた。罪と愛に包まれながら眠っていた。

私は聖女になんかなれなかった。


窓から光がさし、朝が来たことに緊張した。あの人に今日、私の心を伝えると決めたのだから。ごめんなさい、天使さま。ごめんなさい、神様。私の光は、今日で終わるみたいです。相談役、あんたのせいよ。あんたが私に十字架を背負わせたんだ。


ぼんやり白昼夢を過ごすように授業が終わった。恋をした人の声が聞こえると、私の頭に反響していくから。心臓にまで響いてしまうあの優しい声。その度に私は天国にだって行けそうになるよ。その声で、愛しているんだと言って欲しい。


「話があるんです」帰り際のあの人を見付けて、そう声をかけてしまった。何も気にしていなさそうなあの人の表情が、余計に私の想いをかき乱す。私はこんなに想いをめぐらせているのに、あなたは何も知らないで、ただきらきらに満ちた日常を生きているんだね。普通をやめた私が恋したあなたは、普通の人間。


そばにはツツジが咲いている。気付いてもらえない花が、何気無く、ひっそりと咲いている。胸の奥がずきんとしている。あなたは首を少し傾げて私のことを見る。そしてたまに目線をはずす。


息を大きく吸った。神様最後に見ていてください、私の運命を。

ここで負けてはいけない。ここで想いを言わなければ、何てことのない話題で誤魔化したら、意気地無しだ。私はそんなことをしない。相談役が追尾して、見ていないといいのだけれど。目の前にはあなたがいる。ああ早く私のものにならないかな。


「あなたに恋しました。私は、あなたが好きなんです」


ああ、言ってしまったよ。ついに声に出してしまったよ。私は恋を言ってしまった。あなたの表情は呼吸をやめてしまったかのように凍り付いた。返事が気になるばかりだ。私は光をやめなきゃいけない。



返事がきた。私は、普通の人間としての自分自身のことを忘れていたようだ。私は、力があるだけだ。コンパクトを持つ者、というだけだ。それは、あなたには関係無いこと。だからあなたからしてみれば、私はただの人間なのだ。そう、私はこの世界では疎まれているという現実を、忘れていた。私は何もすることの出来ない役立たずでしかないのに。そんな人間から、好かれたあなたは勿論拒絶した。


悪夢を見たのかと思った。そうとしか思えなかった。あんなにも痛い感情を今まで味わったことが無かった。この世の何よりも痛みがあり、耐え難く、私を引き裂くものだった。あの人は吐き捨てるように、私を突き刺す言葉を残していって去った。どうして出逢ったのだろう。不思議に思うくらいに悲しい。

そう、私の恋情は打ち砕かれた。


打ち砕かれ、何処かに消えてしまったのかも知れない。あの感情の行方はもうわからない。ただ、わかるのは私はこの世を憎んだということのみ。天使さまもいないし、神様だっていない。所詮はそんな救いの無い世界だったこと。そんな世界はいらない。もう守る意味さえ失った。だから私は、この世を、恋を、呪おうと思う。恋心を絶やそう。



そして私は憎きこの世界から消え去った。望み通りにも思える。

この肉体は地に落ち、私の力と同じ赤色をした花が崩れた身体を飾る。その赤色は咲き乱れてしまった。辺りには悲鳴も聞こえた。そんなものはどうでもよかった。今私がいなくなって悲しまれるくらいならば、私がまだあの世界で生きているうちに、私を気にかけて欲しかった。ただ暖かみのある言葉を言われたかった。


私の傍らには、あのコンパクト。かつて私が持った力の象徴。あの頃の穢れ無き輝きは、見る影もなくなった。どこもかしこもひび割れて使い物にはならない。使われることも無い。


意識が遠退いていく中、最後に誰かの足音を聞いた。その者は近付き、私の前で立ち止まった。目映くも柔らかな光を感じ、薄目で見た。彼は純白の衣服をまとった、肩あたりまでの髪の天使だった。私が最初で最後に見た天使だった。皮肉にも美しかった。


彼はその大きな翼を広げ、天の彼方を見上げた。彼の陶器のような頬に、一滴の光る涙が流れていた。私は最後に信じていた存在であった天使を見た。


コンパクトは壊れた。彼はそれを持ち去った。ずっと私を縛っていた、力の象徴を持ち去ってくれた。


もしこれより先に私と同じように、力を持つ者が現れたら、私はきっとその者を呪っているのだろう。強く憧れていた存在になれたからといって、私自身が幸福を得ることは無かった。


私は力を持っていた。光の存在だった。


その存在の名は、魔法少女。

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