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 ゆっくりと身体を起こすと辺りは夕焼けと夜の境目で、部屋の中はぼやぼやと薄暗かった。カーテンがわずかな灯りを遮り、ベッドの周辺は一層暗がりが濃くなっていた。

 あまりの空腹に目が覚めた。テーブルの上には飲みかけのカフェオレが冷め切った状態で置かれている。部屋の主といえば、恭平に背中を向け、壁にくっつくような形で丸まって眠っていた。別に彼女には一切悪気ないのだろうが、恭平から極力離れるような形で窮屈そうに眠る彼女に『そんなに俺から離れたところに居たいのかよ』と少しだけ腹立たしくも思う。

 腹は未だ何か入れろとしつこく訴えてくるが、このまま彼女を置いて自分の部屋に戻るのもあんまりだろう。

 何はともあれ、気持ちよかった。とつい数時間前のことを思い出す。丸まった彼女の腹のあたりに腕をそっと差し入れ、ぐるんと恭平の方へ向き直らせる。

 恭平が最後に見たときは何も身に付けていなかったはずなのに、彼女はいつの間にやらTシャツとパンツは身に付けていて、自分が爆睡している間に一度目を覚ましていたのだと知る。Tシャツ越しにやわらかな乳房が押しつぶされる感触が伝わってくる。値の張りそうな彼女のブラはベッドの脇に転がっている。

 恭平の方に向きを変えられた山城は、赤ん坊がむずかるような小さな唸り声をもらしたかと思うと、暖かい所に吸い寄せられるようにするすると恭平の懐に入り込み、ちょうどいい腕の置き場所も見つけたのか、再び穏やかな寝息を立て始めた。

 こうして近くで見ると、普段化粧で隠されていたのかまったく気づかなかった目元に連なる小さなほくろを見つけた。くるりとカールしていないまっすぐな睫毛の作る陰影にはっとした。

 結局、恭平は昼食ではなく夕食を御馳走してもらうことになった。

 どうやら恭平と同じ理由で目を覚ましたらしい山城が着替えるのもそこそこに、Tシャツからすらりとした白い太腿を剥きだしにしたままキッチンへ向かった。

 小さくペタペタと音を立てる素足が妙に可愛い。

「いつの間にTシャツ着てた?俺、山城サンが起きたの全然気づかなかった」

 恭平はかろうじて下着だけ着ていたので、ぐしゃぐしゃに丸まったジーンズ探し当てて、恭平に背を向けてキッチンに立つ彼女に声をかけた。

「さあー…いつ頃かは全然覚えてないですけど。ずっとお腹出してたら風邪ひくでしょ」

 山城が振り返りもせず、当然のように言う。

聞いた言葉がその場に似つかわしくなくて、一瞬呆けた。

 同僚とセックスした後、お腹を出したままでは風邪をひくと思って起き上がる彼女を想像すると妙におかしかった。遅れて笑いが込み上げてきて、ほかほかと湯気をたてこんもりと炒飯が盛られた皿を手に戻ってきた彼女は、いつも恭平とやり取りする時のように不服そうな顔をしている。

 山城は良くも悪くも素直で真面目だ。

 おっしゃる通り、ダメなおとこはこういう子が好きなんだろう。俺をはじめとして。

 恭平はそう思いながら、テーブルに置かれた皿に視線を落とした。


* * *


 そういうわけで、傷心の彼女も休み明けにはさすがに同僚と面倒なことになっては困る、と慌てるだろうという予想は見事に当たった。

 彼女が気まずそうな顔で「関係を持ったことは忘れて今まで通りに…」というのを、大して驚かずに聞いていた。

 山城がそういう態度をとるだろうことは、彼女の性格から分かりきったことだ。

 恭平はこの間の『1回』を『酒の上の事故』で片付けさせる気はなかった。チャンスがあるとしたら今。

 彼女が恭平に少なからず罪悪感を抱いているだろう今しかない。

 どうやら恭平とのやり取りで、今まで通りとはいかないらしいと察した彼女が小さくため息をついた。

 目の前の食事を満喫することに徹するらしい山城の様子をちらりと目の端でうかがう。

 彼女がもくもくと口を動かしながらその利口な頭をぐるぐると回転させているのが、隣からでもすぐに分かった。

 これからどうすべきか。面倒なことにしないためには。うんぬんかんぬん。

 きっとそんなようなことだ。

 品が良くて学生の頃はさぞかし優等生だったのだろうな、と思わせる山城が食事をする様子は、意外にも頬が膨らむくらいたっぷりと食べ物を入れて、もくもくと「食べ物を咀嚼しております」といわんばかりの口の動き、ぺろりと唇についたソースをなめとる姿と言い、上品ではないがえらくおいしそうに食べていた。もし恭平が同僚でなく家族や親戚だったら「どんどんお食べ」と言ってあげたくなるようなそんな食べ方だった。

 恭平の視線に気づいたのか、気まずそうにフォークとナイフを動かす手を止め、ごくりと口に入っていたものを飲み込む。

「山城サン、ずいぶんおいしそうに食べんだね」

 なんだかしみじみと言ってしまって、普段の彼女だったら鼻で笑っていただろうに、わずかに頬を染めてうつむいた。自分が相手のことを好きだと知られているのはある意味ラクなことなのだ。

「酔っぱらって色々言ってしまったみたいなのでこの際だから話しますけど…」

「なに?」

「私、もう、しばらく男の人に振り回されるのは嫌なんです。本当に疲れたし」

 本当に、という部分に過剰にアクセントを置いた。真面目に言っているようだが、今振り回されているのは彼女よりも恭平の方じゃないかと思うとなんだかおかしい。思わず吹き出すと、じろりと山城に睨まれた。

「加藤さんと付き合うとか正直大変そうだし、っていうかそもそも軽そうで苦手だし、ダメ男キラーは卒業したいので」

 ぼろくそだな。

 笑みにだいぶ苦みが混ざるのを、恭平は自覚した。

「…別にそんな堅苦しく考える必要ないんじゃない?」

「…はい?」

「こうやってご飯行ったり休みの日出かけたり試しにやってみたらいいじゃん。ノリで『1回ヤ』れたし、山城サンも楽しかったんじゃね?」

 そううまいこと丸め込んで、なし崩しに付き合う形に持っていきたかったが、さすがにそこまで彼女は甘くなかった。

「イヤです」

 はきはきと滑舌よく断固とした口調で彼女は言い切ったのだった。




...to be continued.



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