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-side Kyohei- 8

「お腹空いてるの、我慢できます?」

 山城がそう恭平に告げたのは、もう何日前だろうか。

 彼女の堪らない所は、真面目な委員長タイプかと思いきや、時折ぽろっと全然印象の違うことを言う所で、だからその時恭平はあまりの出来事に言葉を失った。

 今だから分かるが、彼女は割と思い切りのいいタイプなのだ。

 腕の中にいた彼女はそのまま胡坐をかいていた恭平の足をまたいで、恭平の頭をそっと胸にかき抱いた。なすがままになっていた恭平が我に返る。だらりと力を失っていた恭平の手のひらが彼女の太腿、腰骨の形を確かめるように辿る。

 いつも姿勢のいい彼女の背はすらりときれいな形を描いていて、その背骨のひとつひとつをなぞっていくと、彼女は撫でられ、ごろごろと喉を鳴らす猫のような表情で身をよじる。

 傷心の彼女につけこんでいることは十分承知しているが、酔っぱらった彼女を言いくるめてさっさと抱かなかっただけでも、ずいぶん進歩した方だ、と無理矢理ちくちくと胸を刺す罪悪感から目をそらした。


* * *


「私が付き合う男の人ってどっかダメなんだよねぇ…」

 頬杖をついてとろんとした眼差しで彼女は言った。完全に酔っていることは明白で、話しているのが恭平だと分かっているのかも怪しげだった。

「だから、もう絶対そういうヒトとは付き合いません!わたくし、ダメ男キラーを卒業します!」

 決意を示してか、酒をあおる山城から、「あーあーあ、ちょっと!もう十分飲んだんじゃね?」とグラスを取り上げた。

「あー…わたしのなのに…」

「あーごめんごめん。これあげるって」

 代わりにウーロン茶を握らせる。最早、飲み物ならなんでもよかったのか「わーい」とらしくないことを言いながら、山城は両手でウーロン茶入りのグラスを両手で持っている。

 元彼の同期にも山城にも悪いが、別れてくれて万々歳だ。元々、入社したころから山城のことは気になっていたので。彼女の方は恭平に苦手意識を持っているようだったが、別段彼女に対して何かしでかした記憶はない。このままあいつに持って行かれるのも悔しいと常々思っていたのだ。

「どんなの?ダメなおとこって」

 おそらく翌朝記憶がないだろう今のうちに彼女について色々聞き出しておきたい。

「あー…優柔不断でー、だらしなくてー…」

「ふうん、それで?」

「肝心な時にちゃんと連絡とれなくてー、自分に甘すぎる人―…」

「……」

 耳に痛い。日々、部屋に寝るためだけに帰っている今、悲惨なことになっている自室が急に脳裏に浮かんだ。今まで付き合ってきた元カノにメールの返信がない、と文句を言われてきたこと、何より『自分に甘すぎる人』というフレーズにぎくりとした。

 今まであまり恋人を切らさず、自分の欲望に忠実なそこそこの付き合いしかしていない。まだ付き合ってもない同僚の女性の言葉を、いくらタイプだとはいえそこまで気にする必要があるのか、と言われればそうなのかもしれない。

 でも、恭平はこうして目の前で眠そうにしている山城を見ていると、今までの恋人たちと違ってどうにも放っておけない気持ちになるのだ。

 そもそも普段の恭平はそんなに女性に対して面倒見のいい方ではない。それなのにこうして酔い潰れている同僚(友人でさえないのだ!)の面倒を甲斐甲斐しく見てやっているのも、珍しいことだった。


* * *


 ピンク色のシーツとカバーが敷かれた木製のシングルベッドは、いかにも女性の一人暮らしの部屋だということを表しているようで、そんな中、ベッドの下に座り背を預けている。膝立ちになった彼女と口づけを交わしながら、彼女のジーンズのジッパーを下げていると妙に興奮した。

 洗いざらしの髪からは、ほのかに恭平と同じシャンプーの香りがする。車で彼女の部屋に送る前に、自室のシャワーを貸したからだ。

首元に鼻を埋めると、それに混じって汗ばむ彼女の柔らかな匂いがした。

 普段は真面目なのにセックスに積極的っていうのも有難いギャップだ、と変に感心しながら、恭平もTシャツを脱がされる。

 啄むような軽いキスから始まって、徐々にお互いの舌を食い尽くしてしまうような、むわりと体温が上がるような口づけに変わる。はあ、と不意に彼女が漏らした熱い息に、煽られる。

 ジッパーを下ろしたジーンズのウェストに手をかけると、軽く腰を上げ、脱がしやすい体勢を取ってくれる。彼女がベッド横のカーテンに手を伸ばし、シャッと閉めた。割と生地が厚いカーテンなのか、部屋が中途半端に暗くなる。

 昼間だからもちろん真っ暗というわけではない。カーテン越しのうすぼんやりした自然光が彼女の身体をうっすら照らしている。無断でベッドに上がり、続いて彼女の手を引くとベッドが軋んだ。シングルベッドは二人で入ると狭く、余計に身体を密着させる。Tシャツ越しに乳房をやわやわと揉むと、彼女はくすぐったそうな誘っているような顔で笑う。堪らない。恭平の脚と脚の間に、彼女の白く弾力のある太腿が入り込んでいる。もう恭平のジーンズの前が窮屈なことも、その太腿に押し当てられた感触で分かっているだろうに、山城はそこにはまだ触れようともしない。

 ベッドの上で段々とめくり上がってきた恭平のTシャツの隙間から、ひんやりとした腕がするりと忍び込む。腰から背中にかけて、肌に触れるか触れないかのような、産毛を逆立てるような微妙な位置でゆっくりと撫で上げられ、ぞくぞくぞくと快感が走る。

「…っん!」

 そんな風に妙な触れ方をされたことが無かったせいか、変な声が出てしまう。

「かーわい」

 顔に一気に血液が集まる感覚。背筋が震えた。




...to be continued.



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