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 酒の席で嫌っている同期に醜態を晒そうが、会社に行きたくなかろうが、問答無用で月曜日はやってくる。

 ブルーマンデー。ただでさえ一週間で一番憂鬱な日だというのに、そんな月曜日の中でもこの日の憂鬱さは群を抜いていた。こころなしかパンプスのヒールも引きずり気味な気がする。せめてもと、おろしたてのカットソーとスカートでやってきたものの、気持ちは一向に晴れない。先日のしわくちゃジャケットとスカートはクリーニング行きだ。

 小百合との恒例のヤケ酒の最中、加藤の家に泊まったと言ったら、えらく食いついていたが、実際はそんな色っぽいものでもなんでもなかった。

 電車に揺られ、土曜日の朝のことを思いだす。




 シャワーを借りて、嫌々ながら皺くちゃのシャツに再び袖を通す。ストッキングは履くか履くまいかしばらく悩んで、結局脱いでおくことにした。女性なら分かるだろうが、一日仕事が終わった後のストッキングなど、初めて上がる男性の家で履いておきたいものではない。

 濡れた髪はとりあえず仕事の時に髪をまとめるために使っているバレッタで適当にまとめ、化粧はとりあえずファンデーションと眉だけやり直した。肌には最悪だろうが、背に腹は代えられない。シャワーから出ると、申し訳程度にモノが寄せられ人ひとり座れるスペースはできていた。

「山城さん、最寄りは?」

 聞かれたままに最寄り駅を答えると、ここは会社を挟んで逆方向の路線だということが分かった。休日、街中へ向かう人の多い電車の中で、この格好でいるのは中々しんどいものがある。

「とりあえず、昼メシでも食べいかない?俺、ほんと腹減ったわ」

 だからこの格好で外を出歩きたくないってわかんないかな!と思うが、ぐっと堪えた。自分が彼に多大な迷惑をかけた立場だということは、さすがに理解していたので。

「いや…あの」

「俺、シャワー浴びてくるから準備しといてよ。山城サン。ドライヤーそこの棚。じゃーね」

「え?」

「車出すから。それで電車乗れないでしょ」

 へらっと笑うと、そのままのしのしと床に落ちているものを避けたり踏んだりしながら、加藤はさっさとバスルームに向かってしまった。

 15分後、加藤がシャワーを終えて戻ってきたときに加絵ができていたことと言えば、靴を履くために嫌々ストッキングを履き、髪を乾かし終わって、ソファーにひっかけられていた自分のジャケットの所在を突き止めたことぐらいのことだった。

 洗いざらしの髪をドライヤーで乾かした加藤は、そこらへんにあったTシャツとジーンズをさっさと履き、玄関へと向かう。その途中で、スーツのポケットに突っ込まれていた財布と鍵を取り出していた。

「学生の時、通ってた大学がド田舎過ぎて買ったんだけどさ。こっちじゃ休みしか乗らないから」

 そういう加藤が顎をしゃくり助手席へと加絵を促す。アパートの下の駐車場に、学生時代に買ったと言われれば確かに納得できるような素朴な軽自動車が鎮座していた。

 予想外の展開についていけない加絵が、走り出して数分後にぽつりと呟いた。

「意外と面倒見いいんですね…」

「…どーも。ま、ダメなおとこですけどね」

 ダメなおとこと付き合っては別れている加絵にとってはあまりに縁ある言葉で、ぎょっとした。が、加藤はそんな加絵に気づかない様子でハンドルを握っている。

「言ってたじゃん、昨日。山城サン、ダメ男キラー卒業すんでしょ」

「だ、ダメ男キラーって…」

 いったい、何を言ったんだ。昨晩の自分は。思い出せ、思い出せ自分。

 加絵が無言のままぐるぐると頭をフル回転させている最中にも、加藤がなんでもないように話を続けている。

「あいつもなー、俺からしたらいい奴なんだけど、いい彼氏かって言われると、まあダメ男だよな。同時進行とか」

「は?」

 確かに聞いたはずだ、同時進行って。なんだそれ。

「あ」

「…なんですか、同時進行って。初耳です」

「あー……、丸井印刷の阿部さん。知ってる?」

「はあ、まあ…」

 知っている。今現在、加絵が主に進めている期間限定の販促用POPも、丸井印刷の彼女が担当してくれている。

「今、いい感じなんだってよ」

 加藤にしては珍しく言葉を濁したが、まあ、つまりそういうことだったのか。今まで駄目な男と付き合ってはきても、浮気されたのは初めてだから分からなかった。いや、浮気と言えるのだろうか?加絵から気持ちがとっくに離れていたのなら、彼にとってはもう浮気ですらないのかもしれない。

 なんだか急激に目頭がつんとした。

 そんなくだらない、巷でよくあるような所謂フェードアウトで泣くなんてバカみたいだ。

 でも。

好きだったのだ。

別れてもう気にならないし他人だ、あんな奴ダメなおとこだったと強がったって、昔は彼が好きだったのだ。

 大学生の時、加絵の隣でセックスと食事以外はひたすら寝ている恋人を起こさずに泣いていたら、泣き声を上げずに泣く妙な癖がついてしまった。

 黙り込んだ加絵を不審に思ったのか、ちらりとこちらに視線をやった加藤は、加絵の顔を確認した後、珍しく気まずそうにしている。

「あー…」

「次の信号左です」

「…了解」

 自分のアパートの前で車が停まる。加絵は自分のこういうところが可愛くないと思うのだが、自宅に着いた時には涙は収まっていた。さすがに、涙で流れたファンデーションの跡まで誤魔化せはしないが。

「上がっていきます?」

「え?」

「送ってもらったし。よければ昼ごはんくらい作りますけど、どうですか」


 それに人恋しいし。

 相手が苦手な加藤であっても、いないよりはまし。

 そう自分に言い聞かせた。




...to be continued.



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