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「えぇ?ヤってないって言ってたじゃん!どうしてまたそんなことになってんの」
まったく小百合のおっしゃる通り。
仕事終わりの金曜日。加藤からの誘いを断って、久々に小百合と飲みに来ている。『先約があるから無理』とだけメールして断った加藤が、足早にフロアを去る加絵を目で追っていたのにはさすがに気づいていた。
「あー、まあ、あの人の家ではヤってないんだけど、なんか、そのいろいろあって」
「なんかってなによ、っていうか結局ヤってんじゃん!」
やったのやってないの、男子高校生みたいな話題で気恥ずかしい。珍しくいつもより酒がすすんでいる様子の小百合をなだめるように、お茶を勧めた。
「加絵が選んだんだからまたダメな奴なんでしょ!ちょっと!見定めてあげるから電話して呼びなさいよ!」
「いやいやいや、無理だよ。大体、付き合ってるわけでもないしそんな紹介できるような仲じゃ…」
「どれー?履歴の『加藤』であってるー?」
「ちょっ、なに勝手に見てんの!」
なんだかいつもよりだいぶ酔っている様子の小百合だが、妙な所でてきぱきとしていてあっという間に加絵の電話は加藤に繋がってしまった。
『…もしもし?』
「もしもーし、わたくし加絵の友人ですが、よかったら一緒に飲みませんかー!」
「ちょっと、小百合!」
『山城サン?』
あれよあれよと言う間に加藤がじきにやってくることになってしまった。
加藤にしてみればとんでもないアウェーであるにも関わらず、相も変わらずの飄々とした表情での登場だった。
「ハジメマシテ。加藤です」
軽薄な笑顔にうんざりするが、小百合の方はと言えば興味津々で根掘り葉掘り加藤のことを聞きまくっている。加藤の方も、ある意味、小百合からの『面接』だということは十分承知しているようで、如才なく受け答えしている。
「色々ご心配かとは思いますが、俺は今まで山城サンが付き合ってきた男とは違うと思っているので」
そう言って、加藤がにっと笑った。小百合はふんっと(無意識だろうが)鼻を鳴らすと、ちょっとお手洗いに行ってくる、といって席を立った。どうやら『合格』らしい。
小百合の背中が見えなくなったのを確認した加藤が肩を寄せてくる。
(山城サン、俺今のでオッケーだった?)
(……オッケー、ってなんですか。今日は突然お呼びだてして申し訳ないです)
(いいよ、こんくらい。抜き打ち親友チェックが入ったってことは、俺のことそこそこマジメに考えてくれだしてるってことでしょ?)
そういって笑う加藤の横顔が思いのほか優しくて、心臓が痛くなった。小百合が気を利かせてしばらく席を外してくれているのは明白で、だからこそ今のうちに加藤に伝えておきたい。
「私もうしんどいのはイヤなんです」
衣擦れの音。加藤の視線を横顔に強く感じながら、そのまま手元のグラスに視線を落とす。
「今から加藤さんのこと好きになって、付き合って、振り回されて、でもまたいつもみたいにダメになって落ち込むの、もうこの年になるとしんどいんです」
そんなことをしていて、いつか誰かたった一人の自分の相手が見つけられるのだろうか。疲れ果てた加絵にそんな力があるとはもう到底思えなかった。
「このまま放っておいたら私はなんとなく加藤さんと付き合うことになるんだろうな、って思います。でもそれでいいのかって、怖いんです。……すごく怖い」
そこで小さく息をつく。一息ついて初めて、加絵はとても自分が緊張していたことに気付いた。
今まで黙って話を聞いていた加藤がおもむろに口を開いた。
「正直10年、20年後の俺が山城サンのこと好きかどうかはわかんないよ。でも、今は山城サンの優等生然としたとこスゲー好きだし、大事にしたいって思う。……でもそれじゃダメなんだろ」
「…んー、なんかぼやっとしてて」
そろそろ小百合が戻ってくる頃だろうか。
「ばか、そんな都合のいいこと聞いたのにみすみす逃さねーよ」
ばかだのなんだの暴言を吐かれたのは初めてで、加絵が目を瞬いている間にカシャンと雑に何かがテーブルに投げ出された。
「…カギ?」
「やる。山城サンも作っといてよ、俺の分」
「えぇ??」
小百合の姿が見えない。携帯のバイブが鳴っている。
「あんまり見くびられても困るけど、俺の方から山城サン手放す気なんてサラサラないから」
ポップアップでメッセージの文面が現れる。『お先に失礼!』小百合からだ。
加藤の腕が、加絵の腰かける椅子の背に回される。ぐっと距離が近づく。小百合からのメッセージが表示されたままの携帯のディスプレイにちらりと目をやった加藤が、さっとメニューを顔の前にかざす。酒の匂いと刺身醤油の風味の口づけは一瞬で、加絵は遅れて自分が加藤に口づけられたのだと把握する。
「な、な…」
「せっかくの週末の夜を山城サンの友達から譲ってもらったんだから有効活用しないと」
加藤のペースにのせられて、付き合いが始まるのもそう遠くはないような気がしていた。
加絵の想像通り、近い将来、加絵は加藤の部屋から通勤することになる。
赤みがかった照明に、磨き上げられたテーブルの上に投げ出された携帯と加藤の部屋の合い鍵。加絵がテーブルの下で観念したように、加藤の手首に指を添わせると、加藤はしばし固まって、やがて勘定書きを持ってガタリと立ち上がった。
笑いをこらえて、加絵も立ち上がる。
女性には慣れているくせに、時折加藤が見せる初心な少年みたいなところが自分は好きだ、と言ってみようかと加絵も鞄を手にしながら出口へ向かう。
ガラガラと店の扉を開けると、二人の行き先を照らすように、大通りから一本入った真っ暗な道をぽつんと街灯が照らす。
わたしはきっとこの軽薄で、でも変な所で頑固な、大親友も文句を言わなかったこの男をやがて好きになるんだろう。今までずっと怯えていて、でも、すとん、とどこかに落ちたようにそう思った。
夜風がそっと二人のジャケットを揺らし、加絵はそっとまわされた腕を拒まなかった。
...The End
本編はこれにて完結となります。
後日談;「ダメなおんな」あれからの二人はと言うと。
よければどうぞお付き合い下さい。




