-side Kae- 1
高校生の時に付き合っていた先輩は、映画好きの先輩だった。中古でもウン十万するような映画撮影用の自分のカメラが欲しいから、という理由で、二学期制だったうちの高校の後期の授業期間をまるまるバイトに充てて留年してしまった。
大学生の時の付き合っていた同級生は、ひとり暮らしを始めた途端、布団の中の住人になった。アパートに二人でいるときはセックスと食事以外ほとんど寝ているくせに、サークルの友人第一のひとで、加絵とのデートの約束は何度か無断で反故にされ、だんだん連絡がとれなくなっていった。
そして、今、社会人になって付き合った同期の男が、うつむいてほとんど空になったアイスコーヒーのグラスをいじっている。
「加絵、ごめん。おれ、ちゃんと考えたいから、夜電話してもいい?」
* * *
「で?結局電話はかかってこなかった、と?」
呆れた顔でピーナッツの殻を剥きながら、友人の小百合は身を乗り出した。
「ないわ、まじでないわ。で、連絡なかったのにどうやって別れたの?」
「メールで。『一応、一週間待ってみましたが、結局これからどうしたいのかあなたから電話はなかったし、今までの雑な扱いにつかれました。しんどいです。さようなら』って」
かーっ!と親父のような声をだし、飲みかけの缶チューハイを小百合があおる。
別れた男はそんな加絵のメールには10分で返事をしてきた。以前、今の関係について話し合うための日程を調整しようとメールした時には2日以上間をあけて返事してきたくせに。
曰く、『ごめんな。加絵、本当にごめん』。
謝るくらいなら最初から、さっさと電話すればよかったのに。付き合っている最中から気になっていた、男の「嫌なこと、気が向かないことは先延ばしにする癖」のせいで、電話しなかっただろうというのは想像に難くないし、自分が悪者になりたくなくて、加絵から別れを切り出すようにしたのではないかとも思う。
膝を立て、その上に顎をのせる。小百合が貸してくれた、もこもこのひざ掛けのおかげで、スカートでそんな恰好をしても平気だ。
高校生の時に仲良くなって以来、なんだかんだ未だに飲み友達としての付き合いがある小百合だ。彼女があきれ顔なのも道理だ。
「あれだね、加絵はほんと昔っからダメなおとこ好きだね」
そうなのだ。
浮気をされたわけではないし、ひどい暴力をふるわれたわけではない。多分「酷い男」ではない。ただ、今まで加絵が好きになって付き合う男はどこか皆「ダメなおとこ」なのだった。
何故だろう。
加絵なりに、気配りして、優しくしてあげて、無理は言わないようにしてきたつもりだ。我ながら物わかりのいい彼女だったと思う。でも、彼らはそんな加絵の元から「ごめん」と言って去っていく。
「まあ、とりあえず飲んだら。せっかくいっぱい買い込んできたし」
そう言いつつ、小百合が空き缶をべこりとつぶして、新たなチューハイのプルタブに指をかけていた。
自分の頭が悪くないのも、そこそこの大学を出たのも、自分が努力した結果だし、それで男たちから文句を言われる筋合いはない。
自分の顔がそれなりに整っているのも、親のおかげだし、メイクやダイエットで容姿が極端に衰えないように、それなりに努力してきたつもりだ。
普段からてきぱきしているのは、もうそういう性格なので仕方ない。
付き合った男にいろんなことをしてあげるのもとりたてて苦ではないし、付き合っている最中には「尽くしている」と殊更相手に訴えたりもしない。
それなのに、別れた男たちは加絵のそういうところをいつも別れ際にけなすのだった。
『いつも馬鹿にされないかひやひやしていた』
『手際が悪いと言いたそうな顔で俺のことをみていた』
『俺よりもっといい男と付き合った方がいいと思う』
「あー、もう!余計なお世話だっての!」
「おーおー、いい具合に酔ってきたね」
小百合が他人事だと思って面白がっている。テーブルの上には彼女が剥いたピーナッツの殻がたくさん転がっているが、片付ける様子はない。
「もうね、私わかったの」
「なにが」
「私に男を見る目はない!だから、私が自分で好きになって付き合った人と結婚したら絶対ダメだって」
金曜日の夜、『話きいてあげるから、うち来なよ。明日は休みなんでしょ?』そうメールしてきたのは小百合の方だった。付き合っていた男と別れたというのは、既に小百合に伝えていたのだが、その経緯を詳しく話したのは今日が初めてだった。
駅で待ち合わせて、道中のコンビニで酒と肴を買い込んだ。こうして家で飲むときはなんだか学生の時に戻ったみたいな気分で多少浮かれてしまうのが常なのだが、さすがに今回は話題が話題だけに、そんな気分にはなれなかった。
「とりあえず、しばらく男はもういいわ…なんか、疲れた……」
「毎回毎回、全力投球しすぎなんだよー。あれね、相手のこと甘やかしすぎて、全然しつけられないタイプね」
おっしゃる通り。
相手の我儘は割となんでも聞いてやる。根っからの長女気質なのか、我儘を言われることは加絵にとって特に苦にはならないのだ。それが、単なる「ワガママ」である間は。
こうやって思い返してみると、ずいぶんと損な性質だなあ、と我が事ながら可哀そうになってくるくらいなのだった。
そんな加絵の重苦しい心中とは裏腹に、カラン、と新たな空き缶がテーブルの上で軽やかな音を立てた。
...to be continued.