妖精と人間ふたり旅
「おいそこの人間。干からびるならもう少し死体然としたらどうだ」
それがはじまりだった。
私がまだ大地を踏みしめ、どこへなりとも自由に進み、傲慢にも無限の可能性そのものであると、根拠もなく自負していた。若気の至り、というには少々年を重ねていたような気もするが、ともかく彼との出会いは、劇的でも衝撃的でも驚愕すらない、日記にすれば一行で終わるようなそんなもの。
「...残念なことに、干からびるにはまだまだ時間が必要かな」
地面と抱擁を交わしながら、乾いた空気をたっぷり含んだ熱砂に晒されて、手持ちの水も尽きて後は死を待つのみという、情けなさというか阿呆さを全身で訴え続けている有り様だが、どうやら声を出す力くらいは残っていたらしい。
「阿呆め」
「全くその通りすぎて、反論のしようがないよ」
乾いた笑いを浮かべ、声の主を見上げようとして失敗する。意外に時間がかかったお迎えもそろそろのようだ。
「なぜ僕に助けを求めない。僕は妖精だぞ、滅多に出会えない妖精だぞ?お前を死体もどきから人間に戻すのも僕しだいだ」
「残念なことに妖精に出会ったことがない。私は自分の目で見たものしか信じられない達だから、君が私の状況を一変させるだけの可能性を持っているようには思えないのさ」
「見たものを信じると言うなら、今まさに目の前にいるじゃないか。人間は何て無礼なんだ」
声音から憤慨していると分かったが、残念、干からびた死体の一歩手前で足踏みしている私に、真偽を確かめるすべはない。
私が反応しなくなった事を、別の意味にとらえたのか、地団駄を踏み始めるのが見えた。砂ぼこりが上がるからやめて欲しいなぁ...。
「ええい!顔を上げろ!!見もしないまま僕を否定することは許さんぞ!!!」
「無茶をおっしゃる」
だって動けないのだから。声が出る事すら奇跡なのに、これ以上を求められても困る。
だって人間だもの、よく言われる最後の力を振り絞って~、なんて無理無理。干からびかけた死体もどきにそんな力ありませーん。大体ここで最後の力とやらを振り絞ったところで、私になんのメリットがあるというんだ。死神が最高級のクッションを敷き詰めた黒塗りの馬車で迎えに来て、遊覧飛行でもしながら最期の晩餐を奢ってくれるとでもいうなら、頑張ってみてもいいかなとノミの心臓ほどのやる気が出るかもしれないが。
取り留めのないことをぐだぐだ考えていると、突然ばしゃんという音が上がり、体が浮き上がった。
いったい何が起こったのかその時の私は理解できなかった。後にその時の私は形容しがたい変顔をさらしていたと、何度もからかわれるはめになる。
水のなかにいる?!
一拍後、そう理解して驚きで開いた口に、容赦なく流れ込んでくるものは水以外の何物でもない。
夢でも見ているのだろうか。見開いた目が知らない青年の姿を写した。
「やっと僕を見たな」
そこにいたのは、確かに人間ではなかった。
「びびぼみゅふぁふおひんぼぼべべべ」
人にはあり得ない光沢を放つ薄青緑色の長い髪が、風に揺れてさらさらと揺れる。縦長の瞳孔を包み込む白銀色の瞳と縁取るまつげが絶妙なコントラストを奏でている。彼の言うとおり人智を越えた美しさだ。
素晴らしい!!「びびぼぼぶぼぼびびぼべべばぼぼびぶばべぼぼすばぼびびぼばばば」
称賛の言葉を送ったつもりだったが、残念なことに人間は水のなかではしゃべれない。そして空気を吐き出したら、どちらにせよデッドエンド。
「おい人間、どうした?...おい、何を言って、人間!説明しろ!勝手に寝ようとするんじゃない!!こら!!!」
そのままブラックアウト。ちらりと見えた彼の表情は、非常に愉快なものだったとだけ伝えておこう。
壁打ち。
気が向いたら続きます。