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クソ妹ブームときいて ~ 姉(大和)は妹(武蔵)に連合艦隊旗艦の座を奪われました

作者: もろこし

「ねぇ、大和お姉さまー。連合艦隊の旗艦を代わってくれないかなー」


昔から我儘ばかり言う妹(武蔵)が、とうとう私(大和)から連合艦隊旗艦の座まで奪っていった。


でも私は妹を憎みきれない。たった一人の家族なのだから。そして妹も実は姉を愛していた。そんなお話。

■昭和十八年(1943年)2月


「ねぇ大和お姉さまー。連合艦隊の旗艦を代わってくれないかなー」


 いつもの様に突然私の部屋(バース)に押し掛けてきた妹の武蔵は、またいつも様に笑顔でそう言った。


 私は読んでいた本を意識してゆっくり閉じる。


「……それは長官がお決めになる事です」


 そして更にひと呼吸おいて答えた。そうでもしないと荒れた心が表に出そうだったから。妹の言葉は私の心をそれほど大きく揺さぶっていた。


 それでも心の内で冷静な自分がため息をつく。どうせいつも通り。いくら私が何を言っても、きっと妹の我儘はまた認められるのだろう。


「長官にはもうお願いしたよー。いいよって言ってくれたよー。でも一応、お姉さまにも言っておこうかなーって。武蔵えらいでしょ」


 私と瓜二つの顔、なのに私と真逆の性格の妹は無邪気に笑う。


「そう……ならば私から言う事は何もありません。旗艦の任務、しっかりとなさりなさい」


「ありがとー。やっぱりお姉さまって話がわかるわー」


 スキップしながら部屋を出ていく妹を見送ると、私は今度こそ本物のため息をついた。


 今までも妹の我儘が認められない事はほとんど無かった。その割を食うのはいつも私。昔から、生まれた時から、ずっとそうだった。




「大きなお部屋(司令部)が欲しいなー」


 そのおねだり一つで、妹には私より大きな部屋が与えられた。


ドレスのここ(副砲防御)がなんかヤダー」


 その一言で、妹には私よりしっかりしたドレスが与えられた。


「なんか地味なお部屋(司令部の内装)


 その不満げな表情で、妹には私より豪華な内装が与えられた。




 もしかしたら妹は、双子(同型艦)なのに少しだけ生まれ(起工)が遅かったのが気に食わなかったのかもしれない。そう言えば妹は、遮二無二にお披露目(竣工)を早めようとしていた。


 一時は妹の方が早く世に出る可能性もあったらしい。それが結局遅れてしまった原因が妹自身の我儘だったのはご愛敬だ。


 それでも私は長女だから、連合艦隊の旗艦だからと黙って我慢してきた。それに妹の我儘の一つ一つは小さな可愛いもの、気にしなければ耐えられない程でもない。


 でも、今日の『お願い』は予想外だった。動揺を表情に出さない様に抑えるのに苦労した。


 連合艦隊の旗艦であることは私の誇りだった。いくら妹の方が恵まれていても、それで私は納得し耐える事ができた。


 連合艦隊の旗艦は一番艦が務める事が通例だった。2番艦が旗艦を務めた事はほとんど無い。そんな通例まで破って妹は旗艦になるという。


 とうとう妹は私から最後の誇りまで奪ってしまった。



 ……それでも私は妹をどうしても嫌う事ができない。なぜなら世界に一人しか居ない家族なのだから。




■昭和十九年(1944年)10月


 大きな戦いを前にしても、妹の我儘は止まる事が無かった。


「こんな古いアクセサリー(八九式高角砲)なんかいらなーい。お姉さまの方がお似合いでしょ。私は小さくてキラキラ(25ミリ三連機銃)したのを一杯つけてー」


 生活が苦しくなったきた中で、両親(海軍)が苦労してせっかく工面してくれた高角砲を妹は拒否した。古くて重いから嫌いだという。仕方なく私がそれを受け取り、代わりに妹は小さくて軽い機銃を身に着けて喜んでいた。


「この髪飾り(電探)カッコ悪ーい。お姉さまが付ければー」


 最新の電探も嫌がったので、私が先に装備することになった。これには流石に親も怒って妹に無理やり付けさせた。仕方なく私がマニュアルを書いて渡してあげたが……妹は果たして読んでくれるだろうか。


「もっと綺麗なお洋服(塗装)が欲しいー」


 派手を好む妹は、戦いの直前に船体を塗り替えさせた。おかげで薄汚れた艦ばかりの艦隊の中で、妹だけが一際明るく浮いている。


「えへへー綺麗でしょー。これならお姉さまより目立つかなー?」


 真新しい塗装を身にまとってクルリと回る妹はご満悦だった。


 ……ただ、いつもより硬く見える妹の笑顔が、私には少しだけ気になった。




「お姉さまと一緒に並ぶなんてヤダ」


 レイテに向かう戦いの当日になって、また妹は駄々をこねた。今までどんなに我儘を言っても私を嫌がる事だけはなかった妹が、不思議な事に私と並ぶ事を嫌がったのだ。そし妹は勝手に輪形陣の端に陣取ってしまった。


 真新しい衣装を身にまとった妹の大きな姿は、味方からも、そして敵からも、とても目立って見えた。




 当然の様に敵の攻撃は妹に集中した。艦隊の中で一際大きく目立つ上に攻撃しやすい位置にいる妹は、敵の格好の的だった。しかし妹が攻撃を一身に受け止めていたおかげで、私や艦隊全体の被害は抑えられている。


「ああっ!武蔵、武蔵!」


 いくつもの爆弾や魚雷が妹に命中する。そのたびに私は悲鳴をあげた。今なら私にも分かる。妹がどうしてあんなに我儘を言っていたのか。


「お姉さま、武蔵は平気ですよー。なにしろ不沈艦ですからー」


 武蔵は笑顔で強がりを言った。しかしいくら私たち姉妹が強力でも限界がある。




「えへへ……武蔵ちょっと疲れちゃった。少し休んでから行くから……お姉さま達は先に行ってて……」


 満身創痍の妹が笑った。その無理な笑顔が痛々しい。すでに妹の船体は大きく沈みこみ甲板が波に洗われている。行き足もほとんど止まっている。妹に最後の時が近づいているのは誰の目にも明らかだった。


「どうして……どうしてこんな無茶を……」


「だって……武蔵は……お姉さまが大好きだから……お姉さまが一番だから……いつもお姉さまは頑張ってたから……少しでも楽させてあげたくて……少しでも武蔵より長生きしてほしくて……」


 妹の途切れ途切れの言葉が私の心に刺ささった。


「……トラックに居た時は楽しかったな……また一緒にお話できるかな……」


 どうしてもっと早く分かって上げれなかったのか。なぜもっと妹と話さなかったのか。後悔ばかりが私の胸をよぎった。


「……武蔵、今度はいっぱいお話しましょう。すぐに私も行くから。武蔵は先に天国(靖国)で待ってて」


 もう妹からの返事はなかった。それでも目を閉じた妹の顔は幸せそうだった。きっと今頃はトラック泊地で二人仲良く並んでいた頃の夢を見ているのかもしれない。


 動かなくなった妹を残して、艦隊は再びフィリピンを目指した。私は姿が見えなくなるまで、ずっとずっと妹を見つめていた。




■昭和二十年(1945年)4月


 そして今、沖縄に向かう私も全身傷だらけだった。もう何発も爆弾と魚雷を身に受けている。激しい戦いが続く中で、それでも思い出すのは、先に逝った妹の事ばかりだった。


「……ふふ……こんなんじゃ、お姉さん失格ね……」


 レイテのあの時、私と艦隊を守って妹はもっともっと沢山の攻撃を受けていたのに。


 しかし今日の敵はとにかく狡猾だった。あの日妹に手古摺った事がよほど腹ただしかったのだろう。嫌な事に今日は私の片側ばかり攻めてくる。


 だから私が受けた攻撃はまだまだ妹の半分くらい。それなのに私はこの様だ。これでは姉として妹に顔向けできない。


「……頑張らなきゃ……もっと……頑張らなきゃ……」


 でも気持ちばかり焦って足が思うように前に進まない。身体が石のように重い。もう自分に残された時間はあとわずかなのだろう。それでも少しずつ前に進む。


 きっと妹はもっと苦しかったはず。そんな妹に恥ずかしい姿は見せられない。それだけを支えに私は前へと進んだ。


「あっ……」


 しかし最後の時は唐突にやってきた。足がもつれ身体が傾く。しかしどうにもならない。もう倒れこむ身体を支えられない。薄れゆく意識の中に妹の笑顔が浮かんだ。


「大和お姉さま……」


「武蔵……また一緒にお話ししましょうね……」

なんか全然「クソ妹」じゃないですね、これ。


反省も後悔もしています。はい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 良い妹ですね。 この姉妹が活躍する姿が歴史に残って欲しかった。
2021/08/02 12:57 退会済み
管理
[一言] 泣いた。悲しすぎる。
[良い点] 好きだ。もしかして天才ですか?
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