魔法少女、宣伝する
「おはよー、メルナ。なんだかちょっとふっくらした?」
「えぇっ!?」
残っていた眠気が一斉に吹き飛ぶ衝撃の一言。わたしも年頃の女の子だけど、言われることはないと思っていた。だって、手も脚もガリガリだし、贅沢と言われてしまうかもしれないけど、どちらかというと痩せることがこわかった。
それがいきなりのふっくら発言。昨日、ロアが作ったメニューの試作品をたくさん食べちゃったからかな……
「ね、見て。なんか昨日より、もっとかわいくなったかも」
「うぅ……」
ふっくらなんて言われたから、鏡は見たくなかった。それでもロアはわたしをムムムと見つめた後、肩を掴んで洗面所へと連行する。いやだ。現実を受け入れたくない。同性のかわいいはあんまり信用できない。ロアは別な気もするけど、それでもやっぱりふっくらとか言われた後はイヤだ!
おそるおそる目を見開く。「ね?」とロアが同意を求める。
――確かに、わたしは少しふっくらしていた。
「ホントだ。なんでだろう……」
ガリガリだったわたしの身体は血色を取り戻していた。
そういえば、あの村に行く前、子供のころのわたしはこんな感じだったと懐かしい気持ちになる。あの頃のわたしがそのまま育つとこうなるな、といった容姿だ。背は小さく、手脚含め胴回りも細い。あと、一番成長してほしいところもぺったんこのまま。ただ、オバケみたいな面影はなくなっている。なんというか、女の子だ。
「もしかして、シャンプーのおかげかな!」
「え? サンプー……、そうなんでしょうか」
違う。と思うけど、まるっきり否定もできない。
昨日あった変わったことなんて、ロアが買ってきてくれたサンプーを使ったことぐらい。ご飯なら、一昨日もごちそうになった。一昨日はパンだった。普通の。
くるくると回ってみる。いつもしていた関節がきしむような感覚もない。なんだか全体的に調子がいいのだ。サンプーが変わったから、雰囲気が変わった? いや、それはない。明らかに昨日と比べて手足の太さとか、お肌のハリとかそういうものが違う。それにもう一つ、明確なのが――
「傷も治ってる……」
「ホントだ、よかったじゃん」
全身にあった傷が完全になくなっている。中には痕が残るかもと憂鬱だったものもあったはずなのだけど、そんなもの最初からなかったみたいに消えていた。心当たりがある場所を何か所かつついてみるけど、まったく痛くない。あと、少しだけふにっとした。平均体系だよね……? 凸凹がしっかりしているロアと並んでると感覚がマヒしてしまう。
「ロア、昨日のサンプー、ホントに魔法薬的なものは入ってませんよね?」
「うん。それと、シャンプーね」
「え……」
しまった。
響きだけで覚えていた。石鹸というと田舎者だと思われるかなと思ったけど、かえって恥ずかしい思いをしてしまった。うう、早く忘れたい。
「ま、いいんじゃない。もっとかわいくなりましたってことで!」
そういうものなのかな。
明らかに不思議なことが起きているけど、大丈夫なのだろうか。少し考えたけど、気づいたらお腹を鳴らして朝食を食べに行くロアの背中を追いかけていた。もっとかわいくなりました、か……。ふふ。
☆ ☆ ☆
「ほ、……本当にやるんですか?」
「うん、絶対かわいいと思うんだ。メルナのフリフリ!」
昼過ぎ、今のところお客さんゼロ。
そりゃそうだと思う。いくらメニューを一新しても、お店を改装しても、そもそもシャルロのことを知っている人はあまりいない。ロアが作る料理はおいしい。喫茶店らしくないと本人もわたしも思っているけど、美味しいものは美味しいんだ。
だから、それを知ってもらう必要があるのだけれど――
「あの服なら、きっとみんな注目してくれるよ。だから、ね?」
そこで出たアイデアは、わたしが魔法少女になって客引きするというもの。
目を引くというのは確かにそうかもしれない。若気の至り前回のコスチュームだけど、街にあんな人がいたら良くも悪くも注目されると思う。
雇われている身としてやらなくてはいけないというのはわかるけど、どうにも身体が動かない。
「ご、ごめんなさい……、恥ずかしい、です」
こんな言葉が自分から出てくるのは正直意外だと思った。村では日夜構わずあの格好で出歩いていたし、いつの間にかそれを断ることもなくなっていた。もごもごとした声だったけど、自分の意思が言葉になったことに驚きすら感じる。
でも、よくないよね。やっぱり仕事はやらなくちゃ――
「そっかー、うん、残念。じゃあ、二人でコツコツ頑張りますかー」
「え? いいん……ですか?」
「もったいないけど、二人のお店だもん。メルナにイヤな思いさせたくないって」
「そんなこと……」
そんなこと、言われると思っていなかった。
立場上どうであれ、ロアはわたしと一緒にこのお店をやっていこうと考えてくれているらしい。特に何も言わず、料理の準備をしたり、店の掃除をしたりと普通の時間が流れていく。そこにはイヤミやギクシャクした淀みのようなものはなく、ただ静かな時間が流れていく。
居心地が悪いとは思わない。でも、わたしはこんな時間に馴染めずにいた。何度も拭いた窓を拭いたり、食器を何度も並べ替えしたりしてみたけど、この違和感は胸につかえている。それどころか、そんなわたしの無駄な仕事にも「おつかれ」やら「ありがと」やら言葉をかけられるたびにつかえは大きくなっていく。
日も傾きかけてきた頃、ついにやることがなくなった。お客さんは朝からまだ来ていない。わたしは、夕焼けを眺めるロアに近づく。
「あの、本当によかったんでしょうか?」
「んー?」
「わたし、その、魔法少女に変身すればお客さん来たかなって……」
「ああ。さっきも言ったでしょ、メルナがイヤなことはアタシもイヤなの」
「それは……」
イヤではない。とは言えなかった。
でも、それが仕事だということはあの村で散々教えられてきた。人は苦しいこと、イヤなことをして対価をもらう。それが世の常だと言われ続けてきた。だから、やらなくていいと許可を得たのに、わたしはこうして不安になっているのだろう。
「あ、でも、恥ずかしいことはないよ」
「え?」
「ああいうの好きなんでしょ。恥ずかしいって言ってたけど、そんなことないよ」
「す、好きじゃない……です」
「そっかなー。あそこの椅子とか机とか、メルナの趣味でしょ?」
店の中に置かれた家具、わたしの作った椅子や机を見て「ね?」と答え合わせする。たしかにそうだ。これを作るとき、誰からもこう作れなんて言われてない。わたしがいいように手を動かしていたら出来たのが、このファンシーな家具たち。
でもやはり、首を縦に振ることはできない。魔法少女衣装だって、わたしが作ったものだって、今までずっと笑われてきた。ロアは優しいからこう言ってくれるけど、珍しい例でしかない。普通はもっと……
「恥ずかしがって蓋しちゃったら、メルナの好きが可哀想だよ」
「……っ!」
でも、そんな一例であるロアはこうしてわたしを認めてくれる。
わたしもこうありたい。なんて思ったから、わたしはゆっくりと口を開ける。たくさんの心無い言葉で腐ってしまった扉をこじ開けていく。その力は、この短い間でロアからもらっていた。
「変身」
姿が変わっていく。日常から非日常に。子供らしいセーラードレスにフリフリのミニスカート、ロンググローブにブーツ、リボンやジュエルはやっぱり恥ずかしい。そこに違いはない。でも、この衣装が好きだったという気持ちも大切にしていきたいと思う。かつて憧れていた、魔法少女の姿なのだから。
「わたし、お客さん呼んできます」
「ええ!? 無理しなくていいよ。それとこれとは別っていうか……ね?」
「いえ、わたしの好きなこの力が役に立つなら、わたし、やります!」
恥ずかしくはありますけど、と付け加える。
そこは変わらない。今、こうして立っているだけでも脚は震えるし、耳まで真っ赤になっているのはわかる。でも、そんな気持ちよりも今は、シャルロの、ロアの役に立ちたい。
「そっかー。よし、じゃあ、おねがい!」
「は、はい!」
「その前に、ちょっと待ってて!」
ロアが二階へと上がり何かを持って帰ってくる。
にっこり笑うとわたしの手を取って、腕に何かを付ける。
「これ……」
「おまじない。メルナが頑張れますようにって。……って、ホントは前に冒険して買ったのがアタシには似合わなかっただけなんだけどね」
ハートが入った銀色のブレスレット。
見つめていると、いつもみたく「どう?」と聞いてくるので、頷いて返す。
ハートばかりだとロアが笑う。確かに、胸元のブローチはじめ、グローブの手の甲やブーツの膝部分、あと、ブーツ裏にもハートが刻まれていた気がする。これで何個になったのだろう。正直かなり子供っぽい。でも、全部わたしが大好きなハートだった。ブレスレットについているものも含めて大切なもの――
「うっ……!?」
突如、身体の中に何かが流れ込んでくる感覚があった。
不快感はない、むしろ、何か力が湧いてくるような感覚に少し戸惑う。近くにいたロアもそれに気づいたように見つめている。本当に大丈夫だからと笑ってみるけど、いったい何だったのだろう。
朝のこともあったし、何か、わたしの身に起きているのかもしれない。
「だ、大丈夫です。さあ、おまじないもしてもらったし、頑張ってきますね!」
無理をしたのは心配かけまいと大声を出したことぐらい。本当に、身体の不調はなく、むしろ好調。好調過ぎるほどに。一体何だったのだろう……。
気にはなるけど手を止めてはいけない。そんなことより今は――
「じゃあ、いってきますね!」
――わたしにできることを頑張ろう。
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