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魔法少女、サラサラになる

「じゃじゃーん! お店の修繕のお礼にこれを買ってきましたー!」


 夜、試作した料理の残りを食べていると、何処かから帰ってきたロアが小さな紙袋を見せてくる。大事な用事があるからと店を閉店した後、試作料理をわたしに任せて出かけていたけれど、どうやらこれを買いに行っていたらしい。


「そんな、……わたしは仕事をしただけですので」

「いいからいいから。ほら、お給料以上の仕事をしてくれたからさ」


 まだお給料日すら迎えていないどころか、まともに喫茶店の業務をこなした覚えもない。売り上げすら立てていないのに大丈夫なのかなと首を捻っていると、ロアが待ちきれないように足踏みを始める。開けてほしくてたまらないみたいだ。

 それではとお礼を言って、リボンのついた袋を手に取る。綺麗な包装は開けてしまうのがもったいないような気がしたけれど、迷っていたらロアが袋ごと破って中身を取り出しそうだったから、ゆっくりリボンを解いてみる。


「…………♪」


 うずうずと言った様子のロア、リボンを引っ張るたびに瞳の光彩が増していく。少しだけ好奇心が出てしまって、リボンを戻してみる。


「…………え」


 気の抜けた風船みたいになった。少しだけ楽しくなってしまう。ロアの瞳の光度を調整するように、リボンの端を少しいじっては、ロアの表情を見る。大きな瞳と薄めの唇が忙しなく動く様は見ていて飽きない。

 いいな、どんな表情しても美人さんだ。わたしもここで暮らしていたらこんな感じの顔になれるのかな。なんて無理か。なんていうか生まれ持った素質みたいなものが違う気がする。

 自分の顔を見て、まだ少しオバケみたいだなと思ってしまう。髪の毛は長年の村での生活によってボサボサでまとまらないし、血色もよくない。それに、手脚にはまだうっすらと傷が残る。こんなので喫茶店の仕事なんて――


「わーっ!」

「え、ちょっと、何ですか!?」


 我慢の限界に達したのか、ロアはわたしの手をふんと握ると、リボンの端を思い切り引っ張った。ハーブの描かれたかわいい袋は少し破れてしまったけど、これはロアで遊んでしまったわたしが悪い。反省。

 袋の中から出てきたのは柔らかい球体。ぷよぷよしていて、中には液状の何かが入っている。緑色に輝く液体を傾ける。この小さい球の中に海が入っているみたいで神秘的な感じがした。しばらく傾けていると、ロアが球体の向こうから覗いてくる。キラキラの瞳が星空みたいで綺麗だった。


「どう?」

「ありがとうございます! ロアさん!」

「へっへへ、アタシもいいもん買ってくるっしょ?」

「はい。大事に飾りますね」

「え? いや、使ってよ」

「はい……?」


 ロアが心底不思議そうにする。あれ、これ飾るものじゃないの? 何かないかとぐるぐると球を回してみるけれど、手がかりなし。中の海が神の怒りにでも触れたかの触れたかのようにぐるぐると渦を巻いていた。ああ……


「それ、シャンプー。それ割って、中の液体を頭につけて洗うの」

「ええ、割っちゃうんですか!?」


 そんなことしたら海が大変なことになっちゃうよと思ったけど、ロアがぽかんとした目で見ていたから、きっと冗談ではない。すごいな、都会。頭を洗う用の液体なんてあるんだ。もしかして、お腹用とか手脚用とか分かれてるのかな。覚えるの大変そう。

 でも、やっぱり割るのはなんかもったいない気が……


「大丈夫かな? アタシが洗ってあげようか?」

「え!? え、いや、大丈夫です! 割るんですよね、この綺麗な球を……」


 そこまでしてもらうわけにはいかないと、わたしは食器を下げてお風呂へ向かう。

 女の子同士だから、一緒に入ることは問題ないと思うけど、それでもやっぱりわたしとロアは違う。生まれ持った素質とか、対人スキルとか、多分、そういう構成要素がまるで違う。例えばロアはお風呂に一緒に入っても何にも思わないだろうけど、わたしは色々と気にしてしまうだろう。ロアの近くにいればいるほど、そういう違いがわかってきて、たまにもどかしい感情に飲み込まれそうになってしまう。


 ☆ ☆ ☆


「お風呂、ありがとうございました」

「お、いつもよりゆっくりだね。どうだった」

「えっと、なんだかとてもスッキリした気分です」


 正直、それだけじゃない。

 まず、球体の使い方がよくわからなかった。ぷよぷよしたものをつまんだり引っ張ったり、なかなか破けないなと思っているうちに、球体が溶けてきたから慌てて頭の上に乗せてみた。大道芸人みたいにバランスをとっている自分を鏡で見て、多分使い方違うんだろうなと思った。見られなくてよかった。

 湿気に溶けた球体から出てきたシャンプーを、ロアが手で真似していたみたいにごしゃごしゃとかき混ぜてみたら、思っていたより泡がたくさん立って、これ、無限に増えていくんじゃと少し混乱した。結果、無限には増えなかったけど、わたしの身体は泡に飲み込まれた。いい匂いがしたから、身体も一緒に洗っちゃったけど、多分合ってる……よね?

 おかしなところはないかなとキョロキョロしていると、ロアが手招き。


「おいで、乾かしてあげる」

「え、乾かす……?」

「うん、めっちゃ綺麗になると思うから、こっちおいで」


 ロアがいつも座っている椅子に腰掛ける。見たこともない瓶とか道具がいっぱい置いてあった。魔術道具かなと不思議に見ていると、前を向くように言われる。目の前の鏡には、髪の毛がぺたんとなったわたしが座っていた。なんだか少し子供っぽく見えたのはそのせいだろう。


「ちょっと待っててね……、ウィンノル!」


 子供でも使えるような簡単な魔法を唱えるロア。風の魔法だ。ロアの手のひらから出た温かい風が、濡れた髪を撫でてくれる。こうやって乾かすもんなんだなと感心しながら、ぼーっと鏡の中の髪の毛が乾いていくのを見ている。


「メルナってさ、髪の毛綺麗だよね」

「え!? そ、そんな、ロアの方が綺麗……ですよ」

「え、アタシ? いやいや、髪質とかメルナとは比べ物にならないよ」

「そ、そんなことないです。ボサボサだし、野暮ったいってよく笑われてました」


 褒められると思っていなかったから、返す言葉がなかった。

 ボサボサの黒髪のわたしと、光の糸みたいな美しい金髪のロア。街を歩いていたらどっちが声をかけられるか、考えるまでもない。それどころか、わたしは村では後ろ指を差されて笑っていたんだ。だから、わたしは今の自分の髪が、あまり好きではない。

 わたしも、ロアみたいになりたかったな……


「よし、できた」


 わたしの髪を乾かして、少しだけブラシをかけてくれた後、ロアがポンと肩を叩く。振り返ってお礼を言うと、口をへの字に曲げられ、いいから見てと鏡に顔を向けられる。


「……きれい」

「ね? 言ったっしょ?」


 自分のことなのに口から言葉が漏れてしまった。

 ボサボサだった髪の毛はしっかりとまとまり、照明の光を受けて瑞々しく輝いていた。首に触れる髪の毛の感覚もさらさらとしていてなんだかくすぐったい。夜空みたいな髪の毛はまるで自分のものでないみたいに綺麗で、見入ってしまう。


「黒い髪の毛いいなー。わたしも染めてみようかなー。うーん」

「あ、あの、これ、どうやって……?」

「え? 何もしてないよ。素材がよかったんだよ、メルナさん」


 そんなことあるんだろうか。こんなの、まるで魔法だ。

 もしかして、買ってきてくれたシャンプーという石鹸は、何かしらの魔術薬品なのではと思ってしまう。そんな感じはしなかったけど、魔力的な感じもしなかったし……


「しいて言うなら、アタシのお気に入りってだけかな」

「お気に入り?」

「そう、おそろいー。ね、同じ香りでしょ?」

「……っ!」


 髪の毛をひとすくい、わたしの顔に近づける。

 ふんわりと、甘い果物みたいな香りがする。ロアの香りだ。わかると、なんだか抱きしめられているような感覚になって顔が熱くなる。あんまり嗅いでいると変かなと思って、顔を近づけるけど、わたしから香るロアの匂いでちょっと落ち着かない。


「ねね、どう思う? アタシも黒に染めようかなって思うんだけどさ」

「ロ、ロアは……」


 人には生まれ持ったものがある。才能だったり、性格だったり、容姿だったり、あとは髪質だったり。それらは大抵選べることはなく、ずっと一緒に生きていくものだから、イヤな部分が見えてしまったりもする。そしてそれを変えるのには多大なエネルギーが必要だったりもする。

 だけど、そういった要素はそのままに、それらを好きになるのは、案外ふとした瞬間なのかもしれない。それこそ、少し褒められたときとか、シャンプーを変えてみたときとか、無くしたものを見つけるように、あっさりと、良いところが見える時がある。

 そしてそういう瞬間は、少し気恥ずかしかったりする。

 だから、わたしは――


「そ、そのままでいいと思います! おやすみなさい!」

「え、ちょっとメルナ!?」


 自分の髪の毛から逃げるようにベッドに潜り込んだ。

 走ったからか心臓の鼓動がいつもより早い気がする。

 明日も頑張って行こう、この、わたしが大好きなわたしの一部分と一緒に――



ここまで読んでいただきありがとうございます!



面白かった。続きが読みたいという方、


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