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魔法少女、家具を作る

 王都での目覚め。今までの生活もあって、日が昇る前の起床をしてしまった。夢にまで見たフカフカベッドの感覚をもう少しだけ堪能していたかったけれど、これまた癖で顔を洗ってしまう。これは直すべき癖なのか少しだけ考えて、寝起きの頭で考えるには大きすぎる問題だと部屋を出る。

 廊下は少し明るく、出かかった朝日の存在を確認できた。当然ながらロアはまだ寝ているだろう。このまま起こしてしまうのも申し訳ないのと、何より朝の王都を見てみたかったこともあって静かに家を出る。日が出切る前に戻れば問題はないだろう。


「……わぁっ!」


 人の匂いと朝の澄み切った空気が混ざった朝の冷気を思い切り吸い込む。王都とはいえ時間が時間、誰もいない石畳の道を歩き、まだ空いていない店の看板を見て回る。まるで世界を独り占めしているような感覚が妙に心地よかった。

「あっははは!」

 意味もなく走って、そして止まる。それだけのことが妙に楽しい。途中、牛乳配りのおじさんとすれ違ったので挨拶をしてみる。少し驚かれた。迷惑だったかな。


 それからも、ふらふらと誰もいない街を見て回る。

 整備された公園の水が流れていない噴水を見てなぜかおかしくなって笑ったり、こんな時間だというのに慌てた様子の人を見て、どこに行くのかと考えてみたり、徐々に開店の準備を進めていくパン屋さんの様子をボーっと見てみたり。


「この景色も、わたしの中にもらっていこう」


 どことなく優越感に浸る、そんな一日の始まりだった。


 ☆ ☆ ☆


「ご、ごめんなさい……」


 数時間後、わたしは心身ともにボロボロの状態で頭を深く下げていた。

 舐めていたのだ、都会というものを。入り組んだ道の恐ろしさを。

「帰ってこれたらよかったけど、一日でバックレたのかと思ったよ」

「本当に、ごめんなさい……。わたし、頑張るのでどうか……」

 全力の謝罪。救いなのはロアはそこまで怒っていなかったこと。むしろ心配してくれている。申し訳なさすぎて泣きそうだ。

「まあ、いいや。緩くやろーぜ。そろそろパンが焼けるからちょっと待っててね」


 場所を指定され、置いてあった木箱に腰掛ける。店の奥へと走っていくロアを目で追った後、爽やかな風に髪がなびく。朝は最高だと思っていた晴天も、失敗したとなっては身に染みる。……ん? なんで喫茶店の中に風が……?

「へい、おまち!」

「あの、喫茶店というのはどこでしょう?」

「ここが『シャルロ』だよ。ささ、朝ごはん食べて」

 オープン席なるものが都会の喫茶店にはあると昔本で読んだそれなのか、とあってないようなボロボロの壁を見つめる。大きな穴が3つ開いていて、外を歩く奥様と目が合う。こんにちは。

 これが都会なのか、なんて、店(?)を見回す。

 個人的な感想だが少しホームシックになった。穴のあいた床、椅子がわりにあるのはおそらく拾ってきたであろう手頃なサイズの石や切り株。早い話が昨日まで住んでいたボロ小屋にそっくり。むしろ、修繕が下手な分ボロ小屋の方が立派まである。

「いやいや冗談ですよね……?」

「ん? なにが?」

 けろっとした反応。冗談じゃない。


「い、いただきます」

 パンを手に取る。その瞬間、机がわりに使っていた木箱が崩れ落ちる。危なかった、セーフだ。いや、アウトなのだけれども……

 参ったなと慣れた手つきで隣に置いてあった木箱を持ってくるロア。妙に手慣れている。慣れていてはいけない気がする。しかも、持ってくる途中で木箱は崩れてしまう。

「あの、ロア、ここ、本当に喫茶店……?」

「いやー、あはは、ちょっとボロいけどそれがアットホーム感の演出っていうか……」

 これでアットホームを感じるのはわたしぐらいだと思う。

 笑ってごまかしていたロアも、3つ目の木箱が壊れたところで観念する。


「その、ね、これがありませんで……」


 親指と人差し指で円を作る。

 お金だった。どうやら夢の王都でも現実は厳しいらしい。

 しかしその反面、役に立てるかもしれないチャンスがきたわたしは少し嬉しくもあった。


☆ ☆ ☆


「おっちゃーん! 余ってる木、ちょーだーい!」


 まずは店の修繕が必要だ。

 木材なんかがあればいいのだけどと言ってみたところ、ロアが近くにあった工場へと連れてきてくれた。木材、鋼材など様々なものの加工を行っている工場らしく、自宅感覚で案内してくれたロアについていくと、すぐに木の匂いがしてきた。

「なんだー、ロアちゃんかい。木なんてどうすんだよ」

「お店をパワーアップさせるんだよ。工場のみんなも来てくんないしさ」

「うぐっ! だってあそこはなー……」

 言い淀むつなぎのおじさん。言葉の続きは簡単に予測できた。

 しかし、ロアが馴れ馴れしく「おねがい」と言っていると、ほおをポリポリかきながら奥の方から木箱に入った廃材を持ってきてくれた。


「パワーアップしたら安くしてくれよな」

「うーん、工場のみんなで来てくれたら考えとくよ」

 この後に及んで商魂たくましいなと感心。

 しかし、この誰にでも分け隔てない態度がロアのいいところでもある。おじさんも豪快に笑いながら、脇に落ちていた廃材をおまけしてくれた。

「しっかし、ロアちゃん。木を持っていくのはいいけど、釘打てんのか?」

「えっと……、打てんのか?」

 復唱するように、ロアの影に隠れていたわたしに聞いてくる。

 おじさんの視線もこちらに向けられ、追い詰められたわたしはおずおずとロアから離れる。

「大丈夫……です」


「お、お嬢ちゃん、お姫さんみてぇな格好だな」

「あはは……、お気になさらず。その、ほんと気にしないでください」

 おじさんが驚くのも当然。今のわたしは魔法少女に変身していた。

 木材を運ぶのにも、のこぎりやトンカチを扱うにも、こっちの方が何かと都合がいい。というか、変身していないとそれらができない。と、いうわけで変身しているのだけれど、やはり浮いていた。

「かわいいでしょ。メルナっていうの。うちの新人」

「よ、よろしく、お願いします……」

 身体の中の何かが身体の中沸騰していくのがわかる。

 村の人たちはまだよかった。わたしがこの格好をなんとも思っていない頃からのつきあいだったから流れでいけた。ロアも大丈夫だ。なんかテンション的な問題で乗り切れた。しかし、やっぱりこの格好はあまり人には見られたくないものだ。スカート、短いし。


「ひ、久しぶりに行ってみようかな……」

「来なくてもいいです」

「なっ、営業妨害かー!」

 慌てて訂正する。

 ぜひ来てくださいねと精一杯のスマイルを送る。多分引きつっていた。

 しかし、優しい職人という顔つきだったおじさんの頬が少し緩む。

「なーっ、おっちゃん! メルナ狙ってんな! すけべ!」

「ち、ちげぇよ! オレはカミさん一筋なの! メ、メルナ……ちゃん、その木材、これで足りましたですか?」

「おい、言葉おかしくなってますですぞ」

「う、うるせぇ!」

 あまり目立たず生きていきたいのだけど、喫茶店なんてできるのだろうか。

 少しだけ考えながら、箱に詰められた廃材を見てみる。


「その、もう少しあると助かります。別に、なければそれでも――」

「待っててくれよメルナちゃん!」

 話も途中に、奥へと全力疾走のおじさん。

 床に散らばる木の粉に滑ってすってんころりん。しかしおじさんはめげない。なおも全力疾走したと思ったら、奥から大きな影が戻ってくる。

「はぁっ……、はぁっ……、こんだけあれば足りるか、メルナちゃん」

「え、えと、足りますけど、……大丈夫なんですか?」

 小さな小屋なら建てられそうなぐらいの木材がどんと積まれる。

 どう考えても廃材じゃないけど、大丈夫なのかな……?

「おっちゃん、アタシんときと随分違うんじゃない?」

「バ、バカヤロウ! かわいこちゃんが困ってたら助けるのが男ってもんだろ!」

「ほほう、これがアタシとの可愛いの差ですか」

 箱一つと角材十数本。

 逆ならわかる。単に初めてだからサービスしてくれただけだと思うんだけどな……。わたしとロアが並んでいたら、わたしだったらロアに角材をあげるし。いや、角材かどうかはわからないけど……

「このすけべオヤジ、どう思います。メルナ?」

「……ロアの方が、かわいい、です」

「あ、いや、そういう感想じゃなくてね?」

 あはは、とごまかすように笑う。変なこと言ってしまったのだろうか。申し訳ない。

 人付き合いって難しい。言葉の答えや相手のことを考えていると、「おはよう」の一言でも答える頃には日が登りきっていそうだ。だから――

「うーん、ありがとね」

 ――それをそつなくこなすロアに憧れるのかもしれない。


「ところで、オレが言うのもなんだけど、持っていけるか、それ?」

「あー、さすがに厳しいねー。どう?」

「そうですね。両手、塞がっちゃうと思いますので、扉とかお願いできますか?」

 さすがに十数本だと片手では無理だった。

 角材を両手で持ったわたしを見て、おじさんが口をパクパクさせていたけど、これ以上見られるのは少し恥ずかしかったので、そそくさと工場を後にした。


☆ ☆ ☆


「こんなものですかね……」


 魔力を薄く伸ばした刃で木材を切って、釘を打つ。魔法少女のグローブには身体能力強化系の魔法術式がたくさん込められているので、力を入れすぎる心配こそ必要だけど、苦労はしない。デザイン以外は完璧なのだ。

 ロアはお店のコンセプトを固めるとのことでペンキを持って店の中に入っていく。少々不安だけど、ここはマスターである彼女に任せよう。

 ちなみに、店内改装につき今日は休業。もとより、あの状態で今まで成り立っていたことの方が不思議でもあるし、ここを見て喫茶店だと入ってくる人はどんなものか、気になっていたりもする。


「じゃじゃーん、お店のデザイン、どうかな?」

 店の中で刷毛を振り回して芸術を爆発させていた(自称)ロアが顔を出す。

 コンセプトが大事だからねと自信満々に頬についたショッキングピンクなペンキをぐいとする。あーあ、広がっちゃった。濡れタオルで拭くとへへと笑う。なんだか子供みたいだ。

「ロアって感じがします」

 一言でいうならそうだった。黒とピンクの締まりつつ少しかわいいようなデザイン。昨日着せてもらったクマさんみたいな変かわいいキャラがところどころ描かれている。申し訳ないけど、少しだけうまくないところが逆に味があっていい気がした。わたしは、このデザイン結構好きかもしれない。カフェとしてどうかと聞かれると微妙だけど。

「でしょでしょー。これもメルナのおかげだよ。ありがとね」

「は……はい」

 お仕事をしただけなのに褒められてしまった。不意打ちはずるい。顔が赤くなってしまっているのがわかる。

 何とか話をずらそうとパンクな店内を見回していると、ロアが先に口を開く。


「いやー、でも、メルナにこんな特技があったなんてね」

「たまたま、お家の修繕をしていただけですよ」

「そうかなー。もう完全に新築だよ、これは」

 村中の建物の修繕をしていたのだから、多少はこういったこともできた。

 当時は引き受けながらも大工さんは何をやっているんだろうとか、少しだけムッとしていたのを覚えている。後から聞いたところによると、報酬を受け取っていた人は大工さんだったらしい。お金の流れの中にワープゾーンでもあるのかなと思う。

 せめて、報酬はいいから、わたしがやったものだと認識してほしかった。わたしの時間と、それと少しの頑張りを認めてほしかった。

「メルナがうちに来てくれてよかったよ。ありがとね」

 ――こんな風に。こんな風に……

「……っ!」

 ほっぺが爆発しそうなくらいに熱くなったのがわかって、つい走ってしまう。

 後ろから聞こえてくるロアの声から逃げるように、壊れたおもちゃみたいに店から出る。

「い、椅子、あと机、そそ、そういうの作りますから!」

「そ、そう……」

 わたしはまだ、認められることに慣れていない。

 この王都で始まった毎日の先に、果たしてなれる日はあるのだろうか……。


☆ ☆ ☆


「――気合入りすぎちゃったね」

「面目ないです……」

 立ち並ぶファンシー家具たちを見てロアが苦笑。本当に面目ない。

 自分でいうのもアレだけど、ここに並ぶ家具たちは売りに出しても恥ずかしくないクオリティである。

 曲線が美しいつぼみのような椅子と、お花を模したテーブル。星形の照明にハート型壁時計、お菓子の家みたいなデザインの食器棚などなど……

 趣味兼生活費稼ぎでやっていた小物づくりで培った技術が完全に暴走していた。反省。

「あ、あのっ! わたし、これ処分しますから……」

「なんでよ? こんなにいい家具なのに。ほら、いっしょに運ぼ?」

「は、運ぶんですか?」

 店の中に? と聞こうとしたときにはロアはいくつかの椅子を運び始めていた。

 さっき見たパンクな店内に、このパステル調の家具、なんだかすごい不調和が起きそうだ。わたしのせいでお客さんが来てくれなかったらどうしよう……

「ほーら、棚のそっち側持っちゃって」

 しかし、ロアももう止まらない。


「やっぱり、少し変ですよ……」

「うーん、あはは、そうだね、すっごく変だ、これ! あはは」

 コンセプトが大事。マスターの言葉はやはり正しかった。なんだかデザイン性がケンカしているような店内。木箱の方がましかもしれない。

 やっぱり机を外に出そうとしたところをロアに止められる。

「でもさ、いいと思うよ、アタシは」

「そんなことないですよ」

「そうかな、すごく、アタシたち二人って感じがして、好き」

 手を握られてにっこりされる。

 そう言われてしまうと、無理に家具を外に出せないから、ちょっとずるい。

 それに、この店内も悪くないような気がしてしまう。

 思い込みだ。自分に言い聞かせる。

 きっと失敗する。心の中から声がする。

 それは全部、わたしのせいだ。過去に口にした呪文が何度も――


「二人でやっていく喫茶店だから、ね?」


 その言葉に飲み込まれてしまう。

 きっと今も、わたしの心はざわついている。いくつもの悲観的なものが渦巻いて、気を抜けばそこに溺れて沈んでしまう。

「はい」


 それでも、この落ち着かないようで落ち着く空間にいる限りは、そんなことも忘れられるような気がした。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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