魔法少女、服を着る
喫茶『シャルロ』は王都の隅の方にある小さな店である。近所にたくさんの人が働く工場があるらしく、喫茶店としては好立地だと、ロアに教えてもらった。喫茶店的に好立地……なのだろうか。
二階は居住スペースとなっており、わたしの住処はそこになるようだ。とはいってもスタッフ専用の寮だとかそういうものではなく、単に、ロアがそこに住んでいたというだけ。形としては住み込みというよりも居候という感じがする。ロアの雰囲気も含めて。
「いやー、メルナも目の付け所がいいね。シャルロは絶対に成長するよ。すぐに全国チェーン展開、世界中の飲食店がシャルロになる日も近い! あ、でも、中央区にあるオムレツ屋さんはあのままにしておいて欲しいかも。ふわふわで美味しいんだよ。今度食べに行こう! ね?」
上司というよりは友達のような感じ。歳も同じだし、そうなって当たり前、なのかな……
「友達かぁ……」
ロアの家の浴槽に浸かる。香りのいいハーブを粉状にした『入浴剤』なるものを入れているらしく、お風呂からはさっきもらった飴のような果物系の香りが立ちのぼる。なんとなく落ち着く香りを吸い込みながら、温まってきた身体を湯船に浮かべる。
お風呂とトイレ別がいいは条件高望みしすぎかなと思っていたけれど、あっさりと叶ってしまった。こうして考えてみると、自分の仕事の選択基準は単なる物件探しみたいなものだったなと感じる。それは仕事というものを経験したことがないからだなというのが結論。
明日から仕事が始まる。使命でもなんでもない。自分から望んで始めた仕事だ。
「大丈夫、きっとできるよね」
少しだけロアの真似をしたように呟いてみる。
似てないな。自分で恥ずかしくなって湯船に顔を沈める。
都会の生活にはまだ慣れない。
☆ ☆ ☆
「服、ちょっと汚れてたでしょ。お洒落なの用意してみた」
ロアが脱衣所に用意してくれた服を見る。
どことなく、ロアという感じのする服だった。
何やらパンチのきいたヘン可愛いクマの書かれたシャツに、大きなベルトとポケットがいっぱいついた、ゆったりとしたハーフパンツ。少し抵抗があったけれど、せっかくの厚意を無駄にもできないと、ぎこちない手つきでそれらを身につけていく。
「若い子の服だ……」
当然だけど、今まで来させられていた村の奥様方のお古とはまるで違う。脱衣所の鏡に映った自分はお風呂上がりのぺったりした髪型もあってか、自分ではないように思えた。いつもの自分よりも、少し可愛いと、そう思った。
「おお、似合うじゃん! やっぱいいねぇ、若い女の子は」
「えと、その……」
「足ほっそ! いいなぁ、わたしも明日はお昼抜こうかなー……」
似合っているのか少し不思議だったけど、ロアからは絶賛をいただいた。軽口でセクハラまがいのことを言われつつ、部屋の姿見の前まで引っ張られ、二人で並ぶ。当然だけど、二人ともロアの服を着ている。姉妹みたいだなと失礼ながら思ってしまう。
「やっぱり、汚れててもさっきの服を着ます……」
「えぇっ? もしかして、アレ? アタシ、服のセンスない?」
独特だとは思う。でも、かわいいとは思う。
わたしだって、一度はこういう格好をしてみたかった。だから、脱衣所にあった服を最後まで着てみたのだろう。でも、こういう服は落ち着かない。こんな脚が出ていていいのだろうか。おへそが見えそうな丈のシャツを着てもいいのだろうか、おしゃれしてもいいのだろうか。そんな自問自答の答え全てに村で浴びた『だらしない』『はしたない』『若者らしくない』なんて言葉が返ってくる。いつの間にか、わたしの自問自答にわたしが答える権利はなくなっていた。
「うーん、さっきみたいな服はなー……、ヒラヒラはどうも」
「ヒラヒラ……?」
「うん、飛んだ時のやつ。ピンクで、フリフリでキラキラなやつ。アタシにはちょっと違うかなーって感じでさ、持ってないんだよね。だから、今日はそれで我慢して、ね?」
魔法少女衣装のことだ。
魔女は魔法を使う時、儀式の一環として姿を変える。そのおかげで普通では使えないような強大な魔力を使うことができる。とはいっても、一般的には姿を変えないのが定石だ。それは世間になじむためだとか、面倒だからだとか、そもそも少し恥ずかしいだとか、なんかそういう、神秘を革靴で踏んだような理由が最も大きい。よって、例えば目の色が変わるだとか、片手に紋章が浮かぶ上がるだとか、そのぐらいの変化を推奨される。この変化というものは一度決めたら一生付き合うもの。だから、普通、そうする。
多感な幼少期に変化後の姿を決めたりしない限りは、普通、ピンクのドレスにツインテールなんて決めない。ははは、笑っておくれよ。
「アレは、色々と事情があるので、方向性が違うというか……」
「ふーん、かわいいと思うんだけどな」
「この服も、とてもかわいいと思うんですけど、わたしなんかが着ていいのかな、と」
怒られてしまう。今でも、村の人々に見られているようだ。もう、近くにはいないはずなのに、もう村の外にいるはずなのに、この視線はいつまで続くのだろうか。
「それで、ちょっと地味目な服を着てたんだね」
「地味目というか、はしたなくなく、若者らしい服を……」
「ふむむ……」
考え込んだのち、何かを思いついた様子。キラキラした装飾のついた棚をガサゴソとあさり、中から薄ピンク色のハンカチとピンバッチを取り出す。器用な手つきでそれらを組み合わせる。破ったり、貼り付けたり、むすんだり、何をしているんだろう。
やがて、リボンのついたバッチが出来上がる。サイズをハサミで調整しながら、近づくようにとハンドサイン。おずおずと近づいたわたしの胸元に、それをつける。
「どう?」
「どうって、……かわいいですけど」
ロアのシャツに描かれていた謎のクマキャラの頭にリボンがつけられた。黒のシャツにピンクのリボンは映えるといえば映えるけど、小さいサイズのそれはぱっと見では目立たない。それでも、鏡に映った自分を見て、わたしは少しだけ気分が高揚した。
「おしゃれってそういうもん。人がどう思うかも少しは大事だけど、一番は着た人の気分の問題。――ってな感じで、どう?」
だから、どうと聞かれても……。
とも思ったけれど、わたしを縛り付けていた冷たい視線を少しだけ忘れさせてくれた。だから、小さなリボンをきゅっと握って、よしと頷く。わたしは与えられた服よりも、ロアが用意してくれたこの服を着ている自分の方が好きになれた。
「ありがとうございます」
「はぁ、……よかった」
なぜか胸を撫で下ろしたのはロアの方。わたしよりもわたしを見て満足げだ。
その様子を見ていると、わたしも嬉しくなってくる。
「その、なんていうか、メルナの服、少しずれてたというか……あ、気に障ったらごめん」
「いえ、そんな……、わたしもあんまり好きじゃなかったので」
「そうなの?」
そうなのだと、深くは語らないけれど頷いておく。ロアのいうセンスのズレのようなものは村から出たことのないわたしでも少し感じていた。奇抜な模様のブラウスだとか、野暮ったいロングスカートだとか、数年前だとしても、アレが若者らしいかといわれると考えてしまう。
「よし、じゃあ、メルナが働いて、お金が貯まったら服を買いに行こう」
それまではアタシの棚から好きに着ていいと赦しをもらう。少しだけ迷ったけれど、最後にはロアに頭を押される形で強制的に頷かされてしまった。これがコミュニケーション能力というやつなのだろうか。少し違う気もするけど……
「でも、メルナが好きそうなフリフリだと、……どこに売ってるんだろう」
「ですから、フリフリじゃなくていいですって」
ロアと過ごす一日目の夜は賑やかにふけていく。
少しだけいい夢を見た気もするけど、覚えてはいなかった。
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