魔法少女、助手をする
「明日一日、メルナを借りたい」
「え~、アタシの大事な大事なメルナちゃんを~? うーん、大切にしてね」
「善処する」
そんな感じで、知らないうちにわたしの貸与契約が結ばれたらしい。
朝起きて、廊下に出るとキューさんが準備ばっちりという感じで立っていた。
寝癖と洗っていない顔を見られるのが恥ずかしかったけど、いっしょに暮しているし仕方ないよね。ちなみに、ロアは平気だった。ここら辺は慣れの問題なのかなと思ってたけど、最近になってやっぱりロアにみられるのも少し気になる。
結果、朝早く起きての忍び足はわたしの日課となっていた。
「ロアから、優しくしてといわれている。大事なメルナらしい」
朝一発目、突然の事態に戸惑っていたけど、その一言で事態を受け入れる。
そうか、ロアにとってわたしは特別なのか。えへへ……
せっかく洗ったのに顔が緩んでいくのを感じながら、わたしはキューさんの部屋にお邪魔する。何もなかった地下室は、すでにキューさんが持ち込んだ機械たちでいっぱいになっていて、その代わりようにきょろきょろしてしまう。
「ようこそ、ぼくの助手」
「は、はい、お手柔らかにお願いします!」
エレベーターにいた時から少しだけ気まずい空気はあった。
わたしは人づきあいが得意ではない。沈黙が怖いのだ。
でも、助手として何をすればいいかなんて、考えてはいるけどわからない。
わたしは、何をすれば――
「ひとまず、そこのカプセルに入ってくれ」
「え、えっと、大丈夫なやつですよね……?」
部屋の真ん中の大きなカプセル。なんだか太いパイプがたくさんついてる。
入ったとして、わたしは無事に戻ってこられるのかな……
ちらっとキューさんを見てみると、ワクワクした瞳で親指を立てられた。
天才科学者がいうんだ、間違いないと恐る恐るカプセルに入る。
「ありがとう。今日はキミのデータを採ろうと思う」
「わたしのですか?」
「そうだね、前から気になっていた。頼む」
不安な反面、その言葉を聞いて少し前向きにもなれた。
キューさんの研究する『魔装学』が進めば、何らかの要因で魔力を失ってしまった人も不自由のない生活を送れるようになる。変身は少し恥ずかしくもあるけれど、研究のためになるのなら、やってみようと思う。
「助かるよ。では、少し苦しいかもしれないけれど、我慢してくれ」
「え、苦しいってな――ごぼぼっ!?」
カプセルが閉められ、中に液体が入ってくる。え、これ本当にマズいんじゃ――と思っていた辺りで、呼吸ができることに気づく。そういえば、わたしは頭を洗う時に目を開けられないけど、今は大丈夫だ。なんなんだろう、この液体。
「検査液の一種だ。飲み込んでも平気だし、濡れることもないから安心だ」
「さ、先に言ってください!」
「すまないね。ただ、緊張状態にあると正常な数値が見れないから、許してくれ」
確かに、今から水入れますよって言われたら、大丈夫でも怖かった。
何度も「大丈夫だ」と言いながら、キューさんは機械をカタカタとさわっている。文字を打ち込むものだよと教えてもらった。キーボードというらしい。
ぷかぷかと、透明な検査液の中を漂う。呼吸ができるのはありがたいけど、若干手持無沙汰。キューさんはわたしに気を遣ってくれるのか、色々と話をしてくれたけど、いつも途中で再びキーボードに向き合ってしまう。
「とりあえず基礎的なデータは採れた」
「本当ですか?」
「種族、人間。性別、女。健康状態、良好。身長142cm、体重、3――」
「わ、わわわっ! あでっ!」
ゴン、とカプセルに頭をぶつけてしまった。
データを採られるって言ってたけど、まさかそんなところまで測られるとは……
わかってたら、昨日とその前の日ぐらいからご飯抜いたんだけどなぁ。
「十六歳の平均とは思えないけれど、恥ずべき数値ではないと思うよ?」
「数字としてみるのがイヤなんです」
「ふむ、そんなものかね」
だよね、ロアと比べたらわたしなんてお子様ボディだもんね。
同じもの食べてるんだから、体型だって近づいていいと思うんだけど……
ちなみに、キューさんは一個下らしい。
身長はわたしのほうがちょっと高い。でもオーラ分負けてる気もしなくはない。
「一個気になったのは魔力量だ」
「魔力量?」
「そうだね。例えば王国騎士の魔力量を1とするなら、メルナの魔力量は4強」
「それってどうなんです?」
「まあ、高い。鍛えている人間の4人分だからね」
そうなんだ。
でも、小さなころからおばあちゃんに魔力の量が多いとは言われていた。
それに、一応魔女の家系の人間だから、そうだとしても不思議じゃない。
「今すぐ、王国騎士団に入ったほうがいいよ」
「え、わたしは遠慮しておきます」
「そうだね、優秀な助手を失いたくはない」
本当はあまり戦うのが好きじゃないという理由だけど、そう言ってもらえると少しうれしい。でも、王都に来てそれがわかっていたら、わたしはどうなっていたんだろう。王国騎士団のエリートコースですごいことになっていたのだろうか。
うーん、でも、今の生活の方がいいな。
「話を戻すが、メルナ、キミの魔力量はおそらくもっと高い」
「どういうことです?」
「変身、してくれるかな」
やっぱりそうなるか……
魔女の家系はこの変身の魔法によって、大きな魔法を行使できるようになる。
正確なデータを採るには、やっぱり必要だよね、変身。
あんまり見られたくはないけど、国の未来のためだと腹をくくる。
小さく「変身」と唱えると、わたしの身体は魔法少女へと変わっていく。
この姿で寝ているのも違和感だらけで居心地が悪い。
「……どうです?」
「ふむ、6といったところ。微妙な変化だね」
「そんなことあります!?」
「あるね。ただ、ぼくの仮説通りかもしれない」
「仮説?」
「そう。一度変身を解いてくれるかな」
言われたとおりにする。
キューさんがにらめっこしてた数字が少し下がった。アレが魔力量か。
「メルナ、ロアの留守中にパンを作ったときのことを覚えているかい?」
「ええ、覚えていますけど」
「あの時みたいに変身してくれると助かる。セリフとポーズ」
「え、えぇ……、覚えてないかもしれません」
「そうか。これなんだが」
写真をぺらり、ウィンクバチコンなわたし。
流石に観念して覚えていますと白状するも、すごくやりたくない。
子供のころに色々考えて決めたセリフがあれという事実がすでにむず痒い。
魔力量は高かったものの、そこら辺のセンスには恵まれなかったらしい。
しかし、国のためだと腹を決める。
「へ、変身! マジカルトランス・グローインアップ!」
何言ってるんだろ、わたし。
このセリフで変身すると、いつもより恥ずかしく変身している気がする。
子供のころ、これで変身を覚えてしまったからか、ぶりっ子変身になる。
両手を広げて、着ていた服を脱ぎ捨てて、踊りのように華やかに、童女のようににこやかに、わたしは魔法少女の衣装を身に着けていく。グローブ、ブーツ、ドレス、スカートと一つ一つを嬉しそうに身に着けると、髪の毛をばっと広げてピンク色のツインテールへと変化させる。
ハートのブローチが目立つ胸元のリボンをキュッと結んで変身完了。
流れでポーズも決めてしまう。
「魔法少女トゥインクル☆ハート! 参上! 可愛すぎにご注意だよ!」
ここまででワンセット。
この変身を成立させるために、空間展開、時間遅延、衣装生成と転移に視覚共有と様々な魔法を覚えて組み込んだ。これでもおばあちゃんには天才児扱いされていたけど、わたしはきっと紙一重で違う何かだったんだと思う。
ちなみに、これらを使わない変身はあとから無理やり覚えた。
難しい方で覚えてしまったから、精神衛生を考えなければ呪文を唱えてくるくる回る方が楽ではある。やりたくはないけど。
「け、検査液が……!」
「わぁっ、すごい、キラキラです!」
カプセルを満たしていた検査液が、いつの間にか輝く粒子になっていた。
そういえば、ポーズの時には周囲の物質をキラキラに変える魔法も組み込んでいたっけ。目立つからこれだけでも外したいな……
「魔力量が、とんでもない数値に――って、まずい!」
「ほぇ?」
カプセルが開き、キューさんがわたしに覆いかぶさる。
同時に何かが爆発するような激しい音がして、火花とガラス片が飛ぶ。
灯りが消え、機械に表示されていた数字が上がり切る前に機械ごと弾ける。
真っ暗な中、わたしの上で、キューさんが苦しそうに歯を食いしばった。
「キューさん!?」
「あぐっ……、平気か、メルナ」
「平気かって、キューさんこそ!」
キューさんの白衣がじんわりと血でにじむ。
見ると、背中には大きなガラス片も刺さっているように感じた。
うめくような声を出すキューさんに、わたしは手を当てた。
「きらきらミラクル! ルンルンメディカルン!!」
回復系の魔法を組み合わせたわたしの魔法をキューさんに使う。
痛覚を一瞬だけなくす魔法も入っているから、ささったガラス片も痛みなく抜けるはず。キラキラした光の中、キューさんの傷は時間が巻き戻るように直っていく。
やがて傷は完全にふさがり、しかしキューさんはわたしにくっついたまま。
「あ、ありがとう」
「いえ、それは全然。キューさんこそ、ありがとうございます」
「キミはぼくの大事な助手だ。それに――」
キューさんの小さな手が、魔法少女のコスチュームをキュッと握る。
量の多い髪の毛と、顔をぎゅっと近づけているから、顔は見えなかった。
「大切な友人でもある」
「ありがとうございます」
そう思っていてくれたんだ。
喜びと同時に、魔法を使ってキューさんを救えたという安堵感も増した。
わたしも、大切な友人を救えてよかった。
さて、と周囲を見回す。
壊れてしまった機械。実験は中止せざるを得ない。
そこまでは仕方ないで済むのだけれど、問題は別にある。
「エレベーター、止まってません?」
「そうだね、修理をしないとここに閉じ込められてしまう」
「大変じゃないですか! 早くしないと……」
起き上がろうとしたら、キューさんの力が少し強くなる。
可哀想だったけれど、身動きも取れないし、離そうとしたらやはり拒んでいる。
これってもしかして……
「灯りがつくまで、こうしていていいかい?」
「えっと、修理しないと灯りはつかないと思うんですけど」
「そうか。では、ぼくたちはここまでだ」
いやいやいやいや!
何とかゆっくりと上体を起こす。器用にキューさんも顔をくっつけたまま動く。
ふるふる震えたままのキューさんは、いつもより少し小さく見えた。
というか、これは――
「暗いのは、苦手なんだ」
「そ、そうなんですね……」
「ロアには黙っていてくれないか」
「ロアも知らないんですか?」
「そりゃそうだ。いい歳して暗いのが怖いだなんて、そんな……」
震えが強くなる。
わたしはキューさんの頭をよしよしとなでながら、どうしたものかと考える。
修理も何もエレベーターに近づかなければ状況もわからない。
何か光るもの、光るもの……ん?
「キューさん、顔、離しても暗くないですよ」
「そ、そんなことない。暗い。さっき暗かった!!」
「いえ、明るいです。トゥインクル☆ハートが言うんだから間違いないです」
「ほ、ほんとだな?」
恐る恐る顔を離す。
そして、少しだけほっとしたように、ぐしぐしと目元をぬぐう。少し赤かった。
わたしに周りには、変身したときのきらきら粒子が漂っていてぼんやりと明るくなっている。少し不安そうだったので、もう一度だけ同じ魔法を使って粒子を出してあげると、キューさんの顔のこわばりが消えたように思えた。
「では、エレベーターに向かいましょう」
「明るいのはメルナの周りだけだ。エレベーターのとこに行くまでに死ぬ」
「死ぬって……。うーん、では、手をつなぐのはどうでしょう?」
「……ロアには言わないか?」
「言いません」
笑顔でそういうと、キューさんはわたしの指先をキュッと握る。
それから二人でエレベーターに向かう。キューさんに何度も「離さないでくれ」と懇願されながらだったので、少し時間はかかったが、無事たどり着けただけでも良しとしよう。
「……ダメだ。回路が焼ききれている。やはり死は免れない」
「そんな! 諦めが早いですよ!」
「せめて、エネルギーを生み出し、伝えるような物質があれば……」
「それって、この紐みたいなものですか?」
「そうだね」
変わった紐だなーと思う。
紐の中に紐がたくさん入っていて、それがお蕎麦みたいに絡み合っている。
その中の一つはどろどろになってしまったけど、エネルギーを伝えられればいいってことは……
「シャイニーリボンボンを使えば、いけるかもです」
「あのリボンか? でも、切り離せるものなのか?」
「うーん……」
キューさんと一緒に編み出したシャイニーリボンボンはエネルギーを伝達できたはず。
伸縮自在で使い勝手はいいけれど、反面、切り離すとなると話は違う。
魔法少女衣装は頑丈そのもの。ふんわりついているように見えるリボン一つですら取り外せそうにない。
一度、せめて装飾を減らそうとして失敗したわたしがいうのだから、間違いはない。
「ただ、リボンを構築した魔法を別のものにかければ……」
「そんなことができるのか?」
「はい。構築してある魔法、覚えてはいるので可能かなと」
1023の魔法を重ね掛けして完成したのがリボンボンだ。
魔法をかける順番や正確なタイミングに関してはうろ覚えだけれど、そこは適宜判断すればいい。
伸縮可能な、伝導性のたかい物質、リボンボン亜種を作れば問題は解決するはず。
「キューさん、両手を使います。わたしの背中を掴んでいてください」
「わ、わかった」
頭の中にイメージを浮かべる。
一度使った魔法だ。『かわいい』によるブーストはいらない。
ただひたすら、あの時を思い出して魔法を重ねていく。
それを束ね、糸を作り、編み込んでリボンを結ぶ。
記憶と感を頼りに、魔力を練り、何もない空間に魔法をかけていく。
「――空間同期、防御結界、防御結界、物質強化、防御結界、物質の無限化――」
何度も、何度も、冷え切っていた部屋が暑く感じるほど、何度も――
開いているはずの瞳が空間を認識しなくなった頃、呼吸すらも忘れて魔法をかける。
一瞬、一寸のズレがあれば魔術は崩壊する。でも、そんな不安すらどこかに置き去りにして、脳を動かす。
ピンクの髪が汗でべったり張り付き、コスチュームも濡れてしまった頃、ようやく糸が出来上がる。
「――繋がれ!」
重ねた魔法をすべて把握しながら、糸を固定化する。
さっきよりも大きな火花が、粒子となって飛び散り、中には一本の糸。
できた、これがシャイニーリボンボンの亜種だ。
「……ハァッ、ハァッ……、けほっ、けほ……」
「大丈夫か、メルナ!?」
「だ、大丈夫です。これで……」
血の巡りと共にコスチュームの浄化魔法が働く。
止まっていた自動回復も作動し、肺の不快感を何とかしてくれる。
キューさんはリボンボン亜種を両手で持つと、焼ききれた紐に括り付ける。
地下室に再度灯りがともる。
「これはすぐに返す」
「いえ、即興で作ったものなので」
「いや、こんなところにあっていい代物じゃない。これは芸術品だよ」
「そんなことないですよ。リボンボンと同じですし」
本当に大したことないものだ。
すごく頑丈で、どこまでも伸びて、なんでも通す。それ以外はなんてことない糸に過ぎない。
「はぁ……。メルナ、キミはきちんとした学園に通い、学んだほうがいい」
学園かぁ。少し憧れるな。
魔法以外にも勉強したいことはあるし、お友達だってほしいかな。
「ボクが教授をやっている学園がある。キミがよければ紹介しよう」
「うーん。お誘いは嬉しいですけど――」
憧れと今、天秤にかける。
即答とはいかなかったけれど、わたしの答えは最初から何となく決まっていた。
「わたしは、ロアとお店やって、キューさんの助手をしている方がいいです」
「そうか。そう言ってくれるのはありがたい。でも、必要になったら言ってくれ」
「ありがとうございます」
いつか、ワガママを言ってみてもいいかもしれない。
でも、そのいつかはきっと、もっと遠い未来のことだ。
さて、少し日の光が浴びたい。エレベーターのボタンを押そうとして気づく。
「ところでキューさん、手、もう明るいですけど……」
「え? あ、ああ、それはだね……」
何か言葉を探しているけど、その最中もキューさんはぐっと手を握ったまま。
やがて、思いついたように言う。
「優秀過ぎる助手を取られない努力、かな」
二人でロアにからかわれるのは、これから少し後の話。
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