魔法少女、歓迎する
「そうだ。キューの歓迎パーティーをやろう」
キューさんが来た日から一日が経ち、新生活が始まる朝、ロアの第一声はこれだった。そういえば、キューさんがシャルロにやってきたんだっけとロアが焼いたパンをもぐもぐしながら考えた。自覚はそこまでない。
別に、わたしが寝ぼけているとか、物忘れが激しいとかそういうのではない。
昨日、キューさんと一緒に帰り、ご要望があったのでこっそりパンを焼いて渡したら、満足そうに地下にこもってしまったのだ。そこからこの朝食の時間に至るまでキューさんの姿を見ていない。
「ああ、キューなら仕事に出てると思うよ。夕方には帰ってくる」
ロアが言う。
仕事? 昨日研究所を出たのに他にも仕事があったんだ。
流石に同居一日目だけあって、キューさんは知らないことだらけ。お風呂の長さとか、寝起きの顔とか、なんかそういうのとは違うけど、色々わからない。これからゆっくりわかっていこうかなと思う。プライベートとしては。
でも、仕事面ではそうもいかない気がした。
「どんな仕事をなさっているんです?」
「うーん、科学者? 先生? なんかそういう感じ」
あまり情報は増えなかった。
ただ、知っておかなくてはと思う。それは、わたしがキューさんの助手だから。
助手がどういう仕事なのかまずよくわかっていないけれど、最低限今キューさんが何をしているのかはわかっておくべきだ。その後は、炊事とか、洗濯とか、掃除とか? 助手というよりお手伝いさんみたいだ。
「で、だよ。歓迎会! やろ!」
「はい、やりましょう。いつにしましょうか?」
「今から!」
「キューさん、夕方まで帰ってこないんですよね?」
「あ、そうだった。そんじゃあねぇ……」
助手として、キューさんのスケジュール把握は完璧だった。
夕方がどのくらいかはわからないけれど、空がオレンジになったぐらいかな。
さて、歓迎会。どのくらいがベストなんだろう? 引っ越し疲れもあるから、あんまりすぐやるのもどうなんだろう。でも、あんまり遅くなると感動が薄れる気もするし、うーむ、難問だ……
「やっぱ今日だね。今日の夜、ごちそうと、あとケーキ食べる!」
そして、わたしにとっての難問の答えは大体ロアが持っている。
ニコニコ顔でカレンダーにぐりぐりと印をつけながら、今晩のメニューをあげていく。わたしはロアの楽し気な様子を見ながら、少し冷めた卵焼きをもぐもぐする。うん、おいしい。
「じゃあ、メルナは飾り付け大臣ね!」
「大臣?」
「そうそう、この部屋をなんかこう、ぱぁーっとかわいい感じに!」
ロアの瞳がいつもよりも三割増しで輝いている。熱視線が卵焼きより熱い。
でも、この瞳がわたしを頼ってくれるなら、いつもよりも頑張ろう。よし。
☆ ☆ ☆
「飾り付け飾り付け……」
大臣になってから買ってきた色紙をちょきちょき切りながら考える。
むむむ、なんだか少し地味な気もする。色紙、もう2セットぐらい必要かな。
それに、キューさんって何が好きなんだろう。パン、メカ、うーん、やっぱり知らないことばかりだ。
「やあやあ、やってますかね?」
「はい。でも、色紙が少し足りないかもです。あと、出来れば綿も……」
「い、いやぁ、十分すぎるぐらいにファンシーだよ」
そうなのかな。
少しファンシーが足りない気がするんだけど、地味じゃないかな。
もう少しお星さまがあったほうが……、ううん、ハートちゃんの方かな。ふわふわの雲ももうちょっとあったら可愛いかも。だとすると、もうちょっと紙を折ってマカロンを作ってあげたほうがいいのかもしれないし、うーん……
「メルナ全開って感じだね」
「そうでしょうか? キューさんの好きなものとか飾りたいんですけど」
「確かに、これだとメルナの歓迎会みたいだね」
「何か、知ってます? キューさんの好きなもの」
いつものように顎に手を当てて考えるロア。
にっこり笑って、そうだと答えを出す。
「アタシだね」
――えっ?
アタシ、ロア、つまり、キューさんの好きなものはロア。
そうだよね、昔からの付き合いだもん。仕方ないよね、わたしは新参者だもん。
でも、そっか、キューさんがわたしたちのところに来たと思っていたけど、それは大きな間違いだ。本当は、わたしがロアとキューさんのところに来たんだ。
だから、わたしは……
「お、お店! わたし、お店見てきますね!」
「え? お客さん誰もいないよ?」
「よく見ればいるかもしれません」
「こわいよ!」
逃げてしまう。
ロアが言ったのはそういう意味じゃない。キューさんとも仲良くしたい。
わかってる。全部わかってるはずなのに、ふとした瞬間わからなくなってしまう。それが二人にわかられてしまうのがイヤだ。幻滅されてしまうのが一番怖いんだ。
そんなことを考えるたびに、わたしがわたしを嫌いになってしまうんだ。
☆ ☆ ☆
「はぁ……」
日も沈みかけ、わたしはカウンターに寄りかかる。
飾り付けは、ロアの十分という判断であれでいこうとなったけど、わたしの気持ちはまだ万全じゃない。だめだな、これじゃ。しっかりしないと……。
「浮かない顔だね、頼むよ、ぼくの助手」
「え? わ? いらっしゃいませ!」
「おかえりといってほしいところだね」
キューさんがひょこっと顔を出す。
まずい。全然気が付かなかった。夕暮れに染まる店内、そういえばもう夕方だ。
そうか、おかえりというべきかと考えているうち、キューさんはとことこ行ってしまう。わたしは厨房に入っていくキューさんをじっと見つめていた。
「ただいま、ロア」
「おー、おかえり」
思っていたよりも早かったなと、そんな感じのアイコンタクトを送られる。
サプライズ好きなロアがこの歓迎会のことを秘密にしたいのは伝わってきた。
どうしようか悩んでいると、鋭い指摘が入る。
「そろそろ閉店だろう。ずいぶんとたくさん料理を作っているね」
「あー、うーん、えと……、そ、そう! 大食漢のお客さんが来る気がした!」
「ふむ、そうか」
思っていたよりウソが下手だったし、思っていたより信じやすかった。
でも、なんとか料理については怪しまれずに済んだ。
本当に大食漢のお客さんでも来そうなくらいの料理をじっと見つめるキューさんを尻目に、ロアがこっそりこっちに来る。
「ケーキ、大通りのお菓子屋さんにお願いしてたから取って来てくれるかな」
「は、はい、がんばります!」
「うん、お願いね。くれぐれもキューにバレないように」
こそこそと耳打ちされる。長い金髪が、わたしの耳をこしょっと撫でた。
耳から入ったロアの声がわたしの背筋を震わせる。そうだ、落ち込んでる場合じゃない。ロアはわたしにだけこの歓迎会のことを教えてくれてるんだ。二人だけの秘密なんだ。だから、頑張らないと!
「よし、じゃあ、お願いね――って、あれ? なにしてるの?」
「工具を持ってくるのを忘れた。たしか、この家にもあったはず」
ロアの視線の先、キューさんがなぜか厨房から二階へと上がっていく。
あの階段を昇れば、そこには歓迎会の飾り付けが――
「キュ、キューさんダメっ! わひゃっ!!」
止めるつもりがその場に転んでしまう。
虚しくも手を伸ばす。その先、キューさんが階段を一歩登る。
近くにいたロアがわたしに手を差し伸べようとして、迷った果てに飛び出す。
「キュー! あ、あぶなあぁい!」
ロアはパタパタと駆けだし、キューさんを後ろからガシッと抱きしめる。
……え? 何が起きてるの? わたしは一人、起き上がることも忘れてそれを見つめていた。
「な、なにをするんだ!」
「え? あー、いやー、スキンシップ、足りてないなーと思いまして」
「必要ないだろう!」
「えー、そんな連れないこと言わずにさー。もしかして、イヤ?」
「……イヤでは、ない」
キューさんの表情が徐々にほころんでいくのがわかる。
ロアも嬉しそうに頭をなでたり、ぎゅっと力を入れてみたり。
押し込めていたものが、徐々に徐々に湧き上がってきて、それで、あふれ出す。
「――っ!」
いてもたってもいられなくなり、その場から逃げる。
後ろからロアの声がしたけれど、振り返って顔を見られるのがイヤだった。
思いあがっていた。あそこにいるのはわたしだって、根拠もなく思っていた。
そんなのただの妄想だったんだ。
わたしは、ロアの何でもない――
「……ごめんなさい、ロア、キューさん」
日が沈みかけた道をとぼとぼ歩く。
行先はロアに言われたお菓子屋さん。
結局、こんな状況でもわたしはロアに言われたら身体が動いてしまう。
苦しいけど、胸が痛いけど、何かわからないこの感情を捨てて楽になれるほど、わたしは強くはない。ただ、時間をかけて道を歩く。時間が解決してくれる。今のわたしに縋れるものなんて、そのぐらいしかないのだから――
「わたしはダメで、それでイヤなやつだ……」
街の灯りが徐々に増えていき、お菓子屋さんが近づいてくる。その度にわたしの歩幅は小さくなり、足取りは重くなる。もっと遠くあってほしかった。頭の中で何度もそう唱えながら、ふと、お菓子屋さんを見る。
赤い屋根、店先に飾られた作り物のケーキ。いつか休日に出かけた時、ロアはあれをおいしそうと眺めていた。作り物だよと言ったら、物知りだねと褒めてくれた。少しだけ得意げになってたなと思う。
今はそんな豆知識を語る相手もいないから、ただ入口へと吸い込まれるように入っていく。その途中、誰かに肩を掴まれた。
その人は、息も絶え絶えで膝に手をつき、しかしこちらを見てにっこり笑う。
「ぜぇー……、はぁー……、ぎりっぎりセーフぅー……けほっ、けほ!」
「なんで?」
ロアがいた。
キューさんと一緒にいるはずのロアが、なぜかわたしの目の前にいた。
「ふぅ」と一息で呼吸のリズムを取り戻し、わたしが財布を持たずに家を出たことを指摘してくれる。確かに、手ぶらで出てきてしまったと、ようやく気付く。
「ご、ごめんなさい……」
「いいよいいよ、アタシも用事があったし。ね、行こう」
手をぎゅっと握られる。
冷たいねと言われてひやりとする。手のことだよと教えられるまで少しだけ怖かった。ロアの手は、とても暖かかった。
「ふふん、このケーキね、作りものだから食べられないんだよ」
「それ、この間わたしが……」
「あぁ、バレちゃったか。まあ、いいや。日が落ちて少し寒いね、ほら、入ろ?」
ロアの笑顔が眩しい。
嬉しい気持ちと、それから少し寒いこともあって早く店内に入りたかった。でも、わたしにそんな権利はないように思って脚が固まる。わたしは、ロアにイヤな態度をとってしまった。ロアだけじゃない。キューさんにも……
だから、せめてちゃんと謝るまでは。
「――メルナ、ごめん!」
「……え?」
言おうと決めた言葉をかけられてしまって面食らう。
なんでロアが謝るのだろう。ロアは悪くないのに、悪いのはわたしなのに……
「メルナの歓迎会、やってなかったよね」
「……はい?」
「色々あって、やってないなーって。だから怒ってたんだよね?」
「そんなことないです。わたしはロアが――」
キューさんと仲良かったから、なんて言えない。
そんな、男女の恋愛みたいなやつじゃないんだ。でも、今の気持ちって多分……なんなんだろう。ロアはわたしが働いている店のマスターで、一緒に住んでいる友達で、でも、だとしたらこんな気持ちはおかしくて……
出かかった言葉を引っ込めて、口を紡ぐ。
そんなとき、ロアは必ずわたしに声をかけてくれる。
「だから、メルナのケーキも買いに来た!」
「キューさんのじゃなくてですか?」
「そう。サプライズじゃなくて面目ないけど、その分でっかいの! これとか!」
「それ、作り物ですよ」
しかも、ウェディングケーキだよ、それ。
なんて、ロアの元気な顔を見ていると色々なことが吹っ飛んでしまう。
全力でわたしを楽しませようとしているロアを見ていると、それだけで、何で悩んでいたかなんてどうでもよくなってしまって――
「うーん、キューと一緒じゃイヤ?」
「ふふ。……いいえ。いっしょがいいです」
わたしの手をぶんぶん振りながら、お店の中に入っていくロア。
「メルナのは大きくてかわいいの」なんて、本当にウェディングケーキを注文しそうになったので、わたしの分のケーキはわたしが決めた。
帰り道、ケーキを慎重に持ちながらロアがわたしに尋ねる。
「本当にそれでよかったの?」
「はい、開けるのが楽しみです」
わたしが持っているケーキはキューさんのと同じ。
なんでなんでとロアが理由を聞いてきたから、わたしは小さな声で言ってみる。
「……ロアが選んだケーキだから」
なんて、自信なさげに言ってみる。
今なら許してもらえる気がした。今なら考えてもらえる気がした。
特別じゃなくてもいい。でも、半分こはイヤだ。なんて、やっぱり性格が悪い。
一方ロアは、そんな思いなど考えていないように「ふーん」とつぶやく。
残念だなと思う反面、少しホッとした。
帰り道、来た道よりも少しだけ短く早く感じてしまう。
きっと、来た時よりも、長くこの道を歩いていたいと思ったからだろう。
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