マスター、自称婚約者を追い払う それとおまけ
「トマトとレタスとサクランボ、ロアのおやつといつものシャンプー。工場のおじさんたちにおにぎりの宅配。ビトチさんがおかかで、カムラさんが鮭で――」
意外とメルナはかしこい娘だ。
意外となんて失礼なのだろうか。メルナにお願いした案件の半分ぐらいをもう忘れてしまっているアタシにはわからない。でも、とにかくメルナはすげーやつだ。
昨日の晩御飯も、その前の晩御飯に何を食べたかも覚えてる。掃除も家の修理もできるし、あとなんか変身する。何者なんだろう、メルナ。まあ、いいや。
「気を付けて行ってらっしゃいねー」
「はい。行ってきます――ひゃぶっ!」
メルナがかしこいのを意外だと思うのはこういうところ。
基本メルナはよく転ぶ。しっかりさんだけど、うっかりさんでもある。
自動回復がどうこうとかいう魔法が使えるらしくて、傷とかついているのを最近は見ないけど、あの白くて柔らかい肌に傷ついてしまったらと思うと、アタシは心配だ。
「ロアーっ、いーってきまーす!」
「はいはい、前向いていかないとまた転んじゃいますよーっと」
「へ? あ、あぅ……ひゃばばっ!!」
言わんこっちゃない。
店から離れても、アタシが見ていれば律義に手を振り返すもんだから、あえて気づいていないふりをして店へと戻る。少し心が痛い。一人で立ち上がれたかな。なんて、お姉ちゃんみたいなことを考えてしまう。いや、お母さんかな……?
「お母さん、ねー……」
その言葉に、アタシはあまりいい思い出がない。
普通ならその言葉を聞いてほっこりするのだろうけど、そこからズレた家庭を出たアタシは、少しだけモヤっとしてしまう。そう、この間実家に帰って思った。
このプチ家出はいつまで続くのか、なんて無意味なことを考える。
三日ほど、嫌々帰ってみたけれど、家族といるよりも一人でいる方が楽しい。
なんで貴族のお家になんて生まれちゃったのかな、なんて罰当たりだよね。
名乗れば大体の人が「へへー」と頭を下げるのは見てみたいが、その後誰も遊んでくれなくなりそうだからやんない。それに、あの家名を名乗るのはイヤだ。
「メルナ、早く帰ってこないかな」
いやいや、それはない。今日のお使いの内容的にしばらくは帰ってこない。
魔法少女とやらに変身すればすぐなんだろうけど、変身しないだろうな。
メルナといるのは楽しい。
不思議なものだ血のつながりとか、育ててもらった恩とかそういうのを含めても、アタシは家族より出会って一か月経つか経たないかの女の子の方が好きだと感じている。
好き、だとなんか違うな。友達よりは友達だと思うし、上司と部下なんて堅苦しいものでもない。従業員、居候、仕事仲間、妖精さん。うーん、どれもイマイチ。
「なんなんだろう」
最近、メルナのことを考えている時間が長くなった気がする。
でも、アタシはメルナのことをよく知らない。
☆ ☆ ☆
「寂しいもんですな」
すぐにやることがなくなり、ガラリとした店内を見回す。
お客さんがひぃ、ふぅ、みぃ。みんな大人しく本を読んだり寝ていたり、うん、めっちゃ喫茶店。でも、話しかけられる空気ではない!
メルナが来てからそこそこの繁盛を見せていた『シャルロ』も時間によっては人が少ない。だからメルナにお使いを頼んだのだけど、あれはミスだったな。
アタシが暇になるということを失念していた。
「いや、アンタ最初一人でやってましたがな」
……虚しい。もうええわ。
一人の時は何して暇つぶしてたんだっけ、そんなことを思っていると、店の扉が勢いよく開く。大きな音に身体を震わせていると、お客さんが入ってくる。
「はぁ……、はぁ……、メルナちゃん、メルナちゃんは……どこだ?」
なんだかすっごくデカい男の人が一人、サイドにやせこけた男の人二人。
ああ、メルナ目当てだな、これは。
最近はこういう人も珍しくはない。イヤだよねと思って聞いたけど、メルナは平気といってくれたし……でも、どうなんだろう?
「えと、ごめんなさいね。メルナ、今出ちゃってるんですよ」
「な……なんだとぉ! おい、お前隠してんじゃねぇだろうな!!」
「いや、隠さないって。少ししたら帰ってくると思いますけど、どうします?」
顔を真っ赤にした大男をサイド二人がなだめて何とか席に着かせる。
座った後も早く水を持ってこいと騒ぎ立てるんもんだから、フロアの仕事も大変だ。メルナさん、ありがたや。とりあえず水を運んで、他のお客さんにはパンをサービス。こんな場所に鉢合わせてしまって申し訳ない。
「メルナが帰って来るまで時間あるよね」
色々考えたけれど、メルナに合わせるのは危険だ。
今までもメルナ目的の人はいたけど、それとは一線を画すヤバさがある。
メルナだったらうまくやってくれるかもだけど、それも危険を伴う。マスターとして、友人として……? うーん、なんだろう。とにかく、諦めて帰ってもらおう。
「ごめんなさい。メルナ、少し遅くなるみたいで、しばらく帰らないかも」
「はぁ……? お前、それでも店員かぁ? ……ひゅー、客のボクが会いたいって言ってんだから、とっとと連れて来いよ!」
「い、いえその、メルナも他の仕事がございますので。……ごめんなさい」
「話にならないな。こんなチャラついた店、わざわざ来てやったのに、客の言うことも聞けないんだ! いいか、ボクはバンタ、次期村長なんだぞ!!」
どこの村のだよ。思ったけど言わない。
しかし、めんどくさいけどめんどくさいタイプではないみたいだ。
こういうのは、火を付ければ後は勝手に怒り散らかして帰っていく。
他のお客さんにはご迷惑だけど、……あとで平謝りしよう。
「どうします、バンタさん?」
「うるせぇ、お前年下なんだから気安く話しかけんな! わかったよ、待つよ」
「えぇ!?」
椅子を投げ飛ばして、床にドスンと座る。
サイド二人も困った様子だけど、最後には大男に従い座る。
おいおい待ってよ。こんな不気味なオブジェいらないぞ……
多少手荒だけど、ここは腹をくくるしかないかもしれない。
「あの、他のお客様のご迷惑になりますので、おかえりください」
「どこが迷惑だってんだよ! おい、そこのチャラ付いた女、ボクは迷惑か!?」
言いよどむ女性客。得意げにする大男。
そういうところだよ、って言っていいのかな。考えてると追い打ちを食らう。
「見ればお前もチャラ付いてるな。なんだその派手な髪留め。よくそんなの付けて接客しようと思ったな。身だしなみぐらいちゃんとしろよ。どうなってんだよ!」
「……っ! お客様――」
「大体な、メルナちゃんはボクの婚約者なんだよ! 部外者が口を出すなぁ!」
「こっ、……婚約者!?」
ウソでしょ……
しかし、ここまで真面目だったサイド二人が顔を見合わせたことで冗談でないとわかる。あのメルナに婚約者、しかもこの人? そんなことってある?
色々な感情が渦巻いて、わたしの心臓をきゅうきゅうと内側から押す。
婚約者、この人は婚約者。だったらアタシは――
「部外者が口出してんじゃないよ、まったく……ひゅー、水! 早く!」
――部外者なのかな?
そうだ。いくら一緒に住んでいるとはいえ、婚約者を引き裂いていいのか。
ダメに決まっている。婚約には色々絡む。家族、仕事、政治。
アタシはこの大男が嫌いだ。メルナを合わせるのは危険だと思う。
しかし、アタシの一存で、メルナの大事なものまで傷つけてもいいのだろうか。
答えはノーだ。
だって、アタシはメルナの……、メルナの――
「はぁあ。メルナちゃんも馬鹿だよな。こんなクソみてぇな店で働くなんてな。ボクと結婚したら村長夫人だから金に困らないのにね」
「…………」
「迷惑な女だ。帰ったら逃げないように閉じ込めておこう。あぁ、楽しみだな。いっぱいチューしたいなぁ。それと……グへへへ」
「……」
「おい、早くしろよ部外者! ここに! メルナちゃんを! 連れてくんの!」
――部外者ってのも、しっくりこない。
ああ、考えれば考えるほどわからない。アタシはメルナみたいに賢くない。
関係性を示す単語をいくつも脳に思い浮かべ、どれも違うと蹴飛ばしていく。
思考を辞める。湧き上がる感情に身を委ね、身体を動かす。
うん、アタシっぽい!
「アンタなんかにメルナは渡さない。帰れ」
風魔法と王宮格闘術を組み合わせた。なんか名前は忘れたけどそういう蹴り。
昔イヤイヤ練習させられてから使ってなかったけど、今でも脚は上がるもんだ。
当てなかった。流石に大人げないし、他のお客様もいる。
あと、今日はスカートだ。
しかし、驚いたように目を回していた大男もすぐに威勢を取り戻す。
「な、なんだってんだ! こっちはお客様だぞ! こ、婚約者だぞ! お、お前はメルナちゃんの何だってんだ!」
「アタシ? アタシは――」
さっき考えた中に答えは出てこない。
どれも足りないし、どれも行き過ぎる。
だから、アタシが思いついた言葉を無理やり正解とした。
「メルナの『すっげー仲良し』だっ!!」
顔を真っ赤にした大男が身を乗り出すので、今度は払うように脚を動かす。
風の刃が男の太い指を掠めて、瞬時に泣きそうな顔を浮かべる。
サイドの男たちが慌てて手当をする中、大男はぶるぶると顎肉を震わせる。
「お……、お前、名前を名乗れ! ボ、ボクはハイーダ村のバンタだぞ! 村長のオヤジに頼んで、お前の家ごと滅茶苦茶にしてやる!!」
どうしようか、悩んだ末に名前を名乗る。
このくぐもった声に、メルナと同じように『ロア』なんて呼ばれたくないから、名乗るのは家名の方。聞きたいのはそっちだろうし、これでいいだろう。
「そ、それって……」
「じ、次期村長、ま、まずいです!」
流石だなと思う。
この名前を名乗るのはイヤだけど、こういう時には役に立つ。
たまには実家に帰ってみるもんだね、ほんと。
ハイーダさんという家名は聞いたことないけど、滅茶苦茶にしてくれるのなら頑張っていただきたい。そしたらメルナから伝言ぐらいは貰っておいてあげよう。
……無理だろうけど。
「メ、……メルナちゃんは諦めないからな! ボ、ボクと結婚するんだ!」
転がるように帰っていく大男たち。
目をぱちくりとさせるお客様方、ああ、サービス券配るか、これは。
「みなさま、お騒がせして申し訳ございませんでした!」
深々と頭を下げる。
アタシもちょっと派手にやりすぎてしまった。反省反省。
この人たちには怒られても仕方ないと思ったけど、返ってくるのは別の言葉。
「いやー、ワタシもすっきりしたよ。ありがとう、マスター」
「あんなのにメルナちゃんを渡しちゃだめだよ?」
「ほんと、迷惑だった。マスター、ありがとう。それと、パン追加お願い」
いい人たちだ。
こんな人たちに囲まれて、メルナには幸せに仕事をしてほしいな。
そしたら、もっとあのかわいい笑顔を見せてくれるようになるかもしれない。
アタシの『すっげー仲良し』のメルナか……
「ふふっ」
☆ ☆ ☆ お ま け ☆ ☆ ☆
「ロア、今日はなんだか楽しそうですね?」
「えー。メルナがアタシのお気に入りのおやつを覚えていてくれたからかなー」
夜の厨房、メルナが片づけを手伝ってくれるというから、二人でお仕事。
どちらかといえばイヤなことがあったのだけど、メルナにはアタシが楽しそうに見えるらしい。まあ、いいこともあったし、当然か。
「んー……」
しかし、気になってしまう。
あの大男、本当にメルナの婚約者だったのだろうか。
ウソではないと思うんだけど、どうにも信じられないんだよなー。
かといって、婚約者いるの? なんて失礼だし、なんと聞いたものか……
「どうしました?」
「そうねぇ……」
疑問を浮かべるとき、メルナは首を傾げる。はてなマークが見えるようだ。
こんな妖精さんみたいな子に、婚約者がいるとも考えられない。
あー、だめだ。気になる。でも、聞けない。
うーん。ひとまず前段階で聞いてみようか。
「ねぇ、メルナって好きな人とかいる?」
「ほぇ?」
目を真ん丸にして数秒、アタシをじっと見つめたまま顔が赤くなっていく。
恥ずかしがるようにもじもじ、意味もないのに前髪をくしくしやって目を隠す。
なぜかアタシちらちら見つつ、たまに違う違うと首を振る。
感想、なんだこの生き物。
「えと……、その……、いない……です」
「えぇ!? そんな乙女ムーブかましといて!?」
「――っ!? ロ、ロアにだけは教えません! おやすみなさい!」
パタパタと階段を駆け上がっていく。
音的に二回転んだ。大丈夫かな。ケガしてないといいんだけど……
というか、なんなんだあの反応は。
アタシには教えられないってなんだ。知り合い? え、もしかしてキュー?
いやいやそれはあり得ない。ならお客さんの誰か? いやいやない。
何なんだよあの娘は、『すっげー仲良し』なのに全くわからんぞ!
「どっちなんだよぉーっ!?」
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