魔法少女、留守番をやり遂げる
「変身! マジカルトランス・グローインアップ!」
変身の呪文はいつからか唱えなくなっていた。
名乗りのポーズも、憧れのドレスも、いつからか恥ずかしいと思っていた。
年齢の問題なのか、現実を知ったからか、わからない。
とにかく、わたしは自分から魔法少女というものを遠ざけていたんだと思う。
自分を愛さなくなっていたのだと思う。
「魔法少女トゥインクル☆ハート! 参上! 可愛すぎにご注意だよ!」
恥ずかしい。セリフにわたしが追い付いていない。こんなのぶりっ子だ。
それは変わらない。
でも、村にいた頃とは違う。
わたしはこれが好きだと、心から認めている。
それは、この街で出会ったロアが、わたしを認めてくれたから――
「わー! きらきらのおねえちゃんだ!」
「えっへへ、これから、トゥインクル☆ハートがパンを焼くよっ!」
「ほんとにー?」
パンの材料をカウンターに置き、わたしはくるくるとポーズを決める。
絵本の中の魔法少女、わたしが憧れた魔法少女を思い出しながら、『かわいい』を演じる。わたしはメルナであって、メルナではない。
人々の笑顔を守る、魔法少女のトゥインクル☆ハートなんだ。
「実演販売なんて、やってたかしら?」
「今日は特別です! それじゃ、始めますよ!」
「いくよ、メルナ」
キューさんが材料を宙へと放る。
わたしが手をかざすとそれらは宙に浮き、輝きながら混ざっていく。
プリティーハンドと名付けたこのグローブには、ありったけの魔法が織り込まれている。身体能力向上、念動力放出、魔力強化、魔力吸収、その他もろもろ。本で読んで覚えた魔法は大体この手に編み込まれている。
このコスチュームを手に入れた時のわたしはそのくらい嬉しかったんだ。
「こんなこと……できるの?」
「わーっ! 光ってる! おねえちゃんすごい!」
「えへっ、まだまだ行くよ!」
フロアに出ると、宙に浮かせたパン生地をくるくると回す。
わたしの魔法できらきらと輝く生地は虹色の粒子を放ちながら伸びたり、縮んだり、丸まったり。もちろんわたしも合わせて舞う。ぎこちないステップで、しかし、昔練習した魔法少女のように、跳んで、回って、そして笑う。
「おお、なんだかすごいことやってるぞ」
「大道芸人でも呼んだのか。それにしてもかわいい嬢ちゃんだ」
外から人が集まってくる。
一人、二人と増えていき、あっという間に列ができる。
その全員の視線がわたしに向き、わたしの姿を瞳に映す。
なんだか今のわたし、すごく魔法少女っぽいかもしれない!
「――うぐっ!」
来た。あの感覚だ。
視界が揺れて、魔力のコントロールにブレが生じる。
しかし、生地を落とすわけにはいかない。ここで失敗は許されない。
集中すれば集中するほど、今度はわたしの身体の方が――
「わひゃ……、あれ?」
「集中するんだ。イメージを強く持って」
「キューさん、ありがとうございます!」
「いいから早く」
転びそうだったわたしをキューさんが支えてくれる。
最後まで助けられっぱなしだと思いながらも、今はそうじゃない。
頷いて、イメージを強めていく。
様々な魔術の術式を組み合わせ、それを一つにし、湧いてくる力に乗せる。
狂いそうな手元を感覚だけで正しながら、頭では別の魔法を構築する。
まるで、両手で別の絵を描くような感覚。自分が二つに割れてしまいそうだ。
「あぐっ……!」
「どうした?」
「や、やばい……かもです!」
先に集中が切れたのは手元。
魔法のイメージが固まれば固まるほど、コントロールにブレが生じる。
そしてついに、宙に浮いた生地が落ちそうになり、瞬時に集中を頭から手に。
瞬間、脳内に出来上がりかけていた魔法のイメージが砂のように崩れていく。
魂を注いで作ったイメージも、崩れるのは一瞬。
気づいた時には、頭の中が真っ白になる。
もうダメだ。もともとダメだったんだ。わたしなんかじゃ……
それでも――
「おねえちゃーん! がんばってー!」
「嬢ちゃん、すげーぞ!」
「トゥインクル☆ハートさまー! かわいーっ!」
――人々の応援と期待に応えるのが魔法少女だ。
やるしかない。わたしがダメでも、トゥインクル☆ハートなら出来るはずだ!
「トゥインクル☆ハートにお任せだよっ!」
靄のかかったイメージを取り払う。
一から創造しろ。きっと、もっとシンプルでいいはずだ。
理屈なんて関係ない。単純に、こうあればいいななんて想いを魔法にするんだ。
例えば今なら手がほしい。
もう一本、いやもっと、あり余るくらいで、そしてかわいらしい――
「できた! シャイニー・リボンボン!!」
ギリギリだった魔法が解除され、パン生地が落下する。
それを支えたのは、衣装の背中についた巨大リボン。
虹色の配色もあってオーロラのように広がったリボンはわたしの意思通り、手足のように動いて、パン生地を包む。
「それが、……新しい魔法?」
「はい。最初に考えちゃったのは忘れてしまいましたので」
「今考えたというのか?」
「そうなりますね。あ、でも、大丈夫ですよ。発酵、忘れてませんので!」
どこまでも広がっていくリボンで生地を何重にも巻く。
これで生地は密閉されたはず。
リボンは魔法少女衣装の一部。魔力を集中させれば、エネルギーを送り込める。
「わたしの想い、たくさん込めるね!」
リボンから感覚が伝わってくる。
魔力を送れば送るほど膨らんで、そして元気になっていくのがわかる。
どのくらい膨らめばいいのかわからない。だから、わたしは魔法で視る。
「クリットアイ!」
瞳に託す。ベストなタイミングを見極める。
昨日作ったばかりの魔法だけど、きっとこれで正解がわかるはず。
リボンの中、膨らんだ生地がハートに包まれ、同時にわたしはリボンを解く。
「それっ! パンのお花が咲きました! みんな、応援ありがとう!」
星とハートのきらきらエフェクトと共に飛び出た生地に拍手喝采。
魔力を薄めた刃でそれをいくつかに分け、再びリボンで包んで後は焼くだけ。
リボンを伝って熱へと変換した魔力を送り込む。
クリットアイで焼き加減を見計らい。丁度いいタイミングで再び開く。
「わぁっ! 今度は花火!」
「すっご! どうやってるの?」
「いいぞ、嬢ちゃん!!」
咲いた花火に観客が湧き、出来上がったパンを魔法でお皿に盛りつける。
色々あったけど、何とか見た目はそれっぽい。
わたし、やれた……のかな?
「はむっ……んぐ、んぐ」
魔法少女ショーに夢中のお客さんたちの中、キューさんが一つパンをつまむ。
もぐもぐとリスのように頬張って、しばらくして飲み込む。
わたしだけに聞こえる距離で感想を教えてくれる。
「あまい。ロアの味じゃない」
「え、えぇっ……!?」
「メルナの味だ。よく、がんばったね」
「……っ! あ、ありがとうございましゅっ!!」
キューさんはパンを二つ皿に分けると、待っていてくれた親子の元へと運ぶ。
二人がありがとうとお礼を言ってくれて、それと同時に集まっていたお客さんが湧きたつ。ほっとした安堵感。キューさんがグッと親指を立てる。緊張がため息となって口から出て行く。それと同時に……
「――って。わたし、こんな大勢の前でなんてことを!」
魔法少女モードがぷつんと切れる。
なり切ろうとするあまり、いつもよりひどいことを言ってしまっていた気がする。ああ、お客さんに敬語も使わず、わたしはやっぱり、わたしはやっぱり……
「かわいかったよ。トゥインクル☆ハート」
「なななな!? もうダメです。今日はお店を閉めます。わたし帰ります……」
「そうも言ってられないと思うけど?」
キューさんにつんつんと脇腹をつつかれる。
目の前には行列、満員御礼を超えた満員御礼。そしてみんなわたしを見ている。
作ったパンは飛ぶように売れ、お客さんが期待するものはわたしにもわかった。
「材料は用意しておいた。あと二十回は出来ると思う」
「に、にじゅ!?」
「ぼくも見ていたいけど、用事があってね。任せたよ、トゥインクル☆ハート」
「え、任せるってそんな!? え? えぇっ!?」
ちゃっかりパンを一つ咥えると、お金を置いて帰っていってしまう。
ウソでしょ。あと二十回も、生き恥をこの人数に……?
材料とすり減っていくわたしの心、先になくなるのはどちらだろう。
トゥインクル☆ハートのパン作りショーは、この後二十回公演されたとか。
☆ ☆ ☆
「あ、あの、握手してください。あと、シュカちゃんって呼んでください!」
「シュカちゃん、ありがとっ! また来てねっ!」
「わ、わぁっ! 手もちっちゃい! かわいい! ありがとうございます!」
嬉しそうに去っていく女の子。わたしと同じくらいの年齢だろうか。
夕方、最後のお客さんが帰ったところで、わたしはようやく解放される。
ぶりっ子笑顔に固まった笑顔をプリティーハンドでもみほぐして一息。
流石に材料が尽きたので、今日はもう閉店だ。許されるでしょう。許して。
「は、ははは……、もう帰りたい……」
わたしはここに住んでいる。でも違う。帰るというのは精神的なこと。
もう何もしなくてよくなった状態、それこそが帰ったという状態なんだ。
なんて、どうでもいい持論を胸に、変身を解いてテーブルに顔を伏せる。
ああ、今、わたし帰っている。
「あの、まだお店やってる時間だと思ったんですが……」
「へっ!? あ! いえ、きょ、今日はわたし、じゃなくて材料が……あれ?」
「なーんてね。よっ、メルナ。儲かってまっかー?」
「ロア!」
夕暮れを背に、懐かしいとすら感じられる笑顔。
へらへらと笑いながら、わたしの隣に腰を降ろす。
たった三日間なのに、相変わらずきれいだななんて思いながらその横顔を見ていると、ロアが顔をくしゃりとして、手のひらをわたしの頭に乗せた。
ああ、いつもの感覚だ。
「お店閉めちゃったの?」
「はい、その、材料がなくなってしまって。ごめんなさい」
「ああ、いいのいいの。ってか、売り切れ? マジ?」
頷いてから、どう話そうか言葉を選ぶ。
ロアは、手をわたしに乗せたまま驚いたように目を見開いて、しかしすぐに愛おしそうに微笑んだり、それをごまかすように笑ったり。どれも懐かしいななんて考えているうちに、わたしは会話を続けることを忘れていた。
「がんばったじゃん。えらいね、メルナ」
「……っ!」
色々な感情がこみあげてくる。
泣いちゃだめだと抑え込んできたいたものが、ロアの言葉であふれ出し、それを止めようとすればするほど、勢いをもってわたしの目から流れていく。
寂しかったとか、辛かったとか、色々あった三日間だったけれど、今はとにかくよかったと、そう思える。
「ど、どったのメルナ!?」
「い、いえ……ぐすっ! な、なんでもありません……えぐっ!」
「そ、そっかぁ……。あはは、なんかこの感覚も懐かしいね、メルナって感じだ」
多分、わたしを一番褒めてくれるのはロアだろう。
褒められ慣れていないわたし、王都に来て色々代わって、少しは慣れたけれど、一番褒めてくれるロアの言葉だけは、まだ慣れるのに時間がかかりそうだ。
ゆっくり。それまで一緒にいてくれることを、わたしはずっと願っている。
「あ、ああ、そうそう。頑張ったメルナにスペシャルなお土産がありまっす」
「お……、おみやげですか……、ぐすっ?」
「そうですそうです。ほら、顔拭いて。めっちゃいいものだからさ?」
ロアの手が頭から離れる。少しもったいないなと思ったけど言わない。
また褒めてもらえるようにがんばろう。
お土産はパンだった。ホカホカしてて、ちょっと甘いパン。
「どう?」
「……おいしいです」
「アタシもそう思う。半分ちょ―だい。出来れば大きい方」
「えへへ、わたしへのお土産じゃないんですか」
「いいんだよー。食べてほしかったし、わたしも食べたいんだよぅ!」
変なお土産だ。
こんな甘いパン、どこで買ったんだろう。
見たことある気もするけど、うーん。
それにしても甘いパンだ。でも、どことなく、がんばった味がする。
「意外と、自分では気付かないことって多いよね」
「ほぇ? なんのことです?」
「いやー、なんでないよ。口にパンが付いてるってだけ」
「……! ほ、ほんとだ」
わたしとロアの日常が、またゆっくりとはじまっていく。
☆ ☆ ☆ おまけ ☆ ☆ ☆
「ん? この封筒なに? アタシ宛?」
「ああ、キューさんからです」
「キュー、来たんだね。仲良くなれた?」
「はい、それなりに……多分」
「そうかそうか、よかったよかった。で、これは?」
ロアが帰ってきた日の夜。
そういえばそんなものも預かっていたなと封筒のことを思いだす。
わざわざ封筒で置いていくなんて、よっぽど大事なものなのかな?
「えっ!? えぇっ!? メ、メルナちゃん、随分と仲良くなられたのですな」
「んぇ? そうですかねー? なにが入っていたんですか?」
「お宝が数枚」
ロアが紙をこちらに向ける。
夜空、ピンクのフリフリドレスの少女がうさ耳を付けて笑顔でぴょんぴょん。
どことなく見覚えがある。というか、わたしじゃないかな。
昨日の、封印した記憶が切り取られたようにあの紙に――
「か、返してください! 捨ててくださぁい!!」
「やだよー。こんなにかわいいのに。えへへ、部屋に飾ろっと」
「んにゃぁぁあぁ!!」
「にゃあじゃないでしょ。ほら、こんな感じで『ぴょーん』って。やってみて?」
「ぜ、絶対にやりませんからぁっ!!」
余分に食べたパンのお代は、思っていたよりも高くついてしまった。
キューさん、なんてことを……
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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お留守番編完結!
明日はプチですがざまぁ回の予定です
おかげさまで毎日頑張れています。
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