魔法少女、留守番に苦戦する
お留守番二日目、この日はあっという間に過ぎていった。
ダメダメなのは変わりない。料理をこぼすことはなかったけれど、転んでしまったし、間違えてしまったし、心配されてしまったし、閉店間際の空いた時間、どうしてもそれらを思い出してはため息を吐いてしまう。
もっともっと頑張らなきゃ。そうは思うが、どうしても空回りしてしまう。
「おや、元気がないね。食べるかい?」
「いえ、今日はまだお客さんがいるので……」
「そうかい、残念。昨日はあんなに食べていたのに」
「その節は、なんというか、すみませんでした」
「構わないよ。キミと仲良くなれた気がするしね」
昨日と同じ位置に座るキューさん、ロアにも言わないでおくと約束してくれる。
わたしは昨日、キューさんの前で号泣してしまった。お客さんの前で、大きな声でわんわん泣くという醜態を晒してしまったのだ。幸いにもこの事実はキューさんしか知らないけれど、時たま思い出しては自己嫌悪に苛まれていた。
お客さん、自分より小さな女の子に……、うう。
「それより変身、覚えているよね」
「は、はい……」
「よろしい。さあ、どうぞ」
紙とペンをテーブルに広げる。この娘、メモを取る気だ!
時間は昨日と変わらない閉店間近、しかし店内にはキューさんの他にまだ一人お客さんがパンを食べていた。女性客とキューさんをそれぞれ二回ずつ見た後、そっとしゃがんでキューさんに告げる。
「お客さんいなくなってからでいいですか?」
「うむ。約束だ」
なんだかいけない相談みたいでイヤだ。
女性客もこっちを見てゆっくりと首を傾げている。謝っておこうと頭をぶんぶん振っていると、キューさんから「よしたまえ」と止められる。今日の黒歴史がまた一つ増えてしまった瞬間である。
「美味しかったわ。また来るわね」
「はい、お待ちしています。ありがとうございました」
最後のお客さんのお会計を済ませて、閉店の看板を外にかける。そわそわしながらわたしの周りをうろつくキューさんのことを不思議そうに見ていたけど、特に何か言われることはなかった。だから、そんなに期待されるとやりづらいって……
「さあ早く、今すぐ、早急に変身を!」
「わ、わかりまし――」
「きゃぁっ!」
仕方ないと納得したところで外から悲鳴が聞こえた。
何事かと戸を開けてみると、そこにはさっきのお客さんが尻もちをついていた。手を貸し、立ち上がったお客さんに大丈夫かと尋ねると、彼女は震えた声で夜の商店街の方を指さす。
「ひ、ひったくりが……! カバンを盗られて!」
「わ、わかりました! キューさん、ごめんなさい!」
道の向こうへと走っていく人影を追いかける。
キューさんとの約束はあったけれど今はそれどころじゃない。魔法少女として困っている人を見過ごせない。それ以上に、ロアの店に来たお客さんに悲しい顔で帰ってほしくはない。
「はっ……、はっ……、待ってください!」
幸いにも、ロアと出会った日のような大きな通りではない。この時間は人が少ないであろう工場の方へと逃げていくひったくり犯。それに、わたしもここら辺ならそこそこの土地勘が付いている。
だから――
「ど、どこ……。はぁ、はぁ……」
――捕まえられると思っていたが、甘かったようだ。
工場地帯についいて、土地勘と呼べるものは当然ない。夜ともなればなおさら。入り組んでいて、なおかつ灯りのない道へと来たわたしはすぐに影を見逃してしまう。
「やられてしまったね」
「キュ、……キューさん、どうしてここに……?」
「メルナを追いかけてきた」
そう言いながら、何かの機械のようなブーツのスイッチを押す。
ちらりと見えた男の風貌から、逃げる方向を予想して追ってきたそうだ。靴跡、服装、推定年齢、性別などから工場で働いている人間だと辺りを付け、一番地の利が取れるここへ逃げると思った、とのこと。少し感心。
「あ、でも、お店は」
「被害者女性見てもらっている。おそらく常連だ。大丈夫」
「常連さん、でしたっけ……?」
「ぼくが見るのは初めてだけど、パンを食べていただろう」
「……確かに」
「頼むか? 『美味しかったわ』とか言うか?」
「むぅ。キューさんがそれを言いますか」
やはりどうあれロアのパンをそう言われるのは釈然としない。
でも、昨日と違ってそこまでムッとすることもなかった。
「穴のある推論だけど、あのパンを美味しいという人間に悪いやつはいない」
「それは、そうだと思います」
キューさんという人物を昨日よりは知っていたからである。
しかし、店の安全がわかっても、結局ひったくり犯は……
「では、追いかけてみようか」
「何かあるんですか?」
「そうだね、これなんかどうだい?」
大きなリュックサックから取り出したのはうさ耳カチューシャ。「へ?」と気の抜けた声が出てしまった。それを見て得意げなキューさんは、わたしの頭にうさ耳を装着。どうしよう。ひったくり犯を捕まえられるか心配になってきた。
「ロアから聞いていたけど、うん。キミは恵まれた美貌の持ち主だ」
「そ、そういうのいいです! イヤですよこんなの!」
「そうかね。こう、『ぴょんぴょん』とやってみてくれないか。かわいいと思う」
「絶対やりません」
変身といい、ロアはこの娘にわたしの何を伝えているのだろうか。
何にしてもこの耳は恥ずかしい。『ぴょんぴょん』なんてポーズ、取ってしまったら恥ずか死してしまう。大体、十六にもなって動物の耳って……
「これ、取っていいです?」
「ダメだ。今、集音が終わる」
「え? わ、わわっ!」
カチューシャについた耳当てから、誰かが足音のようなものが聞こえてくる。
もしかしてこれは……
「一定の範囲内の音を拾うことができる。こんな時間にマラソン大会でもなければ、おそらくそれはあの男の足音だろう」
「す……すごい」
「大通りの方か。行こう」
音のする方角がわかると、ブーツのスイッチを押す。
キュィィンという謎の音と共にブーツが光り、そして氷の上にいるようにまっすぐに滑っていく。何とか走って追いつくけど、うさ耳といいブーツといい、いったい何? というか、キューさんは何者なんだろう。
「いったいどんな魔法ですか?」
「魔法じゃない。科学だよ。一応、ぼくは科学者の端くれだ」
このブーツも耳もキューさんが作ったらしい。
こんな非常識なこと、魔法以外で出来るはずがないと思っていたので素直に感心する。やっぱりロアの知り合いなだけあってすごい人なんだな。
わたしも、ロアの知り合いなんだけどな……
「足音、大きくなってきています」
「方向は?」
「えっと、右です」
「右……まずいな」
「え?」
悔しそうな顔をするキューさん、その答えはすぐにわかった。
足音に近づいたのではない。足音が増えたのだ。たどり着いた先、広がっていたのは大通り。人々の雑踏、喧騒が入り乱れた都会特有の音がする。
走っている音なんて多すぎて頭がおかしくなりそうだ。
それを察したキューさんに言われて、わたしはウサギの耳を取り外す。
「今日は引き上げるしかないか……」
「そんな」
「なに。まだ犯人を追う方法はある。ただ、今日は準備が足りなかった」
キューさんが肩を落とす。
どことなく、ロアと出会った日に似ている。あの日もこうして盗まれた財布を追いかけていた。前回は取り返しはしなかったものの犯人は見つけられた。しかし、あれはロアがいたからこそ。
それにあの時とは違う。わたしは犯人の顔もまともに見ていない。
一人きりの今、わたしはあの日のように動けるのだろうか。
自信がない。接客すらまともにできないんだ。泥棒を追いかけるなんて、そんな……
「諦めたくないのなら、ぼくも付き合う」
「でも、どうすればいいのか、わからなくて……」
「ロアもそうだったと思う。でも、彼女は常に行動し続けた」
キューさんがわたしの手を握ってくれる。
どことなく、その姿がロアと重なったような気がした。
つないだ手、いつかロアにもらったブレスレットが揺れる。
「ロアと出会って、何も見ていなかったわけではないだろう?」
キューさんの瞳に映るわたしの顔。
自信がなくて、頼りなくて、何もできないわたしの顔。
わたしは今だ自分が信じられない。長年出来なかったことは、環境が変わってもすぐにできるようにはならない。すぐ転ぶし、ミスはするし、励まされれば泣きそうになる。
でも、と前髪を触る。ハートの髪飾りを撫でて拳を握る。
わたしは何もできなくても、わたしはロアからたくさんのものをもらっている。
だから、あのころと変わっていないなんてことは、絶対にない。
「変身!!」
「パンを上げた甲斐はあったみたいだね。いいだろう。どうする?」
「わかりません」
わからない。的確な答えはわたしには出せない。
しかし、ロアと過ごした記憶ならある。
あの日、空からの捜索をきっかけにわたしとロアは出会った。わたしはあの日の延長にいる。だから、きっと今日もそれでうまくいくはず。
「何の根拠もない案だ。いいよ。それで店を作った知り合いが一人いる」
「わたしもです」
キューさんの手を握り、空へと舞い上がる。
あの日のように、高く、遠くへ――
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お留守番編第二話です。
明日以降も見守っていただけると幸いです!
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