魔法少女、留守番を任される
「アタシ、明日から三日間いないんだけど、大丈夫かな?」
巣立ちの日はいつかやってくる。
田舎を半ば強引に抜け出してここに来たのが巣立ちだとすると、今日やってきたこれは何なのか。わからないけれど、わたしには長年過ごしたハイーダの村を出るより、ロアの一言の方がよっぽど足元がぐらつく感覚がした。
……いない? なんで? 本当に三日で帰ってくるよね……?
「えっと、何で、ですか?」
「うーん、ちょっとね」
「そう、……ですか」
まただ、と思う。
少し前から、ロアはわたしの知らない顔をする。いつかの休日に見たものとは違う。物憂げというよりは憂鬱に近いような顔。何か嫌な用事なのかもしれない。でも、わたしを心配にさせまいと、笑おうと頑張っている。それを見ると、とても深入りはできなかった。
ちょっとした疎外感を噛みしめながら、ロアを心配させまいと無理やり笑う。多分、今のロアみたいな顔をしていると思う。お揃いだけど、嬉しくない。
「わかりました」
「ごめんね、急で。大丈夫、三日だけだから」
「……はい」
「それでさ、お店なんだけど、料理は三日分用意するからお留守番できる?」
「えっ?」
作り置きできるメニューは作りおいて、わたしがそれを温めて出す、とのこと。作り置きできないメニューに関しては三日の間はお休み。それでも、十分なくらいのメニューが残っていることに、少しだけ時間の流れを感じる。増えたな、メニュー。
温めるくらいならできる。元々料理がそこまで上手くないというわけでもないと思う。焦げないように何かを炒めたり、魚を焼いたりするのはどちらかというと得意。焼くことしかできないけど……
「大丈夫でしょうか?」
「うーん。でもなー……あんまし店閉めるのはなー。でもなー」
そこまで難しいことを要求されていない。
頭ではそのことを理解しているつもり。でも、ロアがいないということにかなりの不安を感じてしまう。たった三日。それでも、王都に来てからは一日としてロアと離れたことなんてなかった。
でも、ロアはこうしてわたしを信じてくれている。期待に応えるのが魔法少女の仕事……というわけでもないけど、すごく自信はないけど、今すぐにでもベッドに飛び込んで弱音を吐き続けたいけど、ロアに心配や迷惑をかけてはいけないんだ!
「わたし、できる! ます! 頑張る! ましゅ!」
「あ、あはは、噛んじゃってかわいい。でも、大丈夫かな……。ま、いいや、よろしくね」
ガシッと手を握って宣言。
しかしすぐに後悔。ああ、言っちゃった。
かくして、わたしの長い長いお留守番が幕を開けることとなる。
星 星 星
「うぅ……、がんばれわたし。がんばれわたし……」
一人で掃除をする店内は思っていたよりも広かった。
ロアがいない寂しさを紛らわすにはちょうどよかったけれど、誰もいない厨房を背にして立つのは心細い。何倍にも広く感じるフロアをぼーっと見つめながら、時たまお客さんが来ては救われたような気持ちになる。
村ではずっと一人で生きてきたけど、この短い間で寂しがりやになってしまったのかな。
「なんて、ネガティブになっちゃダメだ! ロアのためにも、三日間乗り切るんだ!」
「おお、メルナちゃん。今日も元気でやってるね」
「はい、わたし、がんばりますので!」
「頼もしいウェイトレスさんだね。あれ、今日はマスターさんは?」
「……お、お留守です。わたし、一人です……」
「そ、そっか」
よく来てくれるお客さんに心配されてしまう。
紳士風のおじさん。ちょび髭がオシャレ。前にボルダリングのチケットをくれたのもこのひとだ。定位置が空いていることを確認すると、「いいかな」とわたしに聞いて腰掛ける。
「えっと、香草焼き一皿」
「あ、は、はい! 香草焼きですね!」
「メルナちゃん、今日元気だね……」
こんなんじゃダメだ、わたし。わたしがしっかりしないとダメなんだ。ロアが帰ってきた時に褒めてもらえるように、やるべきことをするんだ。ロアが任せてくれたんだからできるはず。例え、一人ぼっちでも。ぼっちでも……
「こんな感じかな……」
ロアが下味をつけてくれた鶏肉を焼く。おっかなびっくりだったけど、ロアが注文を受けてから焼き上げるまでの時間を考えると、ちょうどお腹を空かせる香りがしてきた頃合いが一緒だった。盛り合わせの野菜と一緒に皿に乗せて、あとはいつも通り運ぶ。
つい、笑みが溢れる。一人でもできた。
今までも何度か料理をしてきたけれど、一番嬉しい瞬間だった。とっておいて、ロアに見せたい気持ちもあったけど、ぐっと我慢。早く持っていって、次のお客さんの対応をしないと……。
時間的にもお客さんがどんどん入ってきて、満席に近い状況だ。
急がないと!
トレイを両手で持ってせかせか動く。大丈夫、一人でもできるはーー
「わ、わわわっ!!」
危ない。思った時には地面に顔をつけていた。
自信作の香草焼きが床に落ちて、ダメになり、店内のお客さんも一斉にこちらを向く。
いけない。こんな時まずはどうして。店の掃除を、その前に注文したお客さんにごめんなさい。服を汚してしまったお客さんがいたらどうしよう……
「おねーちゃん、だいじょーぶ?」
「怪我してないかい? ほら、立って。おばちゃんが掃除してあげる」
「私は平気だよ。ゆっくりでいいからね」
「う……、うぐっ……。ごめ、ごめんなさい……」
こういう時、優しくされるのにはまだ慣れていない。
みんなわたしを気遣って、お客さんなのに色々してくれる。きっと、ロアがいたらこんな時でも冗談を言ったりして場を和ませてくれるんだろうな。思えば思うほど、自分の不甲斐なさが嫌になって、最終的にはお客さんに宥められるという最悪の結果となってしまう。
泣くのを我慢することで精一杯で、とても接客をする余裕なんてなくて……
わたし、やっぱダメだ。
☆ ☆ ☆
日は沈み、気分も沈み、散々な一日もそろそろ終わろうとしていた。
オーダーミス三回、ぶちまけ二回、お店で転んだ回数は覚えていない。回数だけ見ると実は普段と変わらない。しかし、いつもよりもどっと疲れた。きっと、ロアが冗談を言ってそれを緩和してくれていたんだと思い知る。
お客さんたちは優しいけど、それ故に心から心配してくれるからわたしも思い悩んでしまうところがある。冗談でラッピングされていない善意を受け取るのを、わたしは得意としていない。
「やっているかな?」
お客さんが来る。時間的に今日はこの人が最後だなと思い、しょぼくれた顔を無理やり笑顔にして頭を下げる。せめて最後ぐらいはちゃんとした接客で終わろう。意気込んだ矢先、びたーんと音を立てて転んでしまう。幸先悪い。
「キミ、メルナだね」
「え? あ、はい。そうですけど……」
「ロアから聞いている。ぼくはキュー。よろしく頼む」
キューと名乗ったのは小柄な女の子だった。
わたしは、子供を除いて自分より小さな人にあまり出会わない。小さなころから今にいたるまで、背もスタイルも成長せずに生きてきた。村暮らしでそもそも人と出会わなかったというのもあるけれど、それでも自分より目線が低い子に会うと珍しいと思ってしまうし、失礼ながら親近感も湧く。
「お席、こちらでいかがでしょう?」
「ああ、パンを五つ、包んでくれるかね。いつものもので」
「は、はい」
かといって、キューさんが子供というわけではない。
身長や目鼻立ちは子供のそれといって間違いないのだけれど、それを包み込むオーラのようなものがとても子供のものではない。少しはねた茶色い長髪に学生さんのようなピシッとした服装。十歳の子供のような身体でありながら、一方で賢者のようでもある、そんな不思議な人だった。
澄んだ瞳から出る視線を感じながら、パンを袋に詰めていると、フロアから少し大きな音がする。
「わわっ、どうしました!?」
「ああ、驚かせてしまってすまない。これをひっくり返したかった」
「な、なんで……?」
キューさんがテーブルと格闘していた。ひっくり返したいらしい。新手のおまじないか何かかな。あまりの衝撃展開に頭をぐるぐるさせていると、キューさんは何かを閃いたように手をポンと叩く。
「申し訳ない。テーブルの脚が気になる。もっというと、この店の家具が色々と気になる。というか気に入った。じっくり見たい。手伝ってくれないか」
「え、えぇ……」
変わった子だ。ロアの知り合いっぽくはある。何の曇りもない瞳を見てそう思う。何度か問答を繰り返したあげく、結局二人でテーブルをひっくり返した。ついでに言うと椅子とカウンターもお願いされたので手伝った。わたしも十分、ロアの知り合いっぽいのかもしれない。
「ありがとう、メルナ」
「い、いえ、いいんですけど、何かわかったんですか?」
「うーん。特には。完全な無駄。素晴らしい時間だった」
「それはよかったです、お客サマ」
この子の方が上手だった。
袋に入れたパンを渡すと、両手で抱きかかえ、満足そうに微笑むキューさん。きょろきょろと店内を見回し、二人掛けのテーブルを指さす。
「この店の家具はいい。包んでもらって申し訳ないが、ここで食べたい」
「は、はい。お水持ってきますね」
変わった子だなと思ったけれど、わたし作の家具を気に入ってもらえるのはお世辞でも気分がいい。パンを乗せるお皿とコップ一杯の水を運んであげると、ちょこんと座ったキューさんにお礼を言われる。都会の人、優しい。
「メルナ、そこに座ってはくれないかな?」
「ごめんなさい。お仕事中ですので」
「閉店時間ならさっき過ぎたよ」
本当だ。時計を見て少し悩んだあげく、閉店の看板だけ外に出して、ご一緒させてもらう。今、食べ始めたキューさんを帰すのが可哀想だったのと、何よりロアの知り合いというのがかなり気になった。
キューさんはわたしが座ったのをみてにっこりすると、両手をきっちり合わせていただきます。勢いよくパンにかぶりつく。ちょっとかわいい。
「キミに頼みがある」
「……はい?」
「変身が見たいのだが、頼めるかな」
「えぇっ!?」
いきなりの要望。ロアは一体どこまでわたしのことを話しているのだろうか。嬉しいけど、ものによってはあまり話されたくなかったりもする。例えば変身のこととか、そのあたりは特に……
とにかく丁重にお断りする。初対面の人に見られたい衣装ではない。旧知の仲の人に見られるのも嫌だけど、つまりどちらにしろ恥ずかしいからイヤ。
「ふむ。じゃあ、パンを一つ上げるから、交換でどうだい?」
「……ごめんなさい」
「そうか、残念。楽しみで来てみたんだが……」
しょぼくれてしまう。悪いことしちゃったかな。
でも、楽しみにしてたって言われると余計変身はしたくない。変身したら拍手でもされてしまうのだろうか。そんなことになったら、明日は店を閉めてしまうかもしれない。
気まずい空気が流れ、わたしは話題を変える。
「あの、ロアとはどういう関係なんですか?」
「聞いていないのかい? 少し前からの知り合いだよ。この店を作るときに少しだけ協力した。おそらくまだ、この建物は、ぼくの名義で借りていたと思う」
「……え?」
そんな仲だったんだという驚きと同時に、少しだけモヤモヤもある。
この店は二人で作ったんだと思っていたが、そうではなかったらしい。どちらかというとシャルロはロアとキューさんで作ったものらしい。何故かそれがすごく胸を締め付けて、もどかしい。
「あとは、このパンの作り方を教えた」
「そう、ですか」
「このパン、あまりおいしくはないよね。なんていうか、普通だ」
「じゃあ、なんで食べてるんですか」
ムッとしてしまった。つい言ってしまったと思ったけど、謝りはしなかった。
しかし顔には出ていたようで、キューさんは「すまない」と一言入れて続ける。
「ぼくは、このパンが好きなんだ」
「えっと、どうしてです?」
「ロアが、何も作れなかったロアが作ったパンだからだよ」
キューさんは語る。ロアのこと、そしてロアが作ったパンのこと。
出会ったころのロアは何も作れず、しかし喫茶店をはじめるという強い意志を持っていた。何の理由もキューさんには語らなかったらしい。ただ、喫茶店を作る。喫茶店っぽいからパンを作るという、言ってしまえば考えなしの状態から、今はこうしてパンを作れている。それが、面白いのだという。
「何もない場所から何かを作る。とてもエネルギーのいることだと思うよ」
「わたしも、そう思います」
「そして、ロアはそのエネルギーを持っている。毎日がむしゃらに、思いついたことに向き合って、食らいついて生きる。そんな彼女にぼくは憧れている」
「わたしも……です」
キューさんの言うことにはすべて同意する。
ロアはわたしにないものを持っている。しかしそれは最初から持っていたものではない。何もないところから生み出し、つかみ取ったから、わたしにはそれが眩く見えているのだろう。わたしにはないものだから、愛おしく感じるのだろう。
そしてそういうキラキラしたロアだけものの近くに、このキューさんは立っているんだと思う。わたしより近くで、わたしよりながく、ロアを見つめていたんだと思う。だからまずは、そこに向かって手を伸ばす。
「キューさん、わたしにもそのパンください」
「変身、見せてくれるのかな?」
「は、はい」
「そうか。じゃあ、前払いだ。食べたまえ」
パンを一つ渡される。
いつか、この喫茶店にわたしが来た時にも出してもらったなんてことないパン。
わたしはそれに食らいつく。もそもそとしたが、あの日とは違う味がするような気がして、一心不乱にかみ砕いて飲み込む。
「おいしいかい?」
「ぐすっ……、んぐっ、普通……ですっ……」
「そうか。そうだろうね。というか、何個食べるつもりだい?」
「ごめ、ごめんなさい………でも、でも……」
「まあ、いいよ」
これを食べたからといってロアのようになれるわけではない。明日もロアは帰ってこないし、一人でも店は開けなければならない。それでも、何かが変わるような気がして、パンを何個も頬張って飲み込む。
「ロアの味がします……んぐっ、……うっ、うぅっ……うわぁぁん!!」
結局わたしはダメダメだ。
キューさんに頭を撫でられながら、一日のことを思い出して結局泣いてしまう。
泣いて、一人で寂しがって、足を引っ張ることしかできていない。
わたしが、ロアに近づけるのは一体いつになるのだろう。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
面白かった、続きが気になるなどございましたら、
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感想、ご意見、いつも本当にありがとうございます。
今日から中編、お留守番編です。
ロアのいなくなったシャルロ、
果たしてメルナは三日間のロア断ちができるのか……!?
明日以降も見守っていただけると幸いです!
おかげさまで毎日頑張れています。
これからも投稿続けて参りますので、よろしくお願いいたします。




