魔法少女、休日を過ごす(前編)
翌日の客入りは前日と比べて四割といったところ。
満員御礼に行かなかったのは少し悔しいけど、どこかロアは満足げだった。まあ、そんなものだよねと笑う。満席の店内はわたしたちの脳裏に焼き付いている。いつか、魔法の力を使わないでも同じ光景を見られるようにわたしたちは店を開け続ける。
一月が経った。
毎日があっという間で、そんな実感はまるでない。まだ村にいたことが昨日のような、それどころか、良い夢を見ているんじゃないのかと思うようなくらいふわふわと毎日が過ぎていく。そんな毎日は丁寧に、しかし深くわたしの中へと刻まれ続けている。
例えば、掃除当番になった。ロアは掃除が苦手だ。洗濯もしようかと思ったけれど、一度だけロアの服を壊してしまってからはやっていない。あと、ロアはお風呂が長い。最初は驚いていたけど、わたしも最近長くなってきた気がしないでもない。
他にもたくさん覚えている。ロアはよく日記をつける。中身は見せてくれない。ロアは絵もうまい。ただセンスは相変わらず独特だ。それから、ロアは字が丸い。たまに変な歌を作って歌っていることがある。歌も結構うまい。普段はシュッとしているけど、寝起きというかスッピンは意外にも可愛い系で、なんかふにゃっとしている。それから、それから――
あれ、なんだかロアのことばっかり覚えている気がする。
空っぽだったわたしに、ロアが注がれていって、最後にはわたしもロアになってしまうんだろうか。それはそれで悪くないな。スタイルいいし、かわいいし、なんて。
そんなこんなで、わたしは楽しくやっている。
そして今日、わたしは人生で初めてのお給料をいただいた。
働きづめの毎日だったけれど、報酬を得たのは初めてだ。最低限生きていけるぐらいのお金。それがシャルロの給料だと聞いているし、納得してわたしも一ヶ月働いてきた。ご飯も住むところも与えられている時点で一銭ももらえなくても最低限生きていけるのだけど、ロアはきちんと給料袋をくれた。ありがたい。ありがたいけど、これは……
「ロア、わたし、聞いてませんよ。なんですか、これ!」
「あれ、不服? もしかして、ストライキとかされちゃうやつ?」
青ざめるロア。不服、といわれると違う気もするけど、このお給料は正当とは言えない。
わたしはもらった給料袋を突き返すように机に置く。この、分厚い札束が詰まった破れそうなくらいの給料袋を――
「こんなにいただくことはできません!」
「いや、アタシもさすがにこれ以上出すことは――って、あれ?」
「当たり前ですよ……」
これ以上もらったら大富豪になってしまう。最低限生きていける金額と聞いていたけど、このぐらいあれば大きなドラゴンがギリギリ3頭飼えると思う。わたしはそんなに手間のかかる生き物じゃない。ご飯が美味しいからたまにおかわりしちゃうけど、安上がりな生き物だと自覚している。多分。
「そういうことなら、クレームは受け付けません。早くお風呂に入って寝てください」
「むーっ、ダメですよ。だって、お給料は少ないって言ってたじゃないですか」
「それは、お客さんが来てなかった状態の話だよ」
確かにここ最近、シャルロには初日とは比べ物にならないくらいにお客さんが入っている。でも、それは別にわたし一人の功績というわけでもない。みんなロアが作る喫茶店っぽくないご飯が美味しくて来てるんだ。わたしはそこまで貢献できていない。
「働いた分のお給料をもらうのは当然のことなの。好きなものに使って?」
「でも……」
「一ヶ月、ありがとうね。明後日からもよろしくね」
笑うのはずるいと思う。最後にはわたしもお礼を言って、見たこともないくらいのお金が入った袋を懐に入れる。まだ受け入れられないけど、これをもらわないとここで過ごした一ヶ月間を否定してしまうような気がして、それが嫌だった。
明後日からまた頑張ろう。このお給料分、嫌、もっとそれ以上。ロアと一緒に、シャルロを大きくしていかないと――って、なんで明後日?
「ああ、明日はお店閉めようかなって」
「いいんですか?」
「うーん、まあ、アタシも休みたい。最近夢の中でも何か炒めてる」
「休むの一日だけで大丈夫ですか?」
「平気って、言いたいところだけど、ゆっくり休めるか不安だなー」
「え?」
首を傾げてから気づく。この顔、何か企んでいるときの顔だ。正解だと言わんばかりにクスクスと笑ったロアが顔を近づけてくる。水晶玉のような瞳は疲れているとは思えないくらいに澄んだ輝きを放っていた。
「ねえ、明日、付き合ってよ」
「付き合うって、……どんな?」
「どんな、かー。うーんと、美味しいもの食べたり、お店巡ったり、あ、そうだ。あと、メルナの服買いに行こう。確か前に約束したよね」
本当にそんなので休めるのだろうか。少し心配だ。
でも、相変わらずロアの瞳がキラキラしてたり、約束を覚えてくれて多ことが嬉しかったりしたので、首を縦に振る。ふつつか者ですが、よろしくお願いします。で、合っているのかな。いろいろ考えているうちに、ロアは鼻歌まじりにお風呂に行ってしまう。楽しそう。
「おやすみかぁ……」
かくいうわたしも、初めて過ごすロアとの休日はかなり楽しみだ。
☆ ☆ ☆
「んしょ……、それで、やっぱりシャンプーがきっかけだったの?」
「は、はいぃ、急に自動回復の魔法が使えるように――わひゃぁっ!」
なぜかわたしたちは壁を登っていた。壁といっても人工的にゴツゴツさせた凸凹のもので、それを利用してどう頂上まで登るか、みたいなゲームだと係りの人に教えられた。ポルダリング……? というらしい。不思議なゲームもあるもんだなと感心する。
「大丈夫? 難しいね、ボルダリング」
「いたた……、あ、ロアまで降りなくていいんですよ」
「ううん、アタシも手がジンジンしてたから。ちょっと休憩をね」
一応地面はマットになっていて、怪我をすることはなさそう。しかし痛いものは痛い。ロアと同じく痺れている手でお尻をさすりながら、近くのベンチに腰掛ける。目の前では筋肉質な人たちが、わたしたちが半分も登れなかった壁をスルスル登っていく。すごい。見てると次は行けそうな気がしてくるけど、多分無理。
「うむむ、グローブまで手に入れたのに……」
「あはは、最初はうまく行かないよねー」
ちなみに、ロアがここに通っているとかではないらしい。よくお店に通ってくれるお客さんがここのスタッフのお友達だとかで、無料券をくれたのだ。ペコペコお辞儀をするわたしの隣で、ロアは気さくに会話を続け、わたしが別のお客さんの相手をしているうちに商品券までもらっていた。すごい、これが都会っ子なのか。
それと、グローブにはロアのシャツなどでよく見る独特なクマキャラがぐったりしている。好きなのかな、そのキャラクター。というか、よくあったね、それ。
「それで、話を戻すけど、やっぱりシャンプーパワー?」
「シャンプー、というかロアになにかをもらったりした後にそうなるというか……」
「ああ、ブレスレットもそうか。えへへ、ちゃんと付けてくれてる」
「はい……、そうなんです」
わたしの身体にはいわゆる自動回復の魔法がかかっている。シャンプーを変えた日、全身の傷が治っていたみたいに、傷を受けるとわたしが意識しなくてもそれが勝手に治癒される。よく転ぶわたしにはありがたい魔法だ。
ただ、こんな便利な魔法だけあって、習得難度もそれなりのものだ。偶然何かの拍子に発動するものでもない。魅了の魔法も同じようなもの。そして、これら二つの魔法が使える直前、わたしはロアから何かしらしてもらっている。
「なるほどなるほど……、え、じゃあ、ワラワラ様は?」
「ワラワラ様? なんでしたっけ?」
「ほら、おっきなお客さんからおっきなお面もらったじゃん。あれも一回つけさせた!」
「あ、あー……。あれは何も起きませんでした」
お客さんの一人が持って来た少し怖い巨大なお面をもらった。ロアがもらったらしくて面白がってわたしに付けていたけど、何かが起きることはなかった。判定が微妙だけど、あれももらったといえばもらっている。
「なるほど。つまり、メルナがかわいくなればなるほど魔法が使えるってことだね」
「かわいく……?」
「そうそう。だってメルナ、魔法使うときもかわいい服着るでしょ?」
「え、……うーん」
確かにと口にしそうになって、アレをかわいいというのはどうなのかと思いとどまる。かわいくなると魔法が使える。なくはないなと思う。正直、大きなお面はかわいくなかったし、それなら、シャンプーのおかげで髪がサラサラになったことで魔法が使えるようになったのも納得できる。
かわいくなれば、か。女の子として常にそうありたいと思ってるけど、その条件は複雑なものがある。かわいく、どうすればいいんだろう。そもそも、かわいいってなんだろう。
「かわいいってことは、自分を愛するってことだよ」
「それ、魔法を覚えれば覚えるほど、自分大好きちゃんになってしまうのでは……」
「あはは、そうかもね。だから、大好きでもおかしくない自分になればいいんだよ」
手鏡でわたしの顔を映す。顔なのか、スタイルなのか、もしくはどちらも違うのか、わたしにはまだよくわかっていない。でも、ここに来た最初の日に見た自分よりは、今の自分の方がかわいいなと、そう思うのだった。大好き、とはまだいかないけど……
「あ、じゃあ、このかわいいグローブつければ、あの壁登れるんじゃない?」
レンタルした無地グローブをわたしの手から剥がすと、謎キャラグローブを付けられる。多分そうじゃないと苦笑い。でも、なんとなく次は登れるような気がした。
☆ ☆ ☆
「そうと決まれば、かわいい服を選ばなきゃね!」
さっきの会話をしてから、ロアのテンションが少しだけ高い。
元々かわいい物好きだったこともあって、わたしにいろいろ教えてくれる。肌のケアのこととか、楽なダイエット方法だとか、そういうことをキラキラした目で教えてくれる。かわいい師匠だ。まあ、出て来た単語のほとんどが分からなくて、正直よくわからなかったけど、それはこれから勉強していこうと思う。
「ここ、アタシが服買ってるとこ。小物から何から全部ここで揃うから便利」
「わたしなんかが入ってしまっていいのでしょうか?」
まさに都会といった賑やかなお店に入る。一面服でいっぱい。森みたい。どこをみても見たこともないようなカラフルな服ばかりで目が回りそう。わたし、田舎者だって思われてないよね。服はロアのものだし、髪の毛もシャンプー使ってるし、おまじないのブレスレットもあるし、きっと大丈夫……だよね。
「ねね、これなんてどう?」
「こ、こんな派手なの、わたしに似合うかな……」
差し出されたのは赤と黒のチェックが目立つ襟付きのシャツとそれに合わせる感じの同じ模様が所々入ったジャケット。それと、吊りスカート。ロアの服装を少し幼くしたらこんな感じなんじゃないかなって服だった。わたしが首を捻ると、それをなぜか一旦カゴに入れて、周りの服を物色する。
「待っててね、アタシがいいの見つけるから!」
「えっと、……この辺りにある服がそもそも、なんというか……」
ロアっぽい。というよりロアだ。
黒にピンク! または赤! なちょっと弾けた感じ(?)の服たちが集まっている。ロアの衣装棚はだいたいこんな感じの服が多い。お洒落さんだなとは思うし、わたしも服がなかったから着てるけど、正直あまり似合っていない気がする。
「おー、そうか。そうだね。うん、そうだ」
本人もなんとなく察した様子で、服の森の奥へと入っていく。さっきの服はカゴに入れたまま。自分で着るのかな。ロアなら似合うと思うけど……
わたしは自分で服を選んだことがない。どういうのが似合うとか、そういうのを気にしたことはない。『おしゃれは着る人のためのもの』わたしは村の人たちから言われたたくさんの『似合わない』より、ロアのそんな一言を信じている。
でも、圧倒的な経験不足もあって、『似合う』ものを探すのは苦手だ。
「どんな感じのがいいかな。何でも似合いそう」
「そんなことありません。その、無難なものが、いいです……」
「無難、ねぇ」
考え込むようにしてフラフラ歩くロア。服のジャンルによって店の内装も少し変わるようで、黒を基調としたさっきのゾーンを出ると、様々な空間が広がる。シックなゾーンやファンシーなゾーン、子供向けの可愛らしいゾーンに、サーフボードなんかが置いてあるスポーツ着のゾーン。わたしはどこの住人になればいいんだろう。
言葉通り無難な方へと歩いていく。あまり色のないような服の売り場。そんな場所の服でも、ロアはわたしに似合うものを探してくれる。これが似合う、アレがかわいいと、まるで自分のことのように探し回っては、持って来てくれる。そんな風にわたしのことを考えてくれるとわかる度に、わたしの中で何かが芽生える。
長年で蓄積した泥のようなものがロアによって剥がされていき、その下の目が顔を出すような感覚。ずっと隠れていた自分がひょこっと顔を出して、わたしの好きなものへと導いてくれる。
「やっぱ、メルナはあっちだよね」
ロアが指を差すのは可愛らしいファンシーなブース。気づけばロアの話を無視してぼーっと見てしまっていたらしい。フリルやリボンで満ちた、もこもこできらきらな世界。ふと、冷静を取り繕ってみる。しかし、ロアは既にわたしの手を取っていた。
「メルナに一番似合う服を探すゲーム。付き合って?」
「え? は、はい……」
「勝った方が、今晩マッサージしてもらう。おっけー?」
全部見ていてくれてるんだなと思う。
ロアとは短い付き合いだ。何てったって、村から出てからのわたししか知らないのだ。でも、それでいい。ロアと出会ってからのわたしを知ってくれているだけでいい。これからのことを一緒に知れていけたのなら、きっとそれは輝かしいものになると思うから。
「ま、負けませんよぉ!」
気の抜けた返事が出てしまい恥ずかしい。
わたしはここぞというときに声がかすれてしまう癖がある。
でも、それでロアが笑ってくれるから、この癖も悪くないなと、また一つ自分を好きになる。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
面白かった、続きが気になるなどございましたら、
下のお星さまより評価、ブックマークなどいただけますととても励みになります。
感想、ご意見、いつも本当にありがとうございます。
おかげさまで毎日頑張れております。
これからも投稿続けて参りますので、よろしくお願いいたします。
一話目を大胆に改稿してみました。
魔改造です。
起こっていることはほぼ変わりませんが、表現など大分マイルドにしてみたつもりです。
投稿とは別に、来週頭ぐらいに三話目前半ぐらいまで改稿する予定です。




