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魔法少女、励ます

「喫茶『シャルロ』やってまーす。そ、その、押さないでくださーい!」


 大盛況とはまさにこのことだった。ロアのおまじないの効果か、わたしの奇抜な魔法少女コスチュームのおかげか、もしくはそのどちらもか、それはわからないけれど、昼の退屈な時間が嘘のように、喫茶『シャルロ』には人が押し寄せていた。


「おねーちゃん、かわいいー!」

「こんな美人さんがいる店、なんで今までチェックしてなかったんだ!」

「きゃー、こっち向いてー! わーっ、抱きしめたい!」


 思っていたよりも。本当、思っていたよりも――

 おまじないまでしてもらって申し訳ないけど、想像の数倍近い羞恥心で立っているのがやっとだった。まるでみんな何かに取り憑かれたかのようにわたしの元へとやってきて、「どうぞ」というと店に入っていく。柵を飛び越えるヒツジみたい。


「大盛況じゃん。さすが、アタシの見込んだメルナだ!」

「うぅ……、みんなどうしてわたしなんか」

「言ったでしょ、メルナみたいなかわいい子がいたらみんな来てくれるって」

「そんなことないですって……。きっと何かの間違い……」

「ああ、そこ、あぶな――」

「ひゃぶっ!!」


 視線を避けるように意識しながら歩いていると足がもつれてしまう。床へとお腹から派手にダイブ。パスタを頭からかぶってしまう。あー……、二重の意味で視線が痛い。


「メルナ、だいじょ――」

「キミ、平気? あー、擦りむいちゃってる。立てる?」

「……ごめんなさい! ご迷惑をおかけしてっ!」


 店中の人がわたしのところに駆け寄って、ハンカチやら何やらを差し出してくる。見ると膝に擦り傷があったけど、まるでわたしが大怪我でもしたような心配の仕方だ。ありがたいけど、なんだろう、この見守られている赤ちゃんみたいな扱いは……


「ロア、ごめんなさい。わたし、やってしまいました」

「え? あ、ううん、へーきだよ! 材料まだあるし! 余裕!」


 頑張るぞと厨房に戻っていくロアの様子がいつもとどこか違う感じがした。多分気のせい。だけど、引っかかる。逃げるようなロアの背中を追いかけられたのは、わたしの周りに集まった過保護なお客さんたちが落ち着いてからのことだった。


「メルナ、今日はもう休んでいいよ」

「え、で、でも、まだお店を閉める時間じゃ……」

「材料なくなっちゃったしさ、疲れたっしょ?」

「は、はい……」


 今日、材料が足りなくなったとのことで、わたしは4回ほど買い出しに出かけている。その度に数十人のお客さんを引っ張ってきたからまた材料が足りなくなってしまったのだけれど、今日はここまでらしい。ロアも疲れたのかな。首を傾げる。さっきといい、どこか様子が違う。心配だな、なんて見つめていると、目が合う。


「ねえ、メルナ」

「はい」

「聞こうと思ってたんだけどさ、それ、なんか光ってない?」

「……え?」


 手鏡を向けられる。わたしの頭の上にちょこんと乗っているミニティアラが桃色の輝きを放っていた。元々キラキラした装飾だったけど、こんなに光っているのはみたことがない。ロアもわたしが昼間に変身した時は光っていなかったと言っている。


「何かしらの魔法が発動してるのかも……」

「魔法……?」

「ちょっと待っててください」


 ティアラに触れてみる。わたしのこのグローブ、プリティーハンドには魔法を解析する術式が編み込まれている。触れるだけでそれがなんの魔法なのか分析することはできるけど、使用する機会はあまりない。

 指先が触れると、小さな魔法陣がティアラから出現し、グローブに吸い込まれる。手の甲についたハート型の宝石がきらりと輝くとともに、この魔法の詳細を理解する。


「魅了の魔法……」

「み、りょう?」

「人に好かれやすくなる魔法、ですね。こんな魔法、覚えてなかったと思うけど……」

「そ、そうなんだ……」


 効果はわたしと面識のない生き物全般。なるほどと呆れてしまう。一国のお姫様のような扱い。異常なほどの人が集まってくる現象、それはこの魔法の力だったようだ。幸いにも、長続きはしない魔法のようで、一度眠れば解除される。よって、明日からアイドルデビューみたいなことにはならないみたい。よかった。

 でも、なんでいきなりこの魔法が使えるようになったんだろう。昔、おばあちゃんが持っていた本で見た限りだと習得難易度はそこそこだったはず。たまたま発動してしまったなんてこともないはずだし……


「メルナ、今日はもう休もう? 服、脱いじゃっていいからさ」

「は、はい……」


 考えていると、ロアに急かされてしまう。

 邪魔になってしまったらいけないと、わたしは何度か謝ってから二階へと上がる。「そんなに謝らなくていいんだよ」なんて言われてしまうなと、返事がないまま階段を上り切って、なんだかそこで静寂が怖くて身震いしてしまう。

 一階から聞こえてくるお客さんの声が、より一層二階の静けさを浮き彫りにする。


 ☆ ☆ ☆


「うそ、治ってる」


 さっき擦りむいた傷を手当てしようとして気づく。確かに血が滲んでいたはずの傷がなくなっている。小さな傷だから目立たないのかもと思ったけれど、朝のこともあって、気にしないというわけにもいいかなかった。

 わたしの身体には確かに何かの異変が起きている。

 今朝、ボロボロだったわたしの身体が回復した時は、何かの偶然かと思っていた。しかし、さっきは身に覚えのない魅了の魔法が自分にかかっている。きっと、擦りむいた傷も同じように治ったのだろう。でも、どうして……


「シャンプーと……、おまじない」


 心当たりは二つ。昨日ロアが買ってきてくれたシャンプーと、ハートのブレスレットのおまじない。そんなバカなとは思うけれど、それぐらいしか心当たりはない。そしてその共通点はどちらもロア。気になって、部屋で静かに変身するとつけてもらったブレスレットに触れてみる。ここからは魔法関係の術式などは感じない。至って普通のアクセサリー。


 それなら、やっぱりロアが……?

 まさかとは思う。朝もさっきも、ロアはわたしの様子を見て驚いていた。もし何かをしてくれていたとしたらあの反応はおかしいはず。しかし、共通点はロアしかない。

 聞いてみるしかないか。


 ☆ ☆ ☆


「どうしたんだろう……」


 お店が閉まった頃合いをみて、ロアのいる厨房へと向かう。本当は二階に上がってくるのを待ってようとも思ったけれど、しばらくしても音沙汰がなかったので出向いてみた。お皿洗いとか、明日の仕込みとか大変なのかな。だとしたら、手伝えることもあるはず。なんて能天気に降りたはずが、そこにいたのはボーッと宙を見つめた状態のロアだった。


「ロア、……大丈夫ですか?」

「えっ!? あ、ああ、平気だよ! へーき! どうしたの? 休んでていいんだよ!」

「それが、さっきのおまじないのことで――」


 傍にある食器が目に入る。汚れた状態で積み重なっており、見ればお客さんが座っていたテーブルもそのままの状態になっている。そうだよね、忙しかったから、ロアも疲れているんだよね。聞きたいことはあったけど、悪影響でもないし、明日でも遅くないか。


「あ、メルナ! それはアタシの仕事だから!!」

「いいですよ。いっぱいお料理作ってお疲れでしょうし、座っていてください」

「え……、あ、ああ、うん。ありがと、メルナ! やっぱいい子だわー!」


 どこか空回りした様子のロアを座らせて後片付けをする。食器も買い足さないといけないなと思いながらも、大繁盛だった店の様子を思い返すとつい笑みがこぼれる。心地よい疲労感と充実感。きっとロアもそういうものを感じてくれているのだろうと思っていた。

 だから、ふと目に入った物憂げな表情のロアから、目を離せなくなった。


「ロア、……お疲れですか?」

「あ、ああ、ううん、まだまだ元気元気だよ!」


 そんなことない。ロアはどこか無理をしている。

 きっと疲れているだけだ。強引に納得してみるけど、それでも、後片付けをしながらふと見ると沈んでいるロアの顔を見ると、そんなはずないとわかってしまう。

 踏み込んでもいいのか、考える。

 何があったのかはわからない。それでも、おそらくロアにはロアの事情がある。そこにわたし何かが介入してもいいのだろうか。少し考えて、やめる。答えは意外にも簡単に出た。


「ロア」


 最後の食器を棚に戻して、ロアの正面に立つ。

 声をかけるまで俯いていたロアが見上げる。そこでわたしは、お節介の呪文を唱える。


「変身」


 わたしが変わっていく。

 服装だけでない。わたしそのものが、魔法少女へと変わっていく。

 昔読んだ魔法少女の絵本、そこに載っていた女の子の姿は今のわたしにそっくりだった。

 そりゃ、少し違うところはあれども、ピンクのリボンも、輝くジュエルも大体同じ。ロアが気付かせてくれた、わたしが大好きだったもの。可愛くて、頼りになって、誰よりもお節介な少し不思議な女の子。名前も、思い出した。


「魔法少女トゥインクル☆ハート! 参上! かわいすぎにご注意だよ!」


 やっぱり恥ずかしいなと思う。

 こんな台詞、昔とはいえ自分で考えたと思うとゾッとする。

 でも、この名前を名乗ることで、わたしはメルナではなく魔法少女トゥインクル☆ハートなんだと強く自覚することができた。


「え……、どうしたの、メルナ?」

「メ、メルナではありません。今のわたしはトゥインクル☆ハートです」

「は、はぁ……」

「ロアが困っているので、魔法少女として放っておけないと思い、参上しました!」


 しばしの沈黙。

 わたしならまだしも、魔法少女なら平気かなと思ったけど、これもキツい。

 こんな子供騙し、やめておけばよかったなとか、いろいろな感情が湧いてくるけど、魔法少女としてわたしにできる精一杯はおそらくこれ。とにかく、ロアが困っているのは、恥ずかしいポーズを決めるよりもイヤだった。


「ぷ……あはは、メルナおもしろい!」

「お、面白くなんかありません。わたしは、ロアが悩んでいたから……」

「ふふ、ごめんごめん。ありがとうね、メルナ」


 恥ずかしくて死んでしまいそうだ。このまま爆発してしまいそうなくらいに全身が熱くて仕方ない。ついに耐えきれなくなって顔を覆ったわたしに、ロアは椅子を差し出してくれる。横から見たロアの笑顔は、見慣れた顔だった。


「何で横並びなんですか」

「うーん、お互いあんまり顔見られたくないじゃん。だからといって背中合わせはちょっと恥ずかしいっていうかさ……」


 ちょっと納得。

 誰もいない厨房、横並びに座ったわたしとロアの沈黙。話を聞くと言ってみたものの、ペースに呑まれてしまった。何と切り出そうか悩む。こういう時役に立ちそうな魔法をわたしは知らない。申し訳なさと気まずさが充満する空間。先に切り出したのはロアだ。


「メルナには内緒にしててくれるかな?」

「えっと……はい、わたしは魔法少女のトゥインクル☆ハートですので」


 それは良かったと力なく笑うロア。

 魔法少女でよかったと思う。また少し、わたしが好きになれた。


「どうしました? 魔法少女は口が堅いので、安心してください」

「アタシさ、喫茶店向いてないのかなって思っちゃったんだ」

「えっ……?」


 向いていないはずがない。

 今日だって満員御礼だ。それなのに、ロアの横顔俯いていた。


「アタシさ。『シャルロ』をずっとやってたんだけど全然でさ。いつか満員御礼にしてやろうって思ってたけど、それもすぐにメルナがやってくれてさ……」


 ポロポロと言葉が続いていく。

 一人でやっていた頃はお客さんが全然きてくれなかったこと。少しでも誰かに笑顔になってほしくて路地裏の人々にパンを配っていたこと。そしていつしか自身がなくなる。だけど自分は、『シャルロ』は終わっていないと思いたかった。

 求人を出そうと決意する。人を雇う気は実はあまりなかった。でも、そこでわたしがやってきて、それで今日、あっさり満員御礼の夢が叶ってしまった。


「メルナはすごいなってさ。少し嫉妬しちゃった。アタシだからダメなんだって分かっちゃったっていうかさ……」

「そんなことはありません。わたし――じゃなかった。メルナも、ロアがいたから頑張れたんだと思います」

「そうなのかな……」

「はい。あの子はあなたからたくさんのものをいただいています」

「え、えへへ、そうだといいね」


 はい、きっとそうです。と、他人事のように返す。

 そうに違いない。わたしはたくさんのものをもらったのだ。

 魔法だってそう。これは間違いなく、ロアからもらったもの。ロアがわたしを認めてくれた。受け入れて、気持ちを注いでくれた。だから、わたしは自分を愛することができた。そんなキラキラしたものが、わたしに魔法を授けてくれた。


「魅了の魔法は一日しか効果が持ちません」

「え?」

「メルナから伝言を預かっています。明日は魔法を使わない。とのことです」


 だからこそ、今後この魔法を客引きに使うのはやめようと思う。

 少しだけ驚いた表情のロアだったけど、すぐに柔らかく笑い、そうかと納得してくれる。今、ロアに魔法は必要ない。魔法がなくても、ロアは前に向かって歩くことができる。わたしと出会うまでも、ずっとそうしてきたように――


「今日食べてくれたお客さん、来てくれますかね」

「きっと、来てくれるんじゃないかな」

「だとしたら、きっとそれはロアさんの料理のおかげですね」

「うんっ!」


 大きく頷いて、食材のチェックを始める。

 いつもの調子でおちゃらけながら、後から温かいミルクでも淹れてみようかと思う。

 その時は、お節介な魔法少女じゃなく、友達のメルナとして。


「ありがとね、メルナ」


 メルナに向けられた言葉を背に、わたしは厨房を後にする。

 わたしも早く寝て、明日に備えるとしよう。

 きっと明日も満員御礼だ。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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