魔法少女、追放される
――魔法少女というものに憧れていた。
きらきらしたドレスを着て、ぴかぴかの魔法でみんなを笑顔にする。
いじわるする人や、ちょっとの揉め事は起こるけど、みんな魔法でなかよし。
みんなから、愛されて、いつも笑ってる絵本の中のかわいいヒロイン。
そんな魔法少女は、いつもわたしの憧れだ。
「メルナ、今日限りでこの村から出て行ってもらう」
憧れ……だった。
「はい。申し訳ございません。全てわたしの責任です」
憧れていたこともあった。昔。
わたしの憧れていた魔法少女は土下座をしなかった。
しかし、魔法少女のわたしはなぜか、両手を揃えて、地面を頭につける。
変身していない状態だったのが救いだった。
変身状態で土下座をしていたら、ピンクのツインテールが揺れて仕方がない。
”ここ”に呼ばれた以上はこうなるとわかっていて、変身は解いてきたのだが、それは正解だったようだ。
「魔物が裏山の周りをうろついていた! しっかり退治せんか!」
ハイーダ村、村長宅。
昼間だというのにお集まりいただいた村の老人たちが一斉に口を開く。
わたしは今日、この人たちのサンドバッグになるべく参上した。
「この間歩いていた時髪が跳ねていたわよ。だらしないわねぇ……」
この村には夢も希望もありゃしない。
年功序列、排他主義、問答無用、そんな現実の煮凝りがこの村だ。
「昨日、俺に挨拶しなかったな。年上への敬意がなっとらん!」
この村を守るのが魔法少女としてのわたしの使命。
魔法を使って無給無休で村民を守る都合のいい存在、そこは絵本と同じ。
違うのは、この村のご老人たちがちょっとばかし過激だということ。
守りたくないと思った頃には、わたしはこの人たちに支配されていたのだ。
「はい。申し訳ございません。全てわたしの責任です」
だから今日も、わたしはこの呪文を唱える。
自慢の必殺魔法『プリティ☆プリティカル』よりよっぽど役に立つ。
これを言って頭を下げていれば、そのうちこの人たちは満足してくれるのだ。
「今回は特別に許す。次はないぞ」
ほら、このように。
この人たちは言いたいだけなのだ。鬱憤を晴らせればそれで満足なのだ。
痺れた脚を気遣いながら立ち上がり、再び村の皆様に深く頭を下げる。
「申し訳ございません。全てわたしの責任です」
村の皆様の温情で今日のところは釈放は免れる。
激励という名の罵倒の言葉の数々が飛んでくる。アリガタイコトダ。
「ありがとうございます。皆様。この度は本当に申し訳ございませんでした」
「そうか。今回ばかりだぞ。村の皆に感謝をしろ。帰って良いぞ」
さて、早く帰って仕事をしなければまたここに呼び出される。
日が昇る前に起床して、村人が全員寝静まるまで村の見回り。魔物がいれば退治。そのほかにも村の皆様が困っていれば身を粉にしてお手伝いさせていただく。
それがわたしの仕事。
給料はない。ありがたいことに家は支給されている。イノシシでも突っ込んだかと疑いたくなるほどのボロ屋が一軒。副業も許されているが、何かを買えば贅沢品だと言われ、ここに呼び出され剥ぎ取られる。教育もしっかりしている。しすぎている。おかしいとは気づいている。しかし辞められない。使命だから。憧れていた魔法少女の仕事だから。
――こんなつもりじゃなかったんだけどな。
何度目かわからないことを考えながら、部屋を出ようとする。
そこで突然、村長が怒鳴りだす。まさか、今日はまだ終わらないパターン?
「何を勝手に出て行こうとしている!?」
さっき許可されたとか、そういう正論は言うだけ無駄。
ぶつくさとわたしへの愚痴の言いそびれた分を吐き捨てながら、村長は村のみんなに合図をする。
第二ラウンドだろうな。内心溜息。でも仕方ない。
再び万能呪文を頭の中で反芻し、自我を消す。さあ来いと思ったところで村のみんなが出したのは酒瓶だった。
「お酒……? どうして……?」
「今日はお前にめでたい話を持ってきてやった」
状況が理解できない。
めでたい話? みんな酒瓶を持っているということはわたし以外は知っているのか?
村の設立記念日も、村長の誕生日もその夫人の誕生日もまだだったはず。もちろん、わたしの誕生日をこの人たちが祝うはずもない。そもそもまだだし。
ならば、一体どんな……
「入って来い」
目が回りそうになっていると、廊下からドスドスと音が聞こえる。
立派だが古い家屋はギシギシと軋み、まさか魔物かと身構える。
そんなことはない。むしろ魔物の方がいいとすら思える人物が、襖を開けてやってくる。
「はぁ……、はぁ……、メルナちゃん、本物だぁ……」
腐った丸太のような風貌。膨れた腹を襖に引っ掛けながら、大男が入ってくる。
歩くたびに床が揺れ、ハカハカと息を切らしながら腰を下ろすと、わたしの身体が少し浮いた。
頰肉に埋もれた小さな目が、ぎょろぎょろと血走りながらこちらを見る。
ものすごく、イヤな予感がした。
「息子のバンタだ。よろしくしてやってくれ」
「む、……息子さん。ど、どうして、……ですか?」
「今日お前に用意したのは縁談の話だ。ちともったいないが、子孫繁栄のためだ」
縁談。そんなの聞いていないし、こんな生き物見たことない。
大体、村長の息子ということは、大体わたしのお父さんぐらいの年齢。見た目からなんとなくそれは伝わってくる。それに、今もなお嫌らしい視線が、わたしの身体を舐め回すように見ているのだ。
「さあ、祝いの酒だ。皆、今日は存分に飲むがいい!」
「ま、待ってください。え、縁談って……、まだわたし何も言って――」
「ボ、ボク、メルナちゃんと結婚……はぁ、する……ふぅ」
絶対にイヤだ。
出かかった言葉を飲み込む。
ここで断ったらそれこそ村を追い出されてしまう。考えろ、ここを丸く治め、わたしの未来を守る方法。うーん、考えれば考えるほど出てこない。だってハイーダ村だ。だって、すでに酒瓶を開けている。だって、既にお祝いムードだ。
だって、だって――
「バンタはこの村の次期村長だ。お前なんかにはもったいない相手だ」
「い、いえ、それは……」
「嫁げば将来は安泰だぞ。なあ、バンタ、子供は何人欲しい?」
「えっとねぇ、……いっぱぁい!!」
冗談じゃなかった。
じりじりと、バンタが近寄ってくるのがわかる。そして、さっきから人のものとは思えないような指が、わたしの身体に向かって伸びてきている。なんとか回避できているけど、このままでは時間の問題だ。
「そ、その、話が少し早いかなと思うのです」
「なんだ。そんなことあるか! お前の結婚を祝うために、皆が集まったのではないか!」
「ですから……」
話すだけ無駄だ。
分かってはいるが、ここで引き下がるわけにはいかない。
このままこのよくわからない人と結ばれて一生を終えるなんて、そんなの――
「い、いや……です」
言葉が漏れる。空気が凍る。気付いて後悔。
頭の中に呪文が浮かぶ。今ならまだ取り返せる謝罪の言葉だ。
『申し訳ございません。全てわたしの責任です』言えばまだ間に合う。
村長とその息子だって、この場では許してくれるだろう。でも……
「はぁ……話が違うんじゃねぇのぉ? どうなってるんだよ、オヤジぃ」
「貴様、今なんといった!? ことと次第によっちゃ、タダでは済まさんぞ」
村の年寄りたちがわたしを取り囲む。
誰一人、わたしがここで首を横に振るとは思っていない。
わたしのことなんて何とも思っていない人たちなんだ。
ここで謝ったら、またここで魔法少女を続けられる。
この人たちにこき使われ、この村で一生を過ごす、それって、本当にわたしの憧れた魔法少女なのか。夢やら希望やら、そんなきらきらしたもの。ここにあるのか。
「おい、村長に謝れ!」
「こんな素敵なお話断ろうだなんて、やっぱり頭のおかしな小娘ね」
「ほら、早く次期村長と結婚しろぉ!」
絶対に、ない。
ここでは万能の謝罪の言葉は呪文なんかじゃない。
魔法少女の呪文は、きらきらしていて、みんなも笑顔になれるものなんだ!
だから、唱える呪文はこっちじゃない!
「マジカルトランス! グローインアップ!!」
これが、わたしの呪文。そして、わたしの答え。
唱えた呪文はわたしを変える。
着させられたボロ布のような服はドレスへ変わる。
痩せ細ってしまった身体をリボンにフリル、ジュエルが飾り付け、泣き顔は笑顔へと変わる。流されるだけだった重い空気をキラキラの粒子で覆いつくし、縮こまっていた背筋を伸ばしてポーズを決める。
「お前、どういうつもりだ!」
「まっ、はしたない恰好、やぁねぇ……」
「この期に及んで、まだ次期村長に恥をかかせるつもりか……謝れ!」
屋敷中からの村人たちの批難。
しかし今度は聞き入れない。なぜなら今のわたしは魔法少女なんだ。
縮こまっていたメルナじゃない。かわいくて強い、憧れの魔法少女トゥインクル☆ハートなんだ!
「いい加減にせんか、小娘が! 謝れ! お前はワシの息子と結婚するんだ!」
「ぜ……ったいに! イヤです!!」
この期に及んでまだ謝罪ときた。
再びわたしを取り囲む村民、老体を震わせゾンビのように手を伸ばす。
今度は迷わない。理不尽な謝罪の呪文なんて、わたしの知ってる魔法少女は唱えないんだ。せめてもの温情、誰もいない天井に向けて手を高く突き上げる。
自由をこの手につかむため、ありったけの力をこめて呪文を唱える。
これが彼らとの手切れの呪文――
「プリンセス☆プリティカル!!」
爆音とともにカラフルなビームが手のひらから放出される。
星やらハートやらのエフェクトが乗ったメルヘンチックないかにもといった魔法少女の必殺呪文。流石に当てるのはマズかったので上に向かって撃ってみたけど、古い屋敷の天井にはハート型の穴が開いていた。おしゃれ……かなぁ?
キラキラと舞う魔力の粒子とそして埃。
口をパクパクさせ、半数以上が腰を抜かす村長宅を見回して冷静になる。
――ああ、やっちゃったやつだ。これ。
色々な感情が胸の中を渦巻いていたけど、なんだろう、うん、すっきりした。
ひとまずは、そうだ。村長たちが自棄にならないうちにお暇しよう。
さて、これからどうしようか――
☆ ☆ ☆
「ああ、やっちゃったなぁ……」
村から少し離れた山道で大きな石を見つけ、腰を降ろす。
今頃村ではどうなっているのか、なんて考えたくもない。
ああ、おばあちゃんに知られたら怒られてしまうかもしれない。
いつもこうだと少し自己嫌悪。
村を出た選択に後悔はない。でも、自分の浅はかさにため息が漏れる。
魔法少女衣装を着れば多少マシだけど、わたしの性格は基本後ろ向き。
本来、フリフリのドレスを着て魔法の呪文を唱えるタイプではないんだ。
あの格好だって呪文だって、よくよく考えると十六歳がすることじゃないし……
変身が解けた直後は、特にこうやって自己嫌悪が激しい。はぁ。
でも。
「久しぶりの魔法少女、少し楽しかったかも」
今回ばかりは、清々しい気持ちもあった。
ここから先の暮らしは自由なんだ。
おばあちゃんに連れ戻される可能性もあるけど、それまでは自由。
「そうだなぁ……、王都にでも行ってみようかな」
理由はない。単なる思い付きだった
知り合いなんて村の他にはおばあちゃんしかいないし、そのおばあちゃんだって、どこにいるのかわからない。だから、好きにする。子供のころ一度だけいって楽しかったとか、都会って憧れるとか、そんな感じ。理由、なし。でも、行きたい。
「よし、決めた!」
わたしの決めた道を進む。
初めて歩くような、ふわふわした感覚が現実味がなくてくすぐったい。
でも、悪くはない。
結果として、この時の選択はわたしを少しだけ変えることになる。
それは、この道の先の話――
ここまで読んでいただきありがとうございます!
面白かった。続きが読みたいという方、
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