時代は先の大戦末期、敵襲撃で機体沈没、無人島上陸
「機長、本当に飛行搭乗員は陸に上がると役に立ちませんね。」「それは北沢、お前もだろ。」「あと、全員、食べ物のネタの話は禁止だからな。腹減ったぁとか、喉乾いたぁと口走ったら、腕立て伏せ20回だからな。」「あと、まだ寝るなよ、寝るときはちゃんと寝ると言ってから寝ろよ。」「北沢、お前が一番注意しろよ。」「いやいや、機長の方が怪しいです。」こういう北沢さんのバカな話は、気持ちが落ち着くし、次の活動に向けての活力になる。
「あと、トイレは海を向いた右側の端っこで。」「本当に北沢は、変なところに気が回るな」「いえいえ、自分が所用したいだけであります。」搭乗員から笑いが漏れる。
「再度、申し渡すが、今日は飛行服を脱がないこと、手袋も靴も同じだ、切り傷ひとつでも化膿したら処置出来ない。この島の状況が分かるまで、各自自重すること」「はい。」「北沢、所用からもどりました。結構先まで行けそうでした。怖いんでその辺で済ませましたが。スッキリしたら喉乾いちゃいました。」「北沢腕立てやってろ。」「しまった、まあしょうがない、ひとつ、ふたつ、みっつ」「お前、声だけで実際にやってないだろ。」「ばれましたか。」搭乗員から笑いが漏れる。「副機長、しっかり手本を見せてくれ」「はい、男に二言は有りません。腕立て20回実施します。明日で良いですか?」搭乗員全員の笑い声が響く。「分かった、明日はやれよ。」「はい、男に二言は有りません。」さらに搭乗員全員の笑い声が響く。
夜明け時には、雲も半分は取れて朝焼けになり、行動が出来そうな状況となった。「では、探索行動に入る、目標は水源地の確保、食料の確保。居住スペースの確保。現地住民が居るか不明だがくれぐれも揉めない様に。数人で行動し、昼には一旦集合しよう。」
明るくなって分かったが、完全なサンゴ礁の島では無さそうである、とりあえず、島を一周するべく、海岸沿いに移動する、岩場が比較的多い、暫く移動していると、日本兵の一団と遭遇した。
昨日、敵艦上爆撃機の攻撃で乗っていた駆逐艦が撃沈された乗員とのこと、全員で20名程度、火薬後に火が回って爆発、艦は真っ二つに折れてあっという間の轟沈だったらしい。一番驚いたのは次兄の英彦が居たことだった。なんでも初弾命中時に甲板の望遠鏡配置だったので、爆風で船から飛ばされたとのこと。やけど、怪我は無いらしい。真っ二つになったためか、機関室の配置乗員が多い。ただし全身重油まみれだが。沈没まであっと言う間らしく、退艦命令も出る間もなく多くの乗務員は艦と共にしたらしい。
次兄の様に甲板任務で船から飛ばされたもの、二つに割れた時に海中に投げ出されたものが半々だった。比較的元気なようだが、泳いで島まで到着したらしいので、ずいぶんと疲れている様だ。
それと、米軍の存在を確認したとのこと、見つかって撃たれても面白くないので、遠くからなのではっきりしないが、桟橋と兵舎と飛行場と並んでいる単座機を確認したとのこと。
ここに居ても仕方がないので、特に重症の2人分の簡易担架を作り、我々の砂浜基地に急ぐ。次兄と道中話をすると、ほとんどが兵か下士官で、士官は英彦兄のみ。轟沈した船は陽炎型駆逐艦、第15駆逐隊として、3艦でガダルカナル島への任務の帰投途中で、敵襲を受けたとのこと。残りの2艦のそれなりの被害を受けて、海域を脱出したとのこと。
救助はしてくれないか。の質問に次兄は、撃沈時間が日没直後であったこと、敵潜水艦の活動エリアで、救助活動は実質不可能。それでも甲板の望遠鏡配置が幸いし、島の存在を認識していたこと、木片などの浮遊物を大量にばらまいてくれたので、それに掴まりながら泳げたことを話してくれた。
無事に初日の上陸場所に戻ると、水場が確保できていたこと。水場そばに比較的乾燥した居住場所も確保できていた。機長は新たな住民に驚いていたが、重油にまみれた隊員を水場で洗うように指示をした。
そしてこの島が米軍の支配下で兵隊が配置されていることを報告した。機長は島からの脱出の準備を指示。北沢さんのチャートを見ながら、近くの小さい小島を退避先に進言し、まずはその小島を候補とした
その日の日没前に、「酒田大尉です、最上位士官ということで、これから私がこの30名をまとめたいと思う。次席は駆逐艦搭乗の岩崎少尉と二式大艇搭乗の北沢少尉の2名、残念ながらこの島は米軍の支配化、余り活用はされていないが、この島に居残る理由は無い、近くに小島があるのでそこに退避しようと思う。決行は夜間限定。数回に分かれて移動をしよう。」
本当に小島だったが、木々が生い茂り、隠れ場所に困らならい、水場も確保、火は夜なら煙が出ても大丈夫そう。サンゴ礁もあり、魚には恵まれており食料確保は大丈夫そうだ、野菜の種も海水に濡れたが、多少あるので畑を作れば自活は可能だろう。
機長が搭乗員を集めて指示を出す。「我々の今回の飛行任務は厳秘中の秘、駆逐艦の仲間で合っても話して良い内容ではないぞ、聞きたがると思うが話すことは出来ないことを理解するように。特に搭乗員がそばにいる状態では、厳秘中の秘の態度で接すること。」「と建前はここまで、岩崎大佐の件は、兄に教えて上げなさい。」「はい、分かりました。」
英彦兄がやっと落ち着いた安心感の顔で、「しかし、お前たちのお陰で駆逐艦の仲間が助かった、本当にありがとう。」「それは機長に行ってください。」「お前たちの二式大艇の搭乗員は全員助かったのか。」「はい、搭乗員は全員脱出できました。」「何か、含む言い方だな。」「はい、今回の任務は秘中の秘です、先ほども隊長から話してはいけないと言われています。」「私も確かに聞いた。」
「兄さま、これから話す話は厳秘中の秘ですので、聞いた事は直ぐに忘れて下さい。」「分かった。続けてくれ。」「実は墜落した二式大艇には、乗客がいました。その中に英男兄さまがいました。着水後に共に脱出をお願いし脱出する時間もあったのですが、英男兄さまと他の乗客の方は、飛行艇と運命を共にしました。」「本当に英男兄がいたのか、信じられない。海軍省の参謀将校で作戦立案の任務のはず。」「これが英男兄さまの階級章です。英男兄さまは、ラバウル基地に保管されていた金塊を運ぶ任務についていました。二式大艇が沈没確実となっても脱出を拒絶し、そのまま海底に金塊が入ったトランクを手錠で繋がれた状態で沈んで行きました。」「なるほど、この島の近くの海底に英男兄が眠っているのだな。」「はい、最後の言葉は、「父と母と妹を頼むぞ」でした。」「そうか、良く話してくれた、いつか英男兄を日本に連れ戻したいな。」「はい、それが私の生きる支えでもあります。」「うむ、そして今聞いた話は全て忘れた。」「有難うございます。」
「英幸たちは二式大艇に搭載された緊急用ボートで島に着いたと言ったが、あの暗闇で良く島までたどりついたな。」「はい、米軍機に追い回されている時に、島の存在は認識していました。ただ逃げ回っていたので、着水時は暗くて、島の方向が分からなくなっていましたが、偶然雲の隙間から夕日が見えた時に、島の位置を特定することができ、全員でオールを漕いで上陸出来ました。」
「それなんだが、ちょっとおかしいんだ。あの戦闘中に俺は甲板勤務で双眼鏡を扱っていた、駆逐艦の前方270度を監視していたんだが、夕日が雲の間から少しの間見えたことは認識していない。」「もちろん、爆風で海中に落とされた時に夕日が見えたのかも知れないが、あの雲の厚さではちょっと考えられない。」
「どういうことでしょうか兄さま」「これは仮定だが、お前たち搭乗員が見た光は俺たちが乗船していた駆逐艦の弾薬が爆発した時の光では無いだろうか。それこそ一瞬で沈んでしまったが、あの大爆発は大きな光を放っていた。間近で見たら爆発の光と分かるが、遠目では確かに夕日と勘違いすると思う。」
「北沢さん、何してるんですか。ゴムパチンコで鳥を採ろうしてな。」「そんな頑丈なゴムを良く持っていましたね。」「こういう時を想定して、飛行服に縫い込んでいるんだが、本当に役に立つとは。」
「で、採れたんですか。」「それが、ゴムの先端をうまく止められなくてな、おぅ、岩崎の木片に釘が付いているじゃないか。これならゴムを固定できる、その釘くれ。」「どうぞ、差し上げますよ。」「これで完成できる。機長これで肉が食えます。」「魚で十分でしょ。そんな悪態をつくなら、お前には絶対に分けないからな。」「じゃ、釘を返してください。」「うーむ。岩崎成長したな、おれはうれしいぞ。」
それから約1年半後、畑の実りと、海の幸、パチンコで仕留めた山の幸で、全員飢えることなく、米軍のすぐ隣でひっそりと戦場から取り残されたこの無人島で生活し終戦から約半年後に引き上げ船により、全員が無事に帰国を果たした。