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時代は先の大戦末期のラバウル基地での命令書開封

「岩崎大佐、ラバウルに到着しました。」「無線封鎖していましたので、これからラバウル基地に迎えを依頼します。暫くそこの建物でお待ちください。我々、水上艇搭乗員待機所です。」

「岩崎電信員はいるか。」「はい、ここに居ます、二式大艇を陸揚げして偽装させます。」「岩崎電信員は、大佐について搭乗員待機所に同行せよ、その後のラバウル基地へも同行すること。慣れない飛行基地なので、助力に努めよ。」「はい、有難うございます。」

「岩崎電信員、これから皆さまのお世話をさせて頂きます。宜しくお願いします。」「英男兄さま、荷物をお持ちしましょうか。」「いや、大丈夫だ。」「この待機所で暫くお待ちください、トラックを呼んでいます。」「英幸、ここはずいぶんと使ってない様だな」「はい、転進方針により、基地に残っている人数はそれほど多くは無いと思います。」「残っているのは主に整備員と基地防衛隊員だけで飛べる飛行機はもう無いと思います。今は自活するだけで精一杯だと聞いてます。」

「そんなものか、大変だな。」「米軍が戦力無しと見捨てた基地は、どこも似たようなものです。」「ただ、二式大艇到着は、米軍の知るところでしょうから、今日の空襲は大きいかも知れません。」「二式大艇到着が知られているのか。」「米軍は基地近くに観測所を設けている様で、離発着は即時に報告されているでしょう。しかもここはラバウル基地ですから、常時監視をされてると考えるべきです。

もし英男兄さまが暫くラバウル基地に居るようなら、二式大艇は空襲を避けるために近くの秘密基地に退避すると思います。」「トラックが来たようです。ここは水も食料も無く、すいませんでした。飛行基地なら、いろいろあると思います。実は私も始めて行くのですが。」

「はははっ、あまり頼りにならない案内人だな。」「英男兄さま、あんまりです。」「冗談だ、さあ乗り込もう。」「英男兄さま、私たちも大隊長からラバウル基地への手土産があるのです。トラックに載せても構いませんでしょうか。」「もちろんだ。」「有難うございます。直ぐに搭載します。」

「では基地司令に挨拶をしてくる、諸君らは暫く待っていて欲しい」「はい」岩崎大佐は司令室に入って行った。「基地司令殿、こちらが、横須賀から持参した命令書です。」「拝見させてもらおう。」「岩崎くんは、この命令書の内容を理解しているのかね」「いいえ、承知しておりませんが、想像は出来ております。」

「そうか、まあ大佐も読みたまえ、その後は焼却してくれ。」「大佐、まずトランク①を渡してもらいたい。」「はいこちらです。」「有難う、確認する。トランク①に入っているこの煙草は大佐の持ち物かな。」「いいえ、全て基地の皆さまへの手土産です。他の隊員のトランクと二式大艇の大隊長からも手土産を預かってきております。」「そうか、気遣い感謝する。」

「折角だ、全員部屋に入ってもらえるかな、ぜひ顔を見せてもらいたい。」「ありがとうございます、皆の励みになります。」大佐は扉を開けて、待機している全員に荷物を持って司令室に入るように指示を出した。「大佐から、基地隊員向けに諸君らが手土産を持参してくれたと聞いた、ぜひ披露してもらいたい。」

「みんな、トランクを開けて、中身を出して、司令室のこの空きスペースに置いて欲しい。」「はい、分かりました。」司令は、ひとりひとりがトランクの中身をだして、部屋に置いていく様子をしっかりと見ていた。最後に私が二式大艇からの荷物を出して終わった。司令は電話をかけて秘書官を呼んでいた。

「皆さんのお気持ち、基地を代表してお礼申し上げる。有難く頂戴します。」「ところで、これは何かな?」「はい、植物の種であります。青物が中心なので、すぐ育つと思います。」「そうか、これは本当に有難い。」と言いながら、種を少し取り出し、封筒に入れ、私の飛行服のポケットに司令自身で入れてくれた。「まだまだ危険な任務が多い、これは君のお守りとしなさい。」「はい、有難うございます。」と基地司令にお礼を述べる。「失礼します。」と秘書官が入室してきた。

司令は「二式大艇の機長を呼んできて欲しい、到着したら部屋で待ってもらいなさい」「それから、あの部屋を開ける、もう一人の鍵番にあの部屋に行くように伝えて欲しい。私も今からあの部屋に行く。」

「英幸、お前は玄関で機長をお迎えしなさい。」「はい、分かりました。」司令は怪訝な顔で「大佐はあの搭乗員と知り合いだったのか。」「はい、末弟になります。搭乗した機に偶然にも電信員として配属されていました。」「そうなのか、みんなには本当に無事に帰ってもらいたいものだ。」「さて諸君、トランクを持って私についてきて欲しい。」

地下の奥に護衛の兵がいる部屋の前に来ると、司令は首から下げていた鍵を取り出し開錠した。もう一人の中佐の階級章をつけた人も同じく首から下げていた鍵を取り出し開錠した。司令はやや緊張気味に「では諸君、中に入ってもらおう。」と言って、全員を部屋に招き入れた。

「命令書の内容を伝える。諸君らはこれから、ラバウル基地に備蓄していたインドネシア侵攻時にオランダから没収したり、オーストラリア侵攻に向けて、昭南から集めて置いた活動資金の金塊だが、このラバウルでは不要になったのでトランクに詰めて輸送して頂く。」「その後は再び二式大艇に搭乗してもらう。目的地は海軍省、細かい飛行ルートなどは二式大艇の機長が判断する」「まずは棚に置いてある金塊をトランクに詰めてくれ。そして司令室に一旦戻ろう。」全員が詰め終わり、棚の金塊がすべてトランクに収まった。

「諸君、一つのトランクは40kgになると思う、2つで80kg、大変な重量であるが、しっかり運んで欲しい。」司令室に全員が入室をすると「これで、トランクに鍵を掛け、封緘をして欲しい。」作業がひと段落したところにちょうど機長が到着した。

司令は機長と岩崎大佐以外は別室待機のこととし、3人になった時点で話始めた「機長、命令書の内容を伝える。速やかに日本に帰還すること、目的地は東京に近い場所が望ましい。」「そして機に同乗するのは、同じ隊員だ。ただし、トランクは各40kgの金塊が入っている。そこにある12個のトランクを運ぶことが任務飛行となる。」

「さて飛行プランはどうする、グアム・サイパン方面に敵機動部隊の存在が確認されている。フィリピン方面も敵機動部隊の情報がある」「すぐに出発し、パラオの水上機基地にて燃料補給し、夜間帯に危険地帯を一気に飛び越えます。」「分かった、岩崎大佐もそれで良いか。」「はい、宜しくお願いします。」「では荷物を急ぎ飛行艇に運ぼう。」

二式大艇が海面に戻され、トランクの搬入が終わった。多少の飛行食も積まれ、燃料も満タンにしてある、長距離飛行の準備が終わった。酒田機長が搭乗員を集めて飛行プランの説明を始めた。「まずパラオの秘密基地を目指し給油を行う。そこから夜間飛行で危険地帯を高高度で飛び越える。最終目的地は仮に横須賀とする。」

「もう一つ、搭乗員諸君はこれから異常な光景を目にすることだろう、だが余計な詮索はせず、自分の任務を全うして欲しい。では配置についてくれ。」機内では基地司令が最後の命令を行なっていた。6名の隊員の両脇にトランクを並べ、トランクと腕を手錠でつないで、そしてシートベルトを装着していた。

機長は岩崎電信員を呼び、「腕に40kgのトランク、両腕で80kgになる。それが手錠で繋がれた状態だ。そして横須賀に到着するまではこの状態となる。彼らは自分で食事もとれず、トイレにも自力では行けない。小まめに声を掛けて、しっかりと面倒を見てやってくれ。彼らはきっと我々に迷惑を掛けないように我慢をするだろう。

それは余りにも気の毒だ、いざとなれば岩崎大佐の指示でやっているなどと臨機応変に対応するように。」「はい、分かりました。」「エンジン回せ、離水する」

「機長、これは良くないですね。」「そうだな、ラバウルからもらった天気図は質が悪いな」「とは言え、文句を言ってもしょうがないですよ。」

「分かっているよ北沢、副機長としてはどう考える」「一番安全なのは、雲の上に出ることですが、きっと8000m以上ありますよね。それに上昇している時間も勿体無い。」

「そうすると、雲の下の大雨を突っ切るか、下は大海原だし、多少の島はあるが島影は目視可能だろう。高度50mでどうだ。」「時間の余裕もありません、行きましょう。」

「岩崎電信員はいるか」「はい、います」「正面、分かるな。」「はい、デカいですね、」「回避も面倒だし、時間ももったいない、と言うことで突っ込むことにする。機体は大きく揺れるから、お前の兄さま含め搭乗者全員に連絡してくれ、雲に入る際は、ブザーを鳴らすこととする」「はい、全員に伝えます。」

「北沢、チャートを見ておきたいので、操縦変われ。」「承知」「直線方向に島があるな、少し左から行こう。操縦戻せ、北沢もチャート再確認」「承知」「機長、チャート確認しました。左方向承知です。」

「北沢、ブザー一発。雲に入る。」二式大艇内に、エンジン音に負けないブザーがなると同時に、雨が翼面を叩く音、機体が風にあおられる感じがする、雨雲に入った証拠だ。10分で抜けるか20分で抜けるか、こればっかりはよく分からない。まあ、酒田機長と北沢副機長なら30分でも楽勝の実力なので、揺れは気分的に良くないが、安心して乗っていられる。後部座席の隊員たちが心配そうにこちらを見ているので声を掛けに行く。

揺れた機内を歩きながら「大丈夫ですよ」と笑顔で声を掛ける。「どれくらい続くのか」の質問には、「大抵は15分位ですね、こればっかりはよく分からないです」と笑顔で答えると少し安心した顔になる。自分も始めての雲中飛行は、怖かったことを思い出す。

電信員の席に戻りヘッドセットを着用すると何の通信かまでは分からない少し感がある、機長に報告したいと北沢さんに伝える「機長、岩崎が連絡事項ありです。操縦変わります。」「おう、操縦任せる」「どうした岩崎、無線に少し感があります。」「内容は分かる訳ないか」「すいません、この状態ではわかりません。感の状態引き続き監視します。」

日本軍がこの海域に居るとは思えないし、居ても我々同様に、無線封鎖しているはず、であれば使っているのは米軍となる。米機動部隊の報告地点からは1,000kmは離れているはず。敵機がいたとしても艦上機で無く。大型機であろう。であれば足の速さと重装備の二式大艇の敵ではない。蹴散らせてやれば良い。

「機長、そろそろ出そうです、出たところで操縦戻します」「分かった。」雨雲は抜けたが、低い曇り空だった、さっきまでのギラギラ太陽は雲に隠れて見えない。

「英幸、ちょっと良いか」「はい、大佐殿」「悪いんだが、今から言う文を、私の指示で送信してもらいたい、今のうちに暗号化して欲しい。」「わかりましたが、機長の許可が必要なので、機長に確認して良いですか」「もちろんだ、英幸、文は、「発特岩崎着ラバウル司令、命令は失敗せり、命令は失敗せり」だ、暗号化と機長の確認をもらって欲しい、送信の指示は私か機長が出すこととする。英幸、準備急げ。」「はい、大佐殿」

「岩崎電信員」「はい機長」「無線はどうだ」「特に感ありません。」「岩崎はどう見る」「はい、機長無線封鎖の可能性が大きいと思います、静かすぎます。」「あと機長、岩崎大佐が、この電文を必要になれば送信したいと申しております。確認願います。」

「うむ、確認した、岩崎、心配そうな顔をするな、周りも心配になる、お前の飛び切りの笑顔でいろ、だいたい、操縦士は誰だと思っているのだ、岩崎に心配される操縦士だったかと思うとがっかりだぞ。」「機長、そんなことはありません。機長の技量は私が良く知っています。」「はははっ、冗談だ。お前も笑え。」「はい、岩崎電信員、元気いっぱいであります。」「良し、引き続き任務に集中しよう」

「北沢、予定時間を少し超過しているな、パラオ水上基地到着は日没後になりそうだぞ。夜間着水はお前に任せるぞ。」「お任せ下さい。パラオ水上基地は、私の庭です。夜間離着水は何十回と経験済みです」

「機長、岩崎電信員です、無線感ありました。結構近いと思われます。」「分かった、後部員に警戒厳にせよと伝えて置け」「北沢、お客様かもしれないぞ」「こんな辺鄙な場所にですか。まあ、大丈夫です。隠れられる雲はたくさんあります。先に発見できれば。絶対に逃げ切ります。」

「敵機発見、機数4、いや5、複座の艦上機です。」「機長、やっぱりラバウルから狙われてましたかね」「というより、米軍の輸送船団の護衛空母の行動空域で、見つかってしまったというべきだろう」「隠れ場所の雲は十分、相手が戦闘機では無く、SBDドーントレスなら、楽では無いが大丈夫、相手の燃料切れまで遊んでやります。」

機内にブザーが鳴って、敵機の来襲を伝える。「岩崎電子員、大佐に状況を伝えくれ、30分でも60分でも粘りますとな。」「はい、伝えます。」機体を水面ギリギリで飛行させ、相手の攻撃する意思を確認する。諦める気は無いらしく二式大艇の後部に取り付いて来た。即時に後部機銃が発射され、1機撃墜、1機大破で煙を吐きながら戦域を離脱する。

それでも残りの3機は、後部に取り付き機銃を撃ってくる。戦意旺盛の様だ。「機長、被弾を避けるため雲に入ります。」

「岩崎電信員、これから操縦が荒くなるから、大佐達には何かに掴ってもらえ、90度くらいの角度は付けるぞ。」「はい、伝えます。」その後は雲に入ったり、出たりしながら、機銃照準に敵機機体を予測・誘導して2機を撃墜した。

30分近く経過して、5機中4機を落とされて、残り1機になっても、米軍機は諦めない、しかし後部機銃の残弾は残り数回で弾切れだろう。相手もそろそろ空母に戻る時間限界だろう。そろそろ戦闘が終わると予感した。

そんな時、雲から出た正面に敵機がいたので、正面機銃で敵機の片翼を吹っ飛ばす。敵機のガソリンが翼面から噴き出している。いつ火を噴いてもおかしくないし、これで退避をするだろう。勝負あったと思ったが、敵機が反転しながら、二式大艇に突っ込んで来た。

「自爆攻撃、回避できません衝突します。」正面からの衝突は避けられたが、敵機は右翼に激突した、4番エンジンと翼を吹っ飛ばされた機体は、不安定になる。「ダメです、着水します。操縦は北沢が貰います。」海面は白波が立っている状態で、二式大艇の着水限界を超えている。全てのエンジンを切って、片翼滑空の状態で着水準備に入る。機体は斜めになってバランスを取っている。

「機長も何かに掴まって下さい、着水します。」北沢さんは残った片翼の先を海面に突っ込んだ。機体は突っ込んだ片翼を中心に海面で回転を始め、一回転半で止まった。左翼は全体にねじれている。

「北沢、海上滑走は出来そうか。」「機体を止めるために残った右翼も曲げてしましました。微速なら滑走可能ですが、フロートからの進水が始まってますので、島まで持ちません。」「仕方ない、緊急脱出だ。」

着水の衝撃はフロートを大きく破砕したようだ、海水が入って来るのが分かるが沈没までは時間が十分ある。直ぐに全員で脱出の用意を始める。非常用ボートを海面に投げたり大忙しである。

機長は岩崎大佐に向かい、「浸水が始まりました、非常用ボートで脱出しましょう。先ほど島影を見ました、二式大艇の非常用ボートなら、全員搭乗可能です。この飛行艇はあと5分位で沈みます。脱出の時間はあります。急ぎトランクの金具を破壊しましょう」機長はデカいカッターのボトルクリッパーを手にしている。「これならトランクの取っ手の金具が切断できます。12ヵ所は1分もあれば大丈夫です。どうか脱出に同意してください。間に合います。北沢渾身の操縦で脱出の時間が取れました。」

「有難い申し入れだが、謹んでお断りする。英幸は居るか」「はい、ここにいます」「先ほどの電文を送信しなさい。」「兄さま、搭乗員は生存の可能性があるなら、それに掛けます。どうか機長の言う通りにしてください、ここは飛行艇、乗員である以上、大佐であっても機長の指示に従う義務があります。」

「英幸、この荷物を運ぶことはもはや不可能であれば、電文の送信は行って欲しい。」機長も荷物は運べないことは分かっているので頷く。私は、送信機で用意した電文を送信する。そして送信機の処分を始める、暗号書一式と送信機を袋に詰めて、厳重に入口を縛る。

機長は必死に説得している。「大佐、機長である私がここで6名を見殺しにしたら、一生の後悔を背負います。どうか金具を切断させて下さい。」大佐は機長に一礼をして「機長有難う。機長もどうか脱出をして欲しい。」私は送信機一式を一抱えにして、手錠の片方を送信機一式に取り付けた状態で「英男兄さま、私も同行します。」

「英幸何をしているのだ。」「送信員は敵に暗号書、送信装置を奪われない様に、海底深く運ぶ義務を負っています。」「何を言っているのか、分からない。」「ですから、英幸は送信機一式を抱えて、兄さまと一緒に海底に参ります。」「機長、そういう規則なのか。」「はい、敵の手に渡らないことが確実でない場合は、岩崎電信員に行動を命令します。」

「はははっ、現場ではこんな運用をしているのに、参謀将校は何も知らないとは、本当に恥ずかしい。」「どれ、英幸、その手錠がどれほど頑丈なのか確認させて欲しい。」「はい、兄さまこれです。」「ちなみに鍵はどこにあるのかな。」「そんなものは有りません。手に掛けてお終いです。」「なるほど、ではこれでお終いだな」と言うと同時に、兄の右腕に2本目の手錠が掛った。

「これで、この送信機は海底に沈み、敵に渡ることが無い。英幸も脱出の準備を急ぎなさい。」「さあ、参謀将校諸君、恥ずかしいところを見せてしまった。これ以上機長に迷惑を掛けない様に、最後の乾杯をしようでは無いか。」

「機長、英幸、最後のお願いだ、我々に最後の水を飲ませてくれないか、両手でお椀の形を作るのでそこに水をついで欲しい。どうか宜しく頼む」「機長と私は水筒を取りに急ぎ席に戻る。」そして、お椀の形を作っている参謀将校に水を注いでいく。兄の分を注いだ時、小さな声で「父と母と妹を頼むぞ」と言われた。大佐はスッキリした笑顔で「この飛行艇の搭乗員の安全な脱出を祈って乾杯しよう」

「乾杯」機長は黙って、両手を合わせていた。私は何のことか、さっぱり分からず、ただ満足そうな参謀将校を見ているだけだった。「岩崎電信員、手を合わせて見送ってあげなさい」機長に促され、手を合わせていると、参謀将校が苦しみだした、一人、また一人、そして英男兄さまも。「青酸カリだよ。少しの苦しみで済むらしい。溺死ではあまりに気の毒だからね。みんな、初めから覚悟していたんだね。さあ、俺らも急いで脱出しよう、水が膝まで来てしまった。」

私は思わず、英男兄に近づき、大佐の階級章を引きちぎった。「機長、英男兄の奥さまに遺品として持って行って良いですか」「もちろん、そのためには、岩崎自身が生き残らなければならないな。」「そうですね、絶対生きて戻ります。」「それでこそ搭乗員だ、しかし日本までは遠いぞ。2人分だ、頑張らないとな」

「機長、早く脱出してください。渦に巻き込まれたくありません。」「今行く、岩崎電信員も一緒だ」「こっちも搭乗員全員無事です」「機長、すいません、少し私に時間を下さい。必ず脱出します。」「分かったが、無茶するなよ。おれは先に脱出して艇から少し離れているからな。」

私は艇内の備品の針金を持ち出し、6名の士官の手錠を繋いでいく、艇内に残れるように、艇内のでっぱりにもひかっけておく、これなら船を沈んでも海底でバラバラにならないでみんな一緒にいられるだろう。最後に兄さまの腕に余りの針金でグルグルまいておく。

後は艇の沈め方、艇首から逆立ちで沈めたい。艇首の回転機銃のガラスをハンマで割って海水を入れる。うまく艇首から逆立ちになりそうだ。これならみんな淋しくないでいられそうだ。

機長が渦を巻き始めたから、脱出しろと叫んでいる。確かに腰上まで海水が来ている。一度は渦に飲み込まれたが。浮上して機長と一緒に非常用ボートに乗り込んだ。「機長、彼らは。」機長は黙って首を振る。「岩崎、すまん。もう少し俺がうまく機体を扱えれば、水上滑走が出来る着水が出来れば、全員助かったのに。」

「北沢さん、有難うございます。敵機の自爆で片翼を飛ばされ、波高4~5mに着水出来たことが奇跡です。普通なら着水時に機体は真っ二つに折れてるはずです。おかげで兄と最後の話も出来ましたし、見送ることも出来ました。本当に感謝しています。納得はしていませんが、後悔もありません。」

「悔しいな、でもお前が無事で良かった。ありきたりな言い方しか出来ないが、兄の分もお前が生きろよ。」緊急避難ボートに乗って一息だが、辺りは暗くなっていた。「すいません、島が近くに有ったはずなのですが、緊急避難ボートの備品を全部投げちゃったので機位喪失です。」「機長すいません。参謀将校を迎える場所を確保するつもりで、備品は全部海に投げちゃいました。」

「北沢、お前の判断は正しい。とはいえ島影を見つけないとな。」全員で海上を目を凝らして島影を探す。「あっ、あっちに光です。」誰も方向が分かっていないで、声の方向を向く。そこには明るい光が水平線に沈んで行く光景と、その光に浮かぶ島影だった。

「ちょうど、雲の切れ間があって、太陽の光が見えた様ですね。助かりましたね機長、島影は近いです。全員で漕げば2時間って感じです。」「さあ、みんなオールを持って漕ぐぞ、海流に流されるとまた分からなくなるから、あと2時間必死で漕げ、大丈夫、助かる。」

「北沢は船の先で水深をチェックしてくれ。座礁なんてしたら、緊急ゴムボートはペシャンコだからな。」「承知です、岩崎も手伝わせて良いですか、こいつの視力はバカにできないので、先頭で漕いでもらって、島影をロストしない様にします。」「任せた。さあ、俺たちは力合せて漕ごう。飛行服が濡れたからと言って脱ぐなよ。南方でも夜は寒いぞ」

「岩崎、島影をロストしたら、即申告しろよ」「大丈夫です、雲も取れてきたようで、はっきり認識出来てます。」「お前、本当に見えているのか。」「はい、もちろん」「しかし、操縦士より視力良いとか、おかしくねぇか」「田舎者ですからでしょうか。」

「北沢さん。一応何ですが、敵が確保している島の可能性、上陸ポイントの見極めはどうしましょうか。」「敵がいるなら、諦めるしかないな。上陸ポイントは、砂浜がベストだな、岩崎は見えるか。」「可能ですが、搭乗員は海水を浴びてます。体温の低下もあるので、多少の岩場でも突っ込みますがいいですか。」「その意見には同意だ、とは言え夜中に泳ぎたくは無いぞ。」「はい、分かりました。」

島に近づくと、海岸線の様子が見えて来た、砂浜と分かり、そのまま直進して。何とか上陸出来た。

機長から「岩崎、ご苦労様」の後、全員が横になって休んだ。横になりながらも、機長が「誰が無人島に不時着した経験があるものはいるか、火を起こせる道具を持っているものはいるか、各自武装を申告」と指示を飛ばしている。結果は拳銃と小型ナイフが少しだけ、水筒も人数分は無かった。

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