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アルルーナ、本を選ぶ

ユナの家は古くに東海諸島から移り住んだ一族といわれており、それを裏付けるように髪は黒のストレートだ。

正直に言ってうらやましい。特にストレートなところが。

「ご機嫌よう、アルル。今日も縦ロールが絶好調ね」

「ご機嫌ようユナ。あなたこそまた背が伸びたのではなくて?そろそろあだ名がカイセン教会になるわよ」

普通の令嬢同士がこんな会話をしていたら仲が悪いのかと思うだろうが、私とユナはとっても仲良しだ。

思ったことをすぐ口に出して良い相手というのは得難いものである。


ユナはスラリと背が高く、ストレートの黒髪がさらにそれを引きたてている。私が昔「紫のルピナスに似ている」と言ったら気に入ったようで、自分の小物などにはルピナスを意匠に取り入れている。

そういうところがかわいいのだ。


「ところであなた婚約破棄したんですって?」

「どういう情報網があれば、この速さでその情報を掴んでくるのよ」

そしてこの女はかわいいだけではなく怖い。

様々な情報を尋常ではないスピードで掴んできて、私に関係しそうなものを即座に教えてくれる。

それはマツリカ家の密偵が超優秀だからだそうだ。

密偵といえばマツリカ家、と知っている者も限られるほど存在を悟られない、凄腕の密偵を揃えているため、魔術を使っているとすら噂される。

ユナの表向きのあだ名は「星夜のルピナス」だが、裏では「遠耳の魔女」と揶揄する者もいる。


「私だってさっき知ったのよ?マツリカ家だけは敵に回したくないわね」

「その件だけど、あのバカ王子が今晩ここを襲おうとしているわよ。スラム街のあらくれを集めているやつがいる」

「今晩!?その行動力を政治に活かせればよかったのに」

「あんなのがこの国の政治を握るなんて勘弁してよ。行動力以外にも頭のつくりとか問題山積でしょ。今日の計画だって、アルルを誘拐して婚約破棄を撤回させるよう脅すことで、婚約破棄と廃嫡をナシにするっていうアホアホ作戦なのよ」

「私を誘拐・拷問なんてしたら、さすがの元王子でも良くて終身禁固刑でしょ。なんで私が脅されて言われるがままにすると思うのかしら?誘拐だってバレるし」

「元王子の周りは書籍館の扱いに納得していない考えの人間が多かったから、

『書籍館なんて王家の力で握り潰せる』程度にしか考えてないのよ。おそらく悪事を唆してるメイサン侯爵令嬢もそう」

ユナはこの婚約に関しては決まった時からずっと怒ってくれている。

見てくれは良いけれど勉強嫌いで女好き、そんな噂の立つ男はアルルに相応しくない!と不敬罪でしょっぴかれそうなことまで言っていた。


「まあ興味のない人からしたら書籍館なんてただの大きな書庫だものね。うちの人間は他の貴族のように茶会や夜会に頻繁に出たりしないし。家名がないのも下に見られる理由かしら」

そう、私には家名がない。

『書籍館のアルルーナ』と言えば通じるから、うちの一族はずっとそれでやってきた。

平民のように家名がないために、貴族扱いしない人もいる。

まあ下に見られようがどうでもいいので、あまり気にはしていないのだが。


「陛下も抜けてるのよね。書籍館との繋がりを強めようとして、アルルを息子の嫁に……っていうのは、貴族なら正解だけど、あなたたちにはそぐわないやり方よね」

「本を沢山寄贈していただくか、寄付金を頂いた方が今の百倍は王家に信頼を置けたのだけどねえ」

「それにアルルはまだ15歳なのに」

「1年も婚約はもたなかったわね」

まあそんなものだろうとは思っていたが。

まさかそのまま自分が本当に王妃になるとは思っていなかった。

祖父は王妃も良いと思っていたかもしれないが、祖母や父はだんだん居心地の悪くなってきたアガート王国の貴族社会に見切りをつけるかどうかの、試金石に私を使ったのだと思う。

結果としてこうなったので、私が明日リトゲニア王国に向かわされるのも、アガート王国に属する立場をやめてリトゲニアに鞍替えしようと祖母達が計画しているのでは、と私は考えている。



「それで、どうするの?ここの警備じゃあらくれ達を防ぎきれるとは思えないのだけど」

「あら?マツリカ家のご令嬢でも知らないことがあるのね。知識を守るためならなんだってするのが私達一族よ?」

「まさか、私の知らない罠や武器が館に……?」

「失礼、お嬢様すこしお耳を」

ユナの従者であるコハクが、ユナに何かを耳打ちしている。

コハクは短い髪の後ろを刈り上げた線の細い男である。

護衛も兼ねているとの事で、そんな細さで護衛が勤まるのかと思ったのだが、レイザンに聞くと「彼とは戦うことになりたくないですね……」とのことだったので、強いのだろう。


「アルルーナ、あらくれは一旦は集まったけど、書籍館を襲うと聞いて解散したらしいわよ」

「あらよかった。これで安眠できるわね」

「むしろ声をかけてきた元王子の部下たちをボコボコにして治安部隊に引き渡したそうだけど」

「それは少しかわいそうね」

「どういうことなの?アルル」


「どうもしないわ。スラム街では書籍館の事業として定期的に学習教室を開いているの。子供には基礎教育を、大人には職業訓練をと分けてね。知識さえあればちゃんと働ける人たちなのよ。一部はどうしようもない人もいるけど。」


「なんでそんな事業を?まるで教会の慈善活動じゃない」

「それに近いわね。スラム街を卒業して仕事を得られた人たちが、お礼として寄付をくれたりするのよ。でも、本当の目的は知識を守ることなの。人の頭の中の知識は奪えないでしょう?だから、人に書籍館の知識を広めることで守っているの。本なんて燃えたら終わりだから……」

「なるほど、書籍館はスラム街の人たちに愛されているのね。だからあらくれたちも手を出したがらないと」

ユナは納得したように頷いている。

「えーと、それもあったらいいなとは思うのだけど……エリオ・バルバリッサって知ってる?」

「知ってるも何も、バルバリッサ商会といえばこの国で一番の豪商じゃない。彼が何?」

「これは秘密なんだけど、彼はスラム街の出なの。元々頭が良かったのか、学習会だけじゃなく書籍館に通い詰めて勉強したと聞いているわ。商人として成功してからもうちによく相談に来ているし、寄付もたくさん……それはおいといて、彼は今スラム街にも強い影響力があって、酒場や風俗店の護衛にあらくれを使ったりしてるのよね。だから、書籍館に害をなしたらまずバルバリッサ氏の怒りに触れてしまうわけ」


ユナは椅子の背もたれに体をもたれさせて、ため息をついた。

「コハク、夜の街の事情とかそういう情報は私に入れないようにしていたわね?」

「……申し訳ありません。旦那様より、年齢に応じた情報をと言われておりますので」

「普通に生きてたら必要ない情報よ。ユナ」

コハクが責められるのは忍びなく、かばうように言い添えた。

何せまだ15歳の令嬢だ。風俗店なんか存在も知らなくたっていい。

「コハクには父様の命令より私の命令を優先させるよう教育し直さなくてはね」

「怖い顔しないで。だから魔女とか言われるのよ」

「まあいいわ。アルルに害が及ばないなら……数人の刺客くらいなら、レイザンが倒してくれるものね」

「そうね。それに私、明日からリトゲニア王国に逃げるし」

「それは聞いてないわよ!」

珍しく取り乱すユナを見ることができて、私はたくさん笑った。

コハクはあとでまた怒られるだろうが、さすがにうちの食堂でついさっき話していたことを把握しろと言うのは酷だろう。

私が旅に出ることを聞いて、ユナはとてもとても寂しがってくれた。

毎週手紙を書くことを約束させられ、今日の茶会はお開きとなった。



ユナが帰ったあと夕食まで少し時間があったので、明日から読むための本を選ぶことにした。

まずカイセン教についての本を探そう。

宗教関係の書物がまとめられた本棚に向かう。この本棚の分類も書籍館が誇るところだ。


すべての本は10種の類に分けられている。総記・哲学・宗教・社会科学・言語・自然科学・技術・芸術・文学・地理歴史の10類だ。さらに各類は綱に分かれ、綱もさらに目に分かれる。そしてすべての本には分類に応じて番号がふられており、管理簿に記録されている。

宗教の棚だけでも気が遠くなる分量があるが、残念ながらカイセン教についての本は少なく、さらにほとんどが東海諸島語で書かれていた。

アガート語は大陸共通語の方言みたいなものだから、他の言語を学ぶ必要があまりないので別言語に触れる機会が少ない。

東海諸島語なんて特にマニアックなので、私はまだほとんど読むことができない。本が多く出版されているテザネス語はある程度読めるのだが。自分の勉強不足が憎い。

なお、父と祖母は東海諸島語も読める。


「レイザン……この本のタイトルを訳してもらえるかしら?」

「ええと、『サンドラ大陸におけるカイセン教の拡大史』ですね」

「この単語が『カイセン教』?」

「いえそれは『サンドラ大陸』ですね」

文法が全く違うようだ。これは習得に時間がかかりそう。燃えてきたわ。

明日からはレイザンとカンナとの三人旅なのだから、たくさん東海諸島語を教えてもらおう。

そう考えて、今は全く読めない『くらしのなかのカイセンきょう』という子供向け絵本を持っていくことにした。

さっきの本もいいけど、難易度が高いし、知りたいのは教義の方なので近いものを選んだ。


東海諸島語を習得するために辞書がいるなと思い、言語の棚に向かう。

「レイザンはどうやって大陸共通語を覚えたの?」

「東海諸島では、大陸共通語を覚えるための塾があるんです。でも実際に暮らしてみるのが1番覚えましたね」

「あなたもカンナも、かなり流暢に喋るわよね。その塾ではどんな教え方をしているのか参考にしたいわ」

「たいして特別なことはしていませんよ。私とカンナは両親も大陸共通語を喋れたので、よその子供より覚えが早かったとは思います」

そういえばカンナが、自分の父親も昔大陸を旅していたことがあると言っていた。その経験があったので、自分の息子と娘も旅に出ることを認めたらしい。

なんでも、東海諸島のことわざで『かわいい子には旅をさせよ』というものがあるそうだ。

「明日からの旅、レイザンとカンナには良かったのかもね。大陸をまわる予定だったのに、うちにひきとめてしまっていたし」

「いえ、私もカンナも自分で決めたことですから。それに、書籍館には興味があったのです」

東海諸島はあまりに遠く、書籍館の存在が伝説のように語られているらしい。なんでも、『どこまでも大きく果てのない書庫があり、本の妖精の案内無しでは二度と出られない迷宮』だそうだ。

それを聞いたとき、レイザンは「あながち間違いではなかったですが」と言って笑った。


言語の棚で東海諸島語の辞書を探した。しかしなかなか良さそうなものがない。

東海諸島は大陸の東海岸から船で早くても5日かかる場所にあり、僻地も僻地なのだ。そんな僻地の言葉を覚えようとする人間は少ない。

「逆に東海諸島で使われている大陸共通語の辞書のほうがいいのかしら……」

「それは辞書として使えないのでは」

もっともだ。冷静な人間がいてくれて助かる。


「お嬢様、もしよろしければ私が辞書になりますので」

「あら……そんな、悪いわ。護衛としてのお給金しか払ってないのに」

「お嬢様の護衛は暇ですから」

レイザンはそんなことを言うが、そうなったのもここ最近、レイザンが来てからの話だ。

書籍館には価値のある本がたくさんある。つまりは目に見える資産もたくさんあるのだ。

兄や私は誘拐されかけたこともあるし、また書籍館を取り込みたい外国の刺客などもいた。

幸い母を中心とした警備が優秀だったため大事に至ることはなかったが、それでも少しずつ消耗させられていた。


そこで2年前のある日、父がめったに着ないよそ行きの服を着て私に言った。

「アルルーナ、君の護衛を探しに行くよ」

馬車に乗って連れて行かれたのは、王都のはずれにある闘技場だった。

そこでは剣闘士大会が開かれており、多くの貴族が見物に来ていた。

大会で優秀な剣士は貴族の護衛として雇われたり、また領軍に加えられたりする。まれに国軍から声がかかることもあるそうで、参加者の熱は非常に高い。


「僕から離れないようにね」

「はい、お父様」

父の腕を取り歩いていたが、とても人が多く、また次の試合が近いのか、皆歩くのが早い。

外れた石畳につまづいて靴が脱げてしまい、直していたら父を見失ってしまった。

当時13歳。小さな子供ではないので泣き叫ぶようなことはしなかったが、途方にはくれていた。

おそらく運営委員会のようなところに行けば、はぐれた父もそこへ向かうだろうが、それがどこで今どこなのかが人混みでわかりにくい。

こういうときは誰かに聞けばいいのだと、周りを見渡したがちょうど選手の入れ替え時間に当たったようで、屈強な男性ばかりで躊躇してしまう。



視界に入った中で、目に止まったのが黒い長髪だった。

背が高く、目立っていたというのもある。

「あの、すみません」

声をかけると振り返ったその人は、予想より若い青年だった。

「はい?俺ですか?」

「私、人とはぐれてしまって……大会の運営本部はどちらかわかりますか?」

その人は、背の低い私の目線まで屈んで答えてくれる。

「今はぐれたばっかりですか?その人の名前は?」

「えっと……わたしの父で、ジュダといいますが」

なぜそんな事を聞くのか?と、不思議に思っていたら、その人はすっと立ち上がり、


「ジュダさーん!!お嬢さんはここですよーーー!!ジュダさーーん!」


と、よく通る声で叫んだのだった。

周りの人がこちらを見るので、恥ずかしいやらびっくりしたやらで顔が真っ赤になる。

しかしおかげで父はすぐに気づいてくれて、無事に再会することができた。


「ありがとうございます、あの、お名前は……」

お礼をしなければと思い、黒髪の青年に声をかけると、

「レイザンです。良かった。もう、はぐれたらだめですよ」

そう言って笑ったのだった。



それを見て私は、さっきよりもひどく真っ赤になってしまった。


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