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アルルーナ、報告を受ける

食堂に行くとちょうど昼休憩の鐘が鳴り、書籍館の職員がパラパラと集まってきた。

ここの職員は、図書の清掃・修復を行う修復士、文書の写しを作成する写手、図書の新規購入や相談依頼への手数料請求をする財務官など、本を買い漁っては読むだけの我々一族を補佐してくれる有能なメンバーが揃っている。


「アルルーナお嬢様、大変そうでしたね。ユリス博士の声が館中に響き渡ってましたよ」

「うるさかったでしょう?仕事の気が散るわよね、ごめんなさい。お静かにって言ってるんだけど」

声をかけてきた修復士の女性は、笑って答える。

「謝らないでくださいな。私はお嬢様が心配なんですよ。レイザンさんが護衛だから危ないことはないと思いますけど、お仕事は選ばれてもいいんですよ」

「ありがとう。次は考えておくわ」


レイザンは剣闘士大会で見つけた強者で、一度書籍館に入った盗賊グループを一網打尽にしたことがあり、職員からも一目置かれていた。

私は父とその大会を見たのだが彼の剣技はとても美しく、そして見たことがない型だった。

この大陸のはるか東にある東海諸島から来たため、大陸の文化に馴染みがないと言っていた。

東海諸島の剣技について本では読んでいたが、やはり実際に見るのは全く違う。


このあたりでは珍しい黒髪も目をひいた。

大陸南部の方に行けば黒髪も多いが巻髪がほとんどで、レイザンのようにさらりと長い黒髪はなかなか見ない。

私もあんな髪だったら良かったと思うことがある。

まるで巻物を頭にくっつけたような自分の髪を見やる。

何度見てもすごい髪だ。

底をつければペン立てになって便利かもしれない。



ボーッとそんな事を考えていたら、食堂の端の私達家族専用席に向かってくる影がある。

この精気の感じられない影はと思い、よく見たらやはり父だった。

「やあ我が愛しのアルルーナ。先程は大変だったね。レイザンが来たときに僕も行こうかと思ったんだが、アメリアに止められてね」

アメリアとは私の母だ。

確かに、父ではユリス博士は止められないだろう。

止められる未来が見えない。

毎日娘の私より少ない食事を食べ、寝る間を惜しんで本を読むために常にフラフラの父には私でも勝てる気がする。


「お父様はそろそろしっかり睡眠を取るべきだと思いますわ」

「アルルーナ、人はね、年を取るごとに睡眠時間が短くなるらしいんだ。だから今の睡眠時間でも徐々にこれで十分になるはずなんだよ」


そんなことをのたまう父の後頭部がスパーン!といい音を立ててはたかれた。

「ジュダ、娘に呆れた目で見られるようになったらおしまいですよ」

「母様扇子の骨が当たったんですが……血が出てるかも……」

「お祖母様、お父様は最近髪の毛が薄くなってきているのですから、頭は叩かないであげて下さいまし」

「父は扇子の一撃より傷ついたよアルルーナ」


今この家にいる家族3人がテーブルに揃った。

ちなみに兄のジュリアスは、書籍館に世界中の本を運んできてくれるキャラバンに同行して世界一周の社会見学に出ている。

先日の手紙では大陸南端のエール岬にいるとあったから、一年くらいしたら戻ってくるだろう。


今日のランチは北海の白身魚をバターと香草でソテーしたものと、黒にんじんのピクルス、レタスのサラダに、ふかふかのパン。

これは父達が食べる暇を惜しんだとき、全部パンに挟んで食べれるように考えられている。

私はバラバラに食べるのが好きなので、あまりそういうことはしない。

カリッとバターで揚げるように焼かれた身がしんなりしてしまうのが嫌なのだ。


「そうそうアルルーナ、あなたの婚約者だけれど」

お祖母様が優雅な手付きでパンをちぎりながら、予想外の話題を口にした。

そういえば私には婚約者なんてものがいた。

朝起きてから今まで思い出すこともなかったが。

ちなみにその婚約者はこのアガート王国の第一王子である。

名前は忘れた。


「殿下が何か?」

「彼は最近とある令嬢に入れあげているらしいじゃない?」

「メイサン侯爵のご令嬢ですね。とても美しい方ですよ」

「それであなたとの婚約を破棄したくなったそうなのよね」

「ああ、まだ直接は言われておりませんが……陛下がお祖父様に頼み込んでの婚約でしたので、殿下からの婚約破棄は難しいということで、私に非があるように工作をされている途中だと噂を聞いておりますが」


祖母と父が食事の手をとめ、顔を見合わせる。

「そこまで知っているとは思いませんでしたよ、アルルーナ。なぜ私に相談しなかったのですか?」

「いえ、あまりにもお粗末な工作なので、おそらく建国記念祭の夜会あたりに陛下の前で私を糾弾する予定なのでしょうが、逆に陛下に怒られればいいなと思って楽しみにしておりました」

「なるほど、それはそれで見たかったかもしれない。さすが私の娘だよ」

「それも面白そうですが、私の孫娘を衆目の前で糾弾などさせません。先程あなたの婚約をこちらから破棄しましたので、報告しておきますね」


自分の婚約の事だが、そう聞いても「はあそうですか」としか感想がなかった。

付け加えるとすれば、もうあのバカ王子と関わらなくて良いのは嬉しい。

「陛下は納得されたのですか」

「非常に惜しまれていましたよ。あなたを娘にしたかったと仰っていました。第一王子は廃嫡されて第二王子が王位継承順位1位になるそうです」


それには私もびっくりして、持っていたフォークを取り落とした。

「廃嫡?それはやりすぎでは?」

「アルルーナ。彼は君に相当な無礼を働いたんだ。僕達一家は許すことはできない。もし彼が王になったとき、書籍館はアガート王家からの依頼は一切受けつけないだろう」


そこまで言われて納得した。我々は王立の機関ではない。

書籍館はアガート王国の片隅に建っており、数代前の館長がアガート王家と交友があったためそのままこの国に属しているが、どの国からでも依頼があれば応える。

アガート王国は書籍館の知識を得やすいという地の利があった。

それゆえに恵みの少ない北の山岳地帯においてでも、大陸で1・2を争う豊かな国になることができている。

それを無くすくらいなら、バカ息子に王位を継がせないほうが懸命だろう。



納得したので食事の続きを再開しようとしたら、まだ話は終わりではなかったらしい。

「ここからが本題ですよアルルーナ。第一王子が廃嫡になったことで、本人と件の侯爵令嬢があなたを逆恨みしているらしいのです。今朝の会議のあと、随分と言い争う声が王子の私室から漏れて聞こえたそうですよ。ああ、もう王子ではないのでしたね」

祖母は笑っているが、私は全然笑えない。

なんで恨まれないといけないのか。


「それでアルルーナ。あなた少しこの国を離れなさい」

「ええ……」

嫌だ。まだ読みたい本がたくさんあるのに。

「本は旅先で買って、読み終わったらうちに送るよう商会に頼みなさい。その分のお金は渡しますから」

「どこへ行けばよいのですか?私には伝手がなにもないですわ」

「本当はもう少し大きくなってから旅に出したかったんだけれどね。今回は婿探しの旅ってことで、僕が大陸中の知り合いに紹介状を書くから、好きな順に回ればいいよ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいお父様。婿探しの旅ですか?」

「そうだよ。僕もアメリアと旅先で知り合ったし、ジュリアスも社会見学と言いつつ嫁探しは目標の一つにしているよ。ユリス博士はちょっと馬鹿な女性が好みらしいけれど、僕としてはある程度賢くないと世間話すらできないから困ると思うんだよね」

「無理に相手を見つけてこいとは言わないわアルルーナ。名目上そうしておけば、いろいろな方と顔つなぎがしやすいでしょう?でももしも気に入った殿方がいたら、全力で捕まえてくればいいわ」

「そんな恥ずかしい名目嫌です!」


「名目は何でもいいのよ。アルルーナ、あなたいま命を狙われているのよ。まずあなたを国外に逃がして少しでも安全にしたいの」

「あと、私がここにいたら放火される恐れもあるからですね?」

「否定はしないわ。でも忘れないで、私達は本を守ってるのではなく知識を守っているの。あなたに何かあったら、それは絶版の本が燃えてなくなることとは比べられないくらい取り返しがつかないのよ」

お祖母様はいつも顔に浮かべている笑みを消し、真剣な顔で言う。

それほど危険がせまっているのか。あのバカ王子、もうなりふりかまっていないのだろう。


「わかりました。出立はいつですか?準備もありますので」

「今カンナに準備をさせているわ。明朝には出られると思うわよ」

思ったより早い。心の準備ができていない。

どの本を持っていこうか。何冊まで持てるだろうか。

「まずは隣国のリトゲニア王国に向かいなさい。僕の友人が王子の教育係で、一度アルルーナに会いたいと言っていたから」

「もう王子は懲り懲りなんですが」

とりあえず脳内でリトゲニア王国の地図を拡げ、有名な書店の位置と名物料理をリスト化した。



昼食後に少し仮眠をとり、リーズレーブ伯爵夫人の来館に備えた。

明日からの相談者は父と祖母で対応するのだろうか。

また父の睡眠時間が減ってしまう。旅先でも収入が得られるように何か考えたほうが良いだろう。

「お嬢様、お客様がお越しです」

レイザンの声にまぶたをひらき、揺り椅子から立ち上がった。

この揺り椅子ともしばらくお別れだ。

「さて、簡単な案件なら良いけれど」



「カイセン教徒のなりかた……ですか。教会に行ってお聞きになったほうがよろしいのでは?」

「行きました。でも断られてしまったのです。カイセン教徒は生まれながらのもので、なりたいと言ってなれるものではないと」

目の前には貴族としては質素な装いをした女性が座っている。

カイセン教とは、東海諸島で主に信じられている宗教で、大陸にも教会がチラホラと存在する。

大陸北部で主に信仰されているイスミト教、大陸南部のマズ教とで世界三大宗教と言われている。

カイセン教の教会は背が高いものが多く、街の中でも目立ちやすいのが特徴的だ。


「わたくし、もう死んでしまいたいと思っていたんです。でもイスミト教では自殺をしたら地獄へ落ちるというので、できずにおりました。それでも、地獄より今のほうがひどいとおもいまして、身投げしようと思い、カイセン教の教会はとても高くて良いなと考えたんです」

それはカイセン教にとっても迷惑極まりない話だ。

「夜にこっそり中に入ろうとしましたら、いないと思った見張りに見つかりまして、怒られると思ったのですが、何故か私を見張りの詰め所まで案内してくれまして、温かいミルクを出してくれたのです」

それはよっぽど焦燥した見た目だったので、そのまま帰してもまた忍び込みに来ると思ったのだろう。

「その見張りのかたは私の話を聞いてくれました。私は泣きながら話していたので、途中でハンカチも貸していただけました。こんなに優しくされたことは、結婚してからそれまで一度もありませんでした」


要約するに、リーズレーブ伯爵夫人は嫁ぎ先でいじめにあっていたらしい。実家はリーズレーブ伯爵に援助をされていたため、実家を頼ることもできず、ただ耐えるしかなかったとのことだ。

明日から婿探しの旅に出るというのに、全くやる気を削がれる話を聞いてしまった。『結婚は人生の墓場だ』という古い格言を思い出す。


「その方は、私にこう言いました。『あなたのご両親は、あなたが苦しんでいてもお金が欲しいと思うような人間ですか?そうでないのなら、離縁して実家にお帰りなさい。そのような人間なのであれば、そんな両親は捨てて離縁して何処かへ逃げてしまえばいい。平民になるのはお嫌ですか?私のように平民でも幸せに生きておりますよ』と」

「どちらを選ばれたのですか」

「……平民になることにいたしました。幸い、私が唯一心を許せる侍女の伝手で国外に勤め先がありそうですので、離縁ができ次第、できなくとも近々この国を出るつもりです」

そう言ったリーズレーブ元伯爵夫人の目は、もう迷ってはいないようだった。

「ただひとつ心残りがあるのです。あの見張りの方、再度協会を訪れた時にはもういらっしゃらなくて、何でも東海諸島にお戻りになったとか。一度お礼を言いたいのです」

「手紙を出すことなどはできないのですか」

「教徒でない者との連絡は禁じられているそうです。そもそも彼はカイセン教の僧で、教徒でない私と会話をしたために本国に戻されたそうなのです」

そうなのか。カイセン教については知らないことが多い。明日持ち出す本の中にカイセン教に関するものも入れておこう。

カイセン教徒であるレイザンにも確認したところ、たしかにそういう決まりとのことだ。出家した僧には様々な制限があるらしい。


「お嬢様、私から夫人にいくつか質問をしてもよろしいでしょうか」

「許可するわ」

レイザンが珍しく話に入ってきた。カイセン教についてはレイザンの方が詳しいので助かる。

「奥様、このあたりにあるカイセン教の教会で一番高いものはリシェ広場のものですが、そこの僧ですか?」

「ええ、背が高くて髪を短く切りそろえていて、年は30の半ばくらいに見えました」

「緑の胸章をつけていませんでしたか?」

「それは……ええっと……すみません、夜で暗かったのもありまして、よく覚えていません」

「目がギョロっとしていて、薄っすらとひげのある……」

「そうです!その方ですわ!」

リシェ広場のカイセン教会はレイザンもよく礼拝に行く場所だったらしく、その僧にも面識があるそうだった。

「それでは、私から彼に貴方の言伝をお送りしましょう。私はカイセン教徒なので問題ないはずです」

「良いのですか!ああよかった、これで思い残すことなくこの国を離れられます」


なんと、今回はレイザンが相談を解決してしまった。

彼女の最初の希望であった「カイセン教への入信方法」は解決できなかったが、根本的な目的が達成されたのでより良い結果になった。

夫人も大変満足されて帰ったので、私の旅立ち前最後の仕事は大成功で終わり、私も思い残すことなくこの国を離れられそうだ。


「おじょーさま、ユナお嬢様がお待ちですよ」

「そういえばまだ予定があったんだわね」

今回の仕事に対するレイザンへの報奨は何が良いかを考えながら、私は親友のユナが待つ茶会室へ向かった。



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