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 夢だ。

 今回は直ぐに、これが夢だと認識できた。

 それは刑場の臭いがしたからだ、久しく嗅いでいない、そしてもう二度と嗅ぐことのできない臭いが僕の鼻孔に突き刺さった。

 狂騒する人々が放つ独特の悪臭。君は知っているか? 熱狂した人間は信じられないような臭いを出す、腐った汗に沈めた鉄のような、小水と血を混ぜたような。

 僕は、ゴーストルールを抱きしめている。

 汗とフケの臭い、彼女は鰓の隙間から血を流し、瞬膜を下ろした眼球を剥き、慟哭している。

「よく見ろ、お前ら」

 首長がそう言って、ゴーストルールを僕から引き剥がそうとする。彼女は弱弱しく僕にしがみつこうとする。

 節くれだった指で彼女の自慢の金髪を掴み、強く引き、顔を上げさせる。

 そして舞台の上で黒曜石の閂で、ゆっくりと顎の海綿骨を摺りつぶされる両親を見せつけている。

「よく見るんだお前ら」

 僕らの両親が、処刑される。


「グラスキャノン!」


 名前が呼ばれて覚醒する。

 焦点が燻った世界、ただ暗いことだけがわかる。ゆっくりと三半規管が活動を始め、自分が横たわってることが知覚されていく。

 僕は寝ていた。世界は薄暗く、床が不規則に振動している。

 車内だ。

「起きたか」

 見慣れた顔、ロックカッターが、かがみ込んで僕を見下ろしている。

「僕は――」

「鉄砂深くに埋まっていた、俺と首長でサルベージしたんだよ」

 被せられていたアルミブランケットを破り、体を起こそうとする、だがロックカッターは優しくそれを静止する。

「寝ていろ、居住区にはまだまだ着かない」

 大人しく肩を落として、再び横たわる。そして眼球だけを動かして周囲を観察する。

6人乗り、共同体が持つ最後の大型ビークル、運転席に首長。三列目の座席には空だ。

「ジャングルピット、それとスティルダウンは?」

 ロックカッターは黙って首を左右に振る。

「赤い彗星は……」

「安心しろ、軌道上から逸れてない」

 ロックカッターの腕時計を見る。どうやら僕は二日ほどあの砂漠で眠っていたようだ。

 左手で、右腕に触れてみる。

 指屈筋周りのスーツが裂けている。鋭いカミソリで切り裂いたかのように……

 二枚刃の、振動するブレードを刺した痕だ。あの出来事は夢じゃなかった。

 僕は、地球の人間に会ったのか?

「二日間も地表付近で眠っていたのに、どうしてプローブに検知されなかったんだと思います?」

 ロックカッターはバツが悪そうに眼を逸らす。

「さぁな、運がよかったんだろ」

「本当に、地球人は僕らを監視してるんですか?」

 彼は顔を歪めた。不愉快そうに、煩わしそうに、汚物でも見るかのように。

「お前……あのさ――」

「ロックカッター、運転を代われ」

 首長が突然運転席から言葉を発した。

「今、ですか?」

「そうだ、今だ。早くしろ」

 ゲロを飲み込むような、不機嫌な表情を僕に見せつけ、彼は複座席の方へ消えていった。

 そして老人が、首長が主座席から移ってくる。

「首長」

 彼は僕の枕元にかがみ込み、上下逆さまに顔を覗き込む。

「何も言うな」

 わざとらしい冷たい声。焦りでひりつきそうになるのを、必死に抑え込んでいるような。

「地球人は、まだ僕らに興味を持ってるんですかね」

「11年前お前たちの両親は、そんな世迷言を共同体に吹き込んだ。その結果は……憶えているよな――」

 僕とゴーストルールがそれを信じて居住区を抜けだした。草の丘へ行き、夜空を見た。

そして星が堕ちた。

「――あの時、やはり一緒に処刑すべきだったか」

 僕は右腕を上げ、スーツの切れ目を見せる。

「三層アドラック繊維をまるで紙のように引き裂いた、僕たちよりも遥かに進んだ技術を持っている……」

 首長は眼を向けようともしない。

「……そんな存在に出会いました、彼らは自分たちを地球人と名乗った、そして……」

「なにが言いたい? そいつらに助けを乞うべきだとでも?」

 僕は手を下ろす、アルミブランケットが大げさな音を立てる。苛立ちやじれったさ、そういった僕の感情が表現されたかのように。

「そうです。このままでは共同体は冬を超えられない、僕らは餓死する」

 ”僕ら”、その単語に反応してロックカッターが鼻で嗤った。

「仮にもしもだ、もしもお前の言うことが本当だったとしよう。本当にお前は地球人に会い、そして本当に奴らから協力を取り付けられると仮定しよう。だがそれでも問題は残る――」

 首長は言いながら助手席へと戻っていく。

「――問題は、お前が私たちのために動くはずがないという、そういう疑いだ。私たちはお前の両親を殺し、お前の恋人に生き地獄を見せている、お前は絶対にそんな私たちを救わない」

「バカな」

 首長はもう振り返らない。助手席に深く腰を据え、フロントガラスの遥か先の闇を見つめている。

「僕は、復讐なんて、ただ僕は」

「もういい、眠ってろ」

「僕は、そんな愚かなことはしない」

 バックミラーを見る、首長もロックカッターも不愉快そうに顔を歪めている。

「なぜ、お前だったと思う?」

「はい?」

「ジャングルピット、スティルダウン、お前、そして他3名、お前たち6人の中で生き残ったのは一人だけだ。他の5人は選ばれず、お前だけが選ばれ生き延びた、なぜだ?」

 なぜ地球人はお前を生かした?

 お前と他の奴らの違いはなんだ?

 地球人はお前に何を期待している?

 お前は、特別、この星の住人を憎んでいる。

 だから、地球人はお前を選んだ、違うか?

「どうせその地球人とやらの狙いは、俺たちの駆逐だ。お前は利用できそうだから選ばれただけだ」

 エンジンが唸りを上げた、トルクが心臓のように早鐘を撃ち、車が加速する。

「僕は……」

 僕はただ、ゴーストルールを救いたいだけだ。


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