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ゴーストルールの居る病棟の目前、小さな公園、汚れたベンチに僕は座っている
人影はどこにもない、静かで、穏やかな時間。
子供たちの数が随分と減ったことがこの静謐の原因だ。次世代という輝かしい存在は、もうこの拠点にはほとんど残ってはいない。
出生率が低い訳ではない、統計局の出す数字は説得力のある計測を依然として続けている。ゴーストルールから新生児の声が煩く不眠になることを訴えられたのは一度や二度ではない。
産まれた次世代は直ぐに死んでしまうのだ。3歳になったとき、肥大化した側頭弓が脳を圧迫、中大脳動脈に血栓が生じて多くが半身不随また脳死状態に陥る。
2歳半までに形成手術を行い骨の一部を削れば良いのだが、それを行うための機器がもう残っていない。
「もう少し……話して来いよ」
ジャングルピットは僕の隣に腰掛けるや否や、そんな言葉を飛ばしてきた。
僕は黙って自分のタバコを飲む。
「グラスキャノン、もう一度言うぞ――」
彼もタバコを取り出す、僕はガスライターを差し出すが、彼はマッチ派なので拒否された。
「――病棟に戻れ、それで今日一日はゴーストルールの傍にいろ」
火の燻るマッチを踏みつぶしながら、彼は怨霊のような低く冷たい口調で僕に命令した。
「何故ですか?」
彼は鼻で笑う。どうやら僕は相当バカな質問をしたようだ。
「……西の排煙機がまた一台壊れた、残りはもう10台を切った」
その話は聞いてる。
このペースでいけば、恐らく来月にはタンパク質の自給も困難になるだろう。
「大変ですね」
「あぁ、大変だ。そしてこれからもどんどん大変になる。わかるか? 俺たちは11年前のあの日以来、大変になりつづけている――」
11年前、赤い彗星が堕ちた。
僕らがかつて住んでいた拠点は壊れた、住民の7割は死に、プラントは全て機能を停止し、ビークルも4台しか残らなかった。
今、そこから更に人口は半減した。
「――わかるな。皆誰かに責任を取らせたがっている。皆生贄を必要としてる」
生贄。
赤い彗星が堕ちてきた原因は、僕とゴーストルールだとされている。
僕たちがあの日、拠点の外へでてしまったから。地中プローブに検知されてしまったから、そういう事になっている。
「野蛮ですね」
「野蛮人で結構もはや文明人を気取る理由はない。そう思い込んでる自棄になってる連中が多い――」
次世代が生まれない、我々が引き継げる物はもうない。遺される者のいない世界で文明を保つことにどれ程意味があるのか?
「――奴らの言い分も理解できる、だが私刑を許容すれば不味いタガまで緩みかねない」
「」
「刑の執行はいつですか?」
「流石にそこまでは教えられないよ。だから……そうだな、安らかな心持ちにしておけ」
ジャングルピットは嘘く臭く、そして偽善を連想させる深い皺を眉間に寄せて見せる。
「でも、ひょっとしたらお前だけは救えるかもしれんな。貴重な労働力であることは確かだ、首長の連中さえ説得できればあるいは……」
演技臭いセリフだ。
彼は暗に言っているんだ、「ゴーストルールを説得しろ、そうすればお前の命だけは助けてやる」と。
彼女に死を、自己犠牲を望ませろと。自らの足で絞首刑台に登らせろ、と。そうすれば超法規的措置無しで住民を納得させられる。
法というタガを壊さずに、私刑を実行できる。
「考えておきます、ただ今日は疲れていたようなので」
吸い終わったタバコを投げ捨てる。
僕の適当な返事に、彼は満足そうに頷いて見せる。
気分を切り替えたかった。もうすぐ労働の時間だから、余計な思考を膨らませたくなかった。
意味も無く文明を続けようとするこの共同体も、そして受難に応じ続けるゴーストルールも理解できない。
そして何よりも、それを拒むことも肯定することもできない自分自身が、一番理解できなかった。
「余計なことを考えるな」
公園を出て一人になったところで、僕はそう呟いてゆっくりと首を振った。