表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

1

「残念だが、時間だ」

 ジャングルピッチはそう呟くと、タバコをドアポケット型の灰皿に擦りつけた。

 タバコに火は最初から着いていない、当然だ、この車庫の内部には燃焼に使って良い酸素はもう残っていない。

「救助に行く、異論はないな」

「ありません」

 その議論はもう十分にし尽くした。

 スティルダウン達の痕跡を、外でクソほど舞ってるチャフが全て覆い隠してくれる確率は低い。

 死体、それが無理でもせめて吸水機は擬装しなければ、僕たちは破滅だ。

 ジャングルピッチがサイドブレーキを引く、ビークルの内部でクラウンシャフトが運動を始め、歪んだシリンダー達が不愉快な金属音を上げ始める。

 僕は錆びついたクランクを捩じり、リヤウィンドをこじ開ける。赤さび塗れになった手を車外へ伸ばし、ひび割れたゴムで覆われたボタンを叩く。

「行くぞ」

 リヤウィンドをすぐに閉じる。

 老婆の嘔吐の様な音を立てながら、僕らの目前のシャッターが上がっていく。

 それと同時に竜巻のような風が室内に流れ込む。

 ただの竜巻じゃない、大量のチャフを含んだ銀色の災害。

 ビークルの車体全面があっという間に銀粉で覆われ、視界が閉ざされ闇に覆われる。

 ジャングルピッチは手元の地図を眺め、覚悟を決める。

「スティルダウン……頼むから中継基地に居てくれよ……」

 祈りとともに、彼はアクセルを踏み込んだ。

 ビークルがガレージから外に飛び出す。暴力的な突風が襲い掛かる。

 暗闇と、風と、チャフが車体を削る音。

 あとは僕の回転数を淡々と告げる声が車内に響く。

 ジャングルピッチは結膜を膨らませ、真っ赤に充血した目で地図を読み解き、ハンドルを動かす。

 この星、プラム21のグレートクレーター近辺では、およそ年に一度の割合でチャフの嵐が吹き荒れる。恒星セスタの活動と、大陸プレート下のマントルの流れが起こした台風が、5万キロ近く離れた暗黒面から鉄の欠片の風を運んでくる。

 この瞬間だけ、僕らは軌道上からの監視を、地表にプローブされた測定器群を、闊歩するドローンたちを、それら全ての視界を恐れることなく大地を動くことができる。

 この瞬間だけ、僕らは僕らの存在を受け入れることができる。

 車体が停止した、目的地に着いたのだ。

ジャングルピッチがクラクションを叩く。だけどその音は嵐に飲み込まれ、車内の僕たちにさえ微かにしか聞こえない。

「チクショウ、嵐が強すぎる。どうなってるんだ」

 ジャングルピッチ力の限りクラクションを叩き続ける。この中継地点に居るかもしれない仲間たちに、自分たちの存在を伝えようとしている。

 どうする?

「引き返しましょう」

 僕の提案に、ジャングルピッチは二つの眼球を大げさに剥く。

「なんだと?」

「救出は困難です。採掘場に行くのはもちろん、これ以上ここにいるのだってまずい」

 スティルダウン達が中継地点に居なければ、採掘場まで行って吸水機をけん引する。当初はそういう手はずだった。

 だけど無理だ。地獄のようなこの嵐のなかでは何もできない。

「ふざけるな、そんな事すれば……」

 そんな事をすれば、嵐が止んだとき、監視衛星が全てを知ることになる。

 この星に、僕らが存在することが地球人の知ることとなる。

「これだけの量のチャフです、吸水機もスティルダウンの遺体も1ミクロンの隙もなくコーティグされているはず。きっと当分の間は誰かも検知されない」

「ダメだ、例え1パーセントでも、地球人に発見される可能性を見過ごす事はできない」

 もしも見つかれば、僕らの住処は簡単に特定されてしまう。そしてまた、あの赤い彗星が落ちてくる。

「もし今僕らが遭難すれば、その確率も二倍です。それにこの嵐では、例え発見できても回収できない」

 車外作業は困難だ。今ビークルのドアを1ミリでも開ければ、チャフの牙は5分と掛からずに僕らの防護服皮をズタズタに引き裂き、ビークルの計器を破壊し尽くす。

「だがしかし……」

 ジャングルピッチがそこで言葉を止めた。

 そして、暗黒が映るフロントガラスを見つめる。

 光が……

 暗黒の中心に、光が。

「伏せろ!」

 熱量が、焼けつくような何かが、車内の空気を切り裂いた。

 ジャングルピッチの頭部が二つに割かれ、視神経乳頭が焼き焦がされ、外側膝状体がシートに飛び散った。そしてフロントガラスが砕け散る。

 灼熱のようなエネルギーに満ちたガラス片が僕の防護服を殴りつける。

「ぐぁあッ」

 ジャングルピッチの死体が吠える。

 攻撃だった。

 チャフの竜巻が社内に流れ込む。闇の遥か彼方、地平線の位置でまた光が瞬く。

「クソッ」

 サイドレバーを引き絞り、車外の闇に飛び出す。

 熱量が吹く、湿った断絶音。

 暗黒の中では周囲の状況を見れない。先ほどまで載っていたビークルが溶かされたことだけは理解できる。

 ポーチから拳銃を引き抜いた。牽引糸が風に煽られ、腕を揺さぶる。

 闇の彼方に向け発砲する。

 がむしゃらに引き金を絞り続ける。闇と風の影響で自分が何処を撃ってるのかも分からない。ただひたすら、影の中の敵目掛けて……

 敵?

 敵って何だ?

 まさか地球人? それとも……


――夢を見たの

 あの日、あの時の、幼いゴーストルールの声が脳内を擽った。


 光が瞬いた。

 そう認識すると同時に、大地が捲れ上がった。

 僕の体は吹き飛ばされ、重力から解き放たれる。風に運ばれ、上下を失い、加速に感覚を奪われる。

 背中から地面に叩きつけらえた。衝撃が背中を抜ける、体を裏替えされるような深い痛みに襲われる。

 肺が動かない、いくら喉を開いても酸素が入ってこない。

 起き上がろうともがく、もはや地面の方向も定かでない。


――夢、遠い星からやってきた人に、私たちが出会うの


 地面を掴んだ。

 鉄の屑にまみれたその大地を、必死に握りしめる。

 一度手放せば、もう二度と触れれない気がした。


――ううん、違うの、そこではない、どこか遠くの星から来た人


 体を起こすと、それは居た。

 濃い闇の中、舞い散るチャフの内側に、それは微かに浮かび上がる。

 二足歩行、1.5m程度、流線形の宇宙服。

 甲殻類を思わせるバイザーをつけた、人間のような宇宙人が……

 宇宙人の右胸から、小さなワイヤー発射され、僕の左胸に打ち込まれた。

 鋭い痛みが肋間神経の上を走るが、僕は悲鳴を上げることすらできない。

「ハロー、聞こえてる?」

 音が……声が、細く光るその鉄線を伝って僕に流れ込んできた。

「ハロー、私の名前は杉平、杉平阜雷、シフって呼んで」

 宇宙人が近づいて来る。

「ハロー? 聞こえてるんだよね?」

 その動きゆっくりと、まるで演劇の仕草のように大きく優雅で、敵意をそぎ落とし知性を誇示するような仕草だった。

「聞こえてるようだね」

 宇宙人が右手をクルリと返す、そして手が差し伸べられた。

「もう一度名乗るよ、私はシフ、地球の最近の言葉で『結末』という意味」


――私たちは、その宇宙人と握手をするの


「僕は……グラスキャノン」

 伸ばされた手を、ゆっくりと握った。

「良かった、言葉が通じた、私ちょっとしんぱ――」

 僕はそこで力の限り腕を引き、相手を引き寄せた。相手は体制を崩し、僕に向かって倒れ込むような形になる。

 そして左手に隠していた銃を、相手のバイザーに突きつける。

 僕は躊躇無く引き金を引いた。


 鈍い金属音、銃弾はバイザーの中心に微かなへこみを作っただけ。


「このバカ」

 ワイヤーから、不愉快な音が流れ出す。それは一瞬で増幅し、浸透し、拡大して、僕を内から食い散らかす。

 そして僕は激しい嘔吐と共に倒れ込み、気を失った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ