prologue "On beach of the seeds "
肉だ、肉の言い分だ、やっちまえ
――ウィリアム・ギブズン「ニューロマンサー」より
肉の動揺が、指導のための言説の領域、介入の領野、認識の対象として現れる、ということです
――ミシェル・フーコー
「夢を見たの――」
簑裂草に寝転んだゴーストルールは、立ち上がろうとする僕の裾を引っ張りながら言った。
「――とても素敵な夢、聞きたい?」
うん、聞かせて。そう口には出さず、横に寝転ぶことで彼女に伝える。
「夢、遠い星からやってきた人に、私たちが出会うの」
彼女はゆっくりと手を空へ伸ばし、遥か彼方を指さす。
「それって……地球人のこと?」
僕らの産まれた星。遥か遠く、宇宙の果ての果てにある始祖星。
「ううん、違うの、そこではない、どこか遠くの星から来た人」
彼女の指が星の海を漂う。
4千ヘクタールにも及ぶアルマイトの海が発するで光で大気は歪んでいる、だから彼女がどの星を指しているのかはわからない。
「私たちは、その宇宙人と握手をするの」
できるかな?
ゴーストルールは飛び切りの笑顔を僕に向けた。
5歳の頃から事あるごとに使う、彼女の必殺の武器だ。相手と正中線に合わせ、20度ほど首を傾げ、自慢の金色のパーマに指を絡め、頬の鰓穴をかすかにふるわせ、瞬膜を落として瞳孔を隠す。
「どうだろう、きっと僕は、そいつを銃で撃つんじゃないかな」
ゴーストルールは楽しそうな笑い声をあげた。
そして宙が震えた
赤い彗星が降りてきた
僕らの星に、突入角度24度で大気圏へと突入し、分裂を繰り返し増光に増光を重ねながら、
清算の時は来た。
世界は今また巡る、すべては最初から
誰も逃れることはできない
ゴーストルールが4本の足を使って素早く立ち上がる。
僕は起き上がらない。
「ねぇ……」
星が光った
運命から逃れようとするのは愚かだ。
「――アラスカ、応答せよこちら火星シャトル312」
返事は無い。
「繰り返す、アラスカ空軍基地、こちら火星民間シャトル、高度約200Km、仮想水面4,10-2-4、そちらのレーダに既に映ってるはずだ。現在我々は海賊船に襲われている」
70ヘルツの警告音が鳴り響く。
サイクロトロンの共鳴が宇宙空間を切り裂き、船体シールドを切り裂いた。
仮想水面の遥か下にいる二隻目の海賊船が射撃体勢に入る。
「アラスカ! 繰り返す! こちらは民間旅客機! 現在」
先ほどとは異なる警報が鳴り響いた。
レーザ照射、衛星「ラザロ5」とアラスカ空軍基地のアレイ・アンテナから
「アラスカ! 違う! こちらは!」
シャトルは緊急回避行動をとった。ラザロ5から放たれた物理弾頭がシャトル右翼のエルロンを砕く、フラップを破る、観光客4人を貫通し、客室の中心で信管が作動する――
「なぜ!」
弾頭が分裂し、金属片が5000発が時速2000キロの速度で飛散した。
ガイヤーワイヤーで固定され、海賊船の武装兵が船内に乗り込んできた時、その民間シャトルは活動を停止していた。
マイナス270度の大気ですべてが凍結し、内より崩れ、警告のアラートさえ止んでいた。
なんの障害もなく、武装兵達は客員輸送ユニットへと侵入していく。
シールドが40%以上破損している船内、無数の凍結した死体、かつて人だったものの欠片。
一人だけ生存者がいた。
シールドの裂け目の前に立ち、宇宙を臨む一人の女性がいた。
重さ200キロの宇宙服を着込んだ武装兵が、女を囲む。
その女は纏っているのは宇宙服ではない、ごく一般的なシルクで織られたウェディングドレスだった。
武装兵のリーダーが、ヘッドバイザーのナノレイヤーを透過させる。
老い疲れた男の顔、女はそちらを見向きもしない。
「なぜです?」
リーダーは問うた。
彼女はシャトルの外を、遥か遠くに浮かぶ青い星を見続ける。
「あの星は、貴女を拒んだのですよ?」
女がゆっくりと振り返った。物憂げな表情、目じりには涙が浮かんでいた。
「帰りましょう」