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新レーゲスタ創世譚 第一章 『ふたつの宝』  作者:
第一章 『ふたつの宝』
1/6

       ―序―


 原初、そこには何もなかった。

 

 水も土も風も火も無く、天の下にあるものはただ、果てのない空間でしかなかった。

 その様を憂えた陽の男神は、そこへ一つの種を落とされた。

 数百の歳月が過ぎた頃、種は芽吹き、空間の中心に灰色の小さな塊が現れた。

 塊は、数千の時間の中でゆっくりと成長し、ついには硬い、ごつごつとした島となった。


 白き月の女神は、その子たる五人のエランを、この島へと送られた。

 神の御子であるエランは、火水風地の精霊をお集めになると、何もない灰色の岩島を、これから生まれる命が暮らせる、豊かな大地に変えるようにとお命じになられた。

 精霊達が大地を、生命の暮らす《家》に相応しく作りかえると、エランは母なる月から与えられた種をまき、大地を緑に染めた。

 緑が大きく育つと、次に、エランは大地にある様々な物を集め、その血と息吹で、新たな生命を次々と創られた。

 ビャクシンの樹皮からは大毛長牛、黒樫の幹からは力強い馬を、大ブナの葉からは大鷲、長柳の枝からは様々な水の民が生まれ、地に深く伸びる千年杉の根からは、深く力強い根の姿に相応しい、様々な異形のものをお創りになられた。


 エランは、新しき生命ひとつひとつに《名》をお与えになると、陽光の下に誘い、その生命がしかと存在する証である、《影》を持つことを確認なされ、祝福の言葉と共に、光ある世に放たれた。

 しかし異形のもの達は、陽光の下に出されるを非常に怖れ拒んだため、終に、彼等には《影》が生まれることはなかった。

 エランは、光の世に暮らすもの達と、光を怖れる異形のもの達を共に暮らさせるは困難と悟られた。 そこで、異形のもの達には《名》を与えず、それ故に彼等は《影》を持たぬ、必要とせぬ〈闇〉の世界で暮らすよう諭した上で、夜の闇にお放ちになられた。

 それらのもの達が、後には魔物に妖と呼ばわれる奴原となりゆくのである。


 そして


 すべての生命が自分達の暮らしを始めると、エランは最後に、艶やかな玉石の黒いものから男を、白いものから女を、最初の人間としてお創りになられた――


      《レーゲスタ大陸創世記より》


     ***


 かつて、白き神の御子により創られたレーゲスタ大陸は、巨大なひとつの国であった。

 早くに大陸各地に己が棲み処を求め散った鳥獣とは異なり、数の少なかった人間達は、五人のエランの治める地〈ティルナ〉で、静かに、争いのない日々を送っていた。

 人間達はエランを、神とも親とも畏れ敬い、エランは、人間達を我が子の如く教え導いた。

 人間達はエランの教えを、貪るように吸収していった。


 だが、歳月が流れると共に、人間達は数を増やし、様々な考えを持つ者達が現れ始めた。

 新しき者達は、鳥獣と同じくエランの下を離れ、新たな天地を求め旅立っていった。

 だがこの時代、〈ティルナ〉の外の地は、エランに護られ暮らしてきた人間達には、過酷極まる環境であった。

 灰色の岩山が連なり、土は固く、その地で育つ植物達は、わずかな実りも出し渋った。

 人間達よりも早く、それらの地へ棲み処を定め順応した獣達は、人間を己の糧のひとつとして襲い、闇に棲まう魔の物達もまた、新参者の人間達を餌食とし苦しめた。

 想像だにしなかった新しい土地で、空しく命を落とす人間達は後を絶たなかった。

 死に逝く者達は皆、エランの《名》を口にし、許しを乞い、残される、生きる者達への慈悲の手を求め息切れていった。


 〈ティルナ〉で、彼等の嘆きの声を聴いた五人の御子は、終には、大陸の各地へ御身を参らせ、その地の人間達に救いの手を差し伸べられた。

 その時から、五人の御子は大陸各地に分かれ住まわれるようになり、各々が赴いた地で、その地に住まう人間達がより良い暮らしを送れるよう、誠心を込めて導かれた。

 数年の歳月が過ぎる頃には、エランの導きと人間達の努力が結実し、〈ティルナ〉に劣らぬ新しき町や村が、大陸の各地に誕生していた。


 だが、人間達の世が安定し、その繁栄も疑いの無いものとなり始めた矢先、エランは忽然と、人間達の前に姿を現さなくなった。

 極稀に、月下に佇む白銀の姿を目にする者があったが、いくら呼びかけたとしても、エランはその口から言葉を紡ぐことは無く、いくら近付こうとしても、蜃気楼の如く、決して近付くことは出来なかった。

 それは大陸何れの地でも同じであった。

 何が、エランの不興を招いたのか。

 人間達は全く見当がつかず困惑をした。

 ある者は、エランの不在を大いに怖れ、その姿を、財を打ってでも探し求めた。 またある者は、自分達人間にとって、エランの存在は既に不要だと主張し、エランを探し求める者達を嘲った。


 ある年。

 大陸各地で、魔物、怪といった奴原が人里近くに現れては、人間達の生活を脅かし、更には疫病が蔓延し、次々と老人や幼子の命を奪っていった。

 不幸はそれだけに留まらず、ある地では日照りが続き、地に在るものを灼き尽くた。

 またある地では間断なく雨が降り、大地を水底に沈めた。 

 人間達は、如何なる術も持ち得なかった。

 繁栄を謳歌していた都市は、死者の都となり、緑豊かだった田園は、広大な砂漠へと変貌していった。 人間達は、その変わりゆく様を見ていることしか出来なかった。

 その地獄のような時代は八年間続いた。

 終わりの見えぬ、地獄のような日々に疲弊しきった人間達は、終に、始まりの地である〈ティルナ〉に集い、この〈原初の地〉に神殿を築き、自分達の祈りの声をエランに届けることを一致して決断した。

 築かれた壮大な神殿には、大陸中の人間が集った。

 祭壇にエランの御姿を映した像を祀り、最上の香を焚き、花を飾り、供物を捧げ、新月の宵から終月の曙まで、二十八夜不断の祈りを捧げた。

 人間達の、この切なる祈りの声に感銘を受けたエランは、その使いの童子を人間達の下へ遣わされ、再び人間と共にあることを誓約されたという。

 エランの言葉が届けられた、三日後の新月が昇ると共に、人間達を苦しめていた一切の災厄は去り、かつてと変わらぬ安寧の世が戻ってきたという。


 この後、聖都〈ティルナ〉に続き、他の四大都市にもエランを祀る神殿が築かれ、それらの神殿を中心に、人間達の住まう地は、エランの庇護の下、大陸の隅々にまで広がっていった。


 ここに、人間の世の広がりと共に、世に広まった一篇の詞がある。

 何者が、何時の時代、何の為に詠んだかは伝わっていない。

 だが、この詞は時間の流れの中で消え去ることなく、今も密やかに語り継がれている。


      *


 全能なるものはない


 神は神であり

 精霊は精霊であり

 人間は人間である


 そも 問う

 全能とは何か

 如何なるを 全能なるものというのか

 

 ある者がいう

 そは遍く事象を制するものと


 ある者は言う

 そは天地無窮を知り 源と終を判るものと


 そしてまたある者は言う

 そは欠けることなき満月の如く

 完全なるものであると


 もしや

 全能足り得るものがあるとする


 そのものは

 全能であるが故に失い

 失うが故に欠けざるを得ず

 欠けざるを得ないが故に

 完全足りえない


 故に我思う


 全能であるを求めるは

 哀れなるかな


 全能であるを求めらるるは

 哀れなるかな――


     **


 これら全ては神話の時代の伝え語り。


 けれど

 それがすべての、始まり――



次回、〈1:金の瞳の少年〉より、話は本編に入り

主人公が登場します。

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