5 小話
双子5歳
僕の可愛いヴィーは天使だと思う。
体調を崩しやすいヴィオレットは、人と関わる機会が少なかったせいか、家族や使用人以外の者に会う時は僕の後ろに隠れてしまう。可愛すぎないか。それに、ベッドに伏せっているヴィーが1人で寂しくないようにと、父上が贈ったぬいぐるみに本を読み聞かせたりしている。
そんな可愛い妹は、自分と然程変わりない大きさのテディベアを抱えて僕の枕元に立っていた。
寝つけられなかったため、蝋燭を灯して昼間の読みかけの本を切りの良いところまで読もうと、本を開いたタイミングでヴィーが自室に入ってきたのだった。いつも僕より1時間程早くベッドに入っているはずのヴィーが起きているのは珍しい。蝋燭の灯に照らされたヴィーを見上げると柔らかな髪は僅かに乱れていた。
「ヴィー?どうしたの?眠れない?」
「……お兄さま〜〜」
父上から5歳の誕生日に贈られたテディベアに顔を埋めていたヴィーの乱れた髪を整えるように頭を撫ぜながら問うと、大きな瞳に涙を溜めたヴィーは僕の顔を見るや否やテディベアごと僕に抱きついてきた。
「おっと……よしよし。…僕のヴィーはどうして泣きそうな顔をしているのかな?」
勢いよく首に腕を回され、体勢を崩しそうになったがベッドに右手をつき、身体を支える。もう片方をヴィーの後頭部に回し、ヴィーが落ち着けるように優しくてポンポンとすると肩の強張りが解けたようだった。
「…こ…こわい夢をみたの」
「どんな夢?」
「………お…お兄さまが…お兄さまがいなくなっちゃうのっ。手繋いでたはずなのにどこにもいないのっ!呼んでも探してもいないの!………ぅ…うぁ…やだぁ!どこにも行かないでぇ…ヴィーのそばから離れないでよぉおーー」
夢を思い出して泣きじゃくるヴィーを慰めるのを忘れて、僕は顔を手で覆った。
何が怖いのかと思えば、僕が離れることが怖いって!僕の妹可愛すぎない?なんなの?天使なの?女神なの?
「ぅ…ひっく……」
泣き声で我に返り、泣き止まないヴィーに「おいで」と言うと、布団をめくり僕の腰に巻きついてきた。若干、涙と鼻水が寝間着についた気がする。
まあ、可愛い妹ならば、涙も鼻水も可愛いんだけどね。
ヴィーと同じように身体を横にし、抱き寄せてヴィーの背中を撫ぜる。
「お兄様はどこにも行かないから大丈夫。大丈夫だよ」
暫くそうして過ごしているうちに、泣きじゃくる声も聞こえなくなり、泣いて乱れていた呼吸も落ち着いたようだった。
「ヴィー落ち着いた?」
頭を撫ぜながら問うと、ヴィーは言葉は無いものの、こくんと頷いた。
「そうか、もう遅い時間だから眠りなさい。部屋まで送るよ。おいで」
身体を起こしヴィーがいる反対側から、ベッドから降りようとする。
「どうしたの?」
降りようとしたが、何かに引き止められ動きを止める。後ろを振り返るとヴィーに寝間着の袖を引っ張られていた。顔を覗き込むと、ヴィーは何か言いたげな顔をしているように見えた。
「…お兄さまと一緒に寝たいわ」
きゅん
天使に心を射止められた。
ヴィーの可愛い我儘に僕は再びベッドに横たわる。
「ふふ」
僕と一緒に寝れることがわかったヴィーは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「お兄さま」
「ん?」
「眠くなあい?」
「まだ…眠くないよ」
本当は少し眠い。けれど、まだヴィーが少し不安げな顔をしているから、僕は小さな嘘をついた。
「それならもう少しヴィーとお話しして?」
「そうだね……どんな…話がいい?」
「ヴィーね、ほんとうはいつも楽しい夢を見るのよ。お兄さまはいつもどんな夢を見るの?」
「そうだね………思い返せば夢は見ていないかもしれないな」
「えーー………」
不満げな声が聞こえて思わず苦笑した。
「僕はおいといて、ヴィーの楽しい夢ってどんな夢なの?僕に教えてくれる?」
「そうね…ピクニックに出かけたり、雲の上で眠る夢を見ることがあるわ」
「それは楽しそうだね」
「ピクニックはお父さまとお母さまとお兄さまも一緒に出かけたのよ!……いつか本当に行ってみたいわ」
自邸から出たことのないヴィーは切なげに目を伏せ、僕は胸が苦しくなった。
「ヴィー……。ヴィーが元気になったら一緒に行こう」
「ほんとうに?」
「約束するよ」
ふふっと鈴を転がすような声が聞こえた後、静かになった。どうやら眠ってしまったようだ。穏やかな寝息が聞こえる。
ヴィオレットの方へ身体を向け、猫っ毛の僕とは違ってサラサラと流れる髪を梳き、その穏やかな顔を眺めていた。
今はどんな夢を見ているのだろうか。
ピクニックの続きだろうか。
ヴィーの言う幸せで楽しい夢を見ているのだろうか。
今夜や前の時のように悪夢に苛まなければ良いと願う。
今まで何度も「誰かが死んでしまう」そう言って泣きじゃくるヴィーが僕の寝室に来ることがあった。最近はそのようなこともなく過ごせていたようだったが、今度は僕がいなくなる夢を見たなんて。
僕が泣くヴィーのそばにいるから。
この先辛いことも泣きたいこともないように、君が幸せでいられることを願って目を閉じる。
おやすみ、僕のヴィオレット。