3 ヴィオレット視点
一部修正しました。
「ヴィオレット嬢、久しぶりだね。もう体調は良くなった?」
「ルイ様お久しぶり!!とても元気よ。今日はお茶会を楽しみにしていたの。だから気分もいいわ」
そう。本当に楽しみにしていたのだ。
ルイ様とお友達になって5回目のお茶会。
いつものように熱を出して寝込んでいたが、その後に風邪をこじらせてしまい、2ヶ月半前に予定していたお茶会が延期になってしまった。だから、3人でお茶会をするのは2ヶ月半ぶりになる。
「ヴィー、途中で具合が悪くなったりしたら遠慮なく兄様に言いなさい。いいね?」
はあい、お兄様と答えたが、ヴィンセントは心配げな様子でヴィオレットを見つめていた。
無理もない。
風邪だと思っていた時は自分も然程心配していなかったが、2週間程経った後から咳が止まらなくなり、呼吸をするのもやっとだった。夜間に症状が酷くなるため、十分な睡眠も取れなく、日中も伏せっている状態だったのである。
ヴィンセントはそんな私が心配で堪らなかったのか、看病するだの、何かあったら大変だから一緒に寝るだの、扉の前で叫んでいた。ぼんやりする頭で、マリーと母がヴィンセントを宥めている声が聞こえた気がする。
母も幼い頃に同じ症状に罹ったことがあるらしく、一度その病気に罹ったら免疫がつくから大丈夫だといって、私の体調が良くなるまで傍にいてくれた。
1ヶ月半程苦しい思いをしたけれど、寝る時間も母を独占できて嬉しかった。
父も私の様子を看ようと部屋に入ろうとしたが、母に止められたせいか、代わりにと、毎日一輪ずつ可愛らしい花を贈ってくれた。
全快した日は、母が大丈夫だと言うのにも関わらず、ヴィンセントと父がまだ油断できないと言い張るので、母と父、ヴィンセントと4人で寝る羽目になった。
「本当に大丈夫よ、お兄様。体調が悪くなったら伝えるわ。私、ずっと今日のお茶会を楽しみにしていたの。だから、今は楽しみましょう?」
「…わかったよ、ヴィー」
「風邪をこじらせたと聞いて、心配したいたけれど…少し痩せたね…。本当に無理はしてはいけないよ?」
ルイが心配そうに私の顔を覗いた。
今は彼と友人になったけれど、初めてお茶会をした時、彼は私とあまり目を合わせようとしなかった。
私も今までは友人がいなかったし、どのような話をしていいのか分からなかったから、緊張と人見知りで頭の中がパニック状態だった。けれど、陽気な兄が話題を振ってくれたため、彼と会話をすることができ、打ち解けることができたのである。それから、こうして彼が、我が侯爵邸に訪れた時は、3人でお茶会を開くようになったのである。
「ええ」
「食欲も無くて、あまり食べれなかったと思ったから、今日はヴィオレット嬢が好きそうなお菓子を持ってきたんだ」
侍女のマリーが焼き菓子を皿に載せてその場に現れた。
「まあ、嬉しい。ありがたくいただくわ」
優雅に皿に取り、焼き菓子を口に入れた。
バターの芳醇な味わいに、甘いドライフルーツが口一杯に広がり、思わず笑みが溢れる。
そんな私の様子を見て、ルイは静かに微笑んだ。
「お気に召したようで何よりだよ。…君はそういった焼き菓子が好きだね」
「本当、とても美味しかったわ。…あら?でも前に言っていたかしら?」
お菓子の好みを伝えた記憶がなくて、思わず首を傾げた。
「……前回のお茶会で、貴方は美味しそうに食べていたから、そう思ったんだ」
「そうだったの。…見られていたなんてちょっと恥ずかしいわね」
お兄様はよく私の変化に気づくけれど、ルイ様もよく人を見ていると思う。気分が優れない時もそうだけど、私が何が好きで、何で喜ぶのかも知っている気がする。
食べ終わりにお茶を飲んでいると、ヴィンセントの指先が私の口の横に伸びてきた。
「ふふ。ヴィー、口元に砂糖がついてる」
「え!」
慌てて、ハンカチで口元を拭う。
「砂糖がついているヴィーも可愛いね。あーまだ取れていないよ。そこじゃなくて、こっち」
ヴィンセントは自分の口元をトントンと指を当てる。
あさましい姿を晒しているのに可愛いとか言わないでほしい。
いつから付いていたのだろうか。ルイと話している時からだろうか。口の周りに砂糖をつけた状態で笑顔を振りまいていたのか。
ハンカチを口元に当て、ルイの顔を見ると、ふっと少し困ったように微笑んだのだった。
恥ずかし過ぎるわ!!
よく見られているなんて、あまり良いことないのね!
心を落ち着かせるために、お茶を飲み込む。
チラッとヴィンセントとルイの方を見ると、微笑ましそうにこちらを見ている2人と目が合い、慌てて目を逸らした。
「……ところで、お兄様とルイ様は2人でいつも何をしていらっしゃるの?」
「おおっぴらには来れないから、お忍びで市井に出かけたり、ルイは魔法が得意だから教えてもらっているんだ」
「まあ、市井に!」
驚いて2人を見る。内緒だよ、とルイが口元に人差し指を当てたので、声を出さずに頷いた。
市井の話はまた今度にしよう。
それよりも……
「私は魔力のコントロールが難しくて、魔法は使ったことはないけれど、ルイ様はどんな魔法ができるの?」
「そうだね…。それなら、ヴィオレット嬢こちらに」
「?」
ルイは立ち上がり、ヴィオレットの隣に来ると手を差し出した。反射的に手を取り、立ち上がると手を引かれる。疑問に思い、椅子に腰掛けたままのヴィンセントを振り返ると、微笑んで手を振り、優雅にお茶を飲んでいた。
ルイに手を引かれたまま、中庭に出る。
花壇の前まで来ると、ルイは足を止め、こちらを振り返った。
「見てて」
花咲くにはまだ早い多くの蕾の前で、ルイは何かの詠唱を紡ぐ。詠唱が終わると、光が弾け、キラキラとした粒子が風に運ばれ舞い上がった。
驚きと感動で言葉が出ない。その光景を見た後には、あたり一面花々が咲き溢れていた。
「まあ…!凄い!」
太陽の輝きと魔法の光を、浴びながら咲き誇る花々は、なんて美しいんだろう。澄んだ緑と咲き誇る花の甘さが香った。こんなに美しいと思えたのは今までにないと思う。
それなのに、おかしいわね。前にこんな光景を見たことある気がする。
感動で胸がいっぱいなのに、こんなにも懐かしく、切なく胸を締めつけられるのは何故だろうか。
花々から目を離さないでいると、隣から視線を感じた。
「…君はやはり、あの彼女なんだろうか」
ルイがぽつりと何かを呟いた。
聞き取れなくて、聞き返そうとすると、一際強い風が吹き、花びらが舞う。
反射的に目をつむり、乱れないよう髪を抑える。
風が止み、目を開けると、橙色に染まった一輪の花を差し出された。
「これを貴方に」
「綺麗な橙色…。ルイ様ありがとう。これは…金盞花かしら?」
「よく知っているね。その花は…私みたいなものだから」
「ルイ様みたいなもの?どういう意味かしら?」
「…いや、なんでもない。深い意味はないよ」
「…そう。私だったら…ルイ様に花を贈るなら金盞花じゃなくてネモフィラを選ぶわ。ルイ様の髪色と瞳の色にとってもお似合いだと思うの」
「…っ」
ルイは一瞬顔を強ばらせ、泣き出しそうな、切なそうな微笑みを浮かべる。そして、金盞花を私の髪に挿し込んだ。
「貴方の瞳と同じだ。よく似合っているよ」
顔を覗き込まれ、夜空を映した瞳で、じっと見つめられる。苦しげな微笑みに、目が逸らせなくなり、ルイを見つめた。
「…そんなに熱い視線で男を見つめ返さないで。大抵の男なら勘違いをしてしまうよ」
「ルイ様が見つめてきたのに?」
「私はいいんだよ。貴方がいつ体調が悪くなるか、心配で目が離せないんだ…困るくらいに…。君は…私を困らせる趣味でもあるのかな…?」
「その言葉…」
『ーーは本当に可愛い。可愛すぎて困るくらいだ。君は…私を困らせる趣味でもあるのかな…?』
いつかの夢で聞いた言葉。金色の髪の彼と、目の前の彼は別人のはずなのに、夜空を映したような髪、青色の瞳と重なって見える。
「え?」
「いや、その…。その言葉…夢の中でも聞いたような気がして、ルイ様と夢の中の男性が重なって見えたの」
彼を見上げると、泣き出しそうな表情をしていた。なんだか、見てはいけないような気がして顔を俯く。
「きゅ、急にごめんなさい。こんなこと言われても、困るわよね」
「…もし、それが夢じゃないとしたら?」
その言葉に反応して彼を見上げると、私の頬に手を添えられる。触れた指先はどこか震えている気がした。
「え?」
彼から目を逸らせなく、身体が動かなかった。
指先が口元に触れ、思わずピクっと肩が跳ねる。
「………ふふ」
「?」
「さっき風が吹いたせいかな。髪に可愛らしい髪飾りがついているね」
「あ……」
そう言って、彼が花を挿した反対側の髪に触れて、ついていた花びらを払った。
頬から離れた手が差し出される。
「さぁ、そろそろ戻ろうか。ヴィンスが心配しているかもしれない。…それに、妹を奪われたとか言われそうだ」
「…そうね、そうしましょう」
ルイの変化に違和感を感じたが、何もなかったかのように振る舞う彼に合わせる。
珍しい彼の冗談にクスッと笑い、差し出された手を取り、ヴィンセントの元へ戻った。
金盞花の花言葉は「別離の悲しみ」「寂しさに耐える」
ネモフィラ「あなたを許す」