圭の追想(3)大学入学と、綾乃との別れ
父は自分の勤める大学の病院に入院した。
「この病院の教授には知り合いが多いし、何も心配するな」
「圭の試験が終わったら報告に来なさい」
圭としては、その時点では、父の顔色もそれほど悪くはなく、退院も大丈夫だろうと思っていた。
そのため、受験勉強に専念することが出来た。
そして、圭の大学受験は、無事に終わり、病院にいる父へ報告に出向いた。
「そうか・・・よくやった。おめでとう・・・」
圭が久々に見る父の顔は、以前よりやつれていた。
顔色もかなり悪い。
「お前には、ほとんどかまってやれなかったが、良い大学に入れてよかった」
「そうだ・・・あの大学には知り合いの教授がいるから、伝えておこう」
以前よりは顔はやつれていたけれど、声は元気だった。
父は機嫌がいい。
「これからも時々は来てくれ」
「なかなか、すぐには出してくれないそうだ」
圭
「はい、わかりました。なるべく近くにいたいと思います。」
父
「いや、あまり来すぎても良くない。若いうちはもっとハメをはずすぐらいが良い。
楽しい学生生活を送ることが約束だ。」
父は本当にうれしそうだった。
圭は、病院から家に帰り、綾乃さんに父の状態を話した。
「そうですか・・・少しは安心ね・・・」
「今度行くときは私も誘ってくださいね・・・」
綾乃も、ほっとしたようだった。
圭が2階の自分の部屋に戻り、読書をしていると家の固定電話が鳴った。
綾乃が出たようだ。
父のことかと心配なので、圭は綾乃のいる一階の居間におりた。
居間では、綾乃が受話器を持ったまま、立ちつくしている。
綾乃の顔は蒼ざめている。
圭は不安になった。
「どうしたの? 綾乃さん・・・何かあったの?」
綾乃は蒼ざめた顔のまま、圭を見つめる。
「坊ちゃま・・・」
綾乃は圭に涙を見せた。
「実家の父から電話で、母が危篤と」
圭は驚いた。
「綾乃さん、すぐに実家に帰ってください!」
「綾乃さんのお母さんが綾乃さんのこと、きっと待っている」
綾乃さんは、わっと泣き出して圭に抱きついた。
「ごめんなさいね・・・坊ちゃま・・・」
綾乃さんは泣きじゃくりながら、何度も圭に同じ言葉を繰り返した。
圭は綾乃の荷物を持ち、駅まで送った。
綾乃の実家は、静岡なので、新幹線を使えば2時間半程度、それほど時間はかからない。
圭
「綾乃さん、大丈夫? 気をしっかり持ってね・・・」
綾乃
「ありがとう。坊ちゃま」
圭が綾乃を見送り、家についた頃にはすっかり暗くなっていた。
綾乃のことも、かなり心配だったけれど、その時の圭にはどうすることも出来なかった。
家には、当然のことながら誰の声も、何の物音もすることはない。
母も父も綾乃もいない。
圭は、この世で一人きりになったような、寂しさと不安に包まれていた。