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涙は風の中  作者: 舞夢
銀座香苑へ
19/28

銀座香苑の婦人からの連絡

時計を見ると、既に12時を過ぎている。


圭は、自分でも驚いた。

「銀座の香苑から、若い女の子がお香を持ってきて・・・何となくつけてしまってそのまま4時間も思い出に浸ってしまった」


今夜は、少し風が強い。

春独特の湿り気を帯びた風が、少し開けた窓から入り込んでくる。


「そろそろ寝るかな・・・」

圭は、窓を閉めて、2階の自分の部屋にあがる。

ベッドの上に横たわり、部屋の窓ガラスを見ると、飛んできた桜の花が張り付いていた。


そして、また考える。

「不思議な一日だ・・今まで、そんな過去を振り返るなんてなかったのに・・・」

「今日、銀座で逢った婦人・・・そしてお線香を持ってきた若い女の子・・・」

「どうして、自分を知っているのか・・・」

「どうして、この家まで知っていて・・・お線香の好みまで・・・」


それでも、必死に記憶をたどる。

「でも、どこかで、見たことがあるような・・・遠い記憶にあるような・・・」

「よくわからないなあ」

「銀座香苑にいけば、何かわかるのだろうか・・・」

いろいろと、思いをめぐらせているうちに、圭は、いつの間にか眠ってしまった。


気持ちの良い朝になった。

春らしく、ふんわりとした空が窓から見える。

少し東に雲がたなびいている。


圭は、また昨日のことを振り返る。

「昨日はいろんなことがあったけど・・・不思議な日だった」

「銀座香苑、あの婦人、そしてあの若い女の子・・・」


圭は、階段を降りて、朝食にする。

特に食欲は無いので、バゲットパンを少し切ったのと、カフェオレの朝食。

時計の針は、午前8時30分をさしている。

今日の講義は午前10時30分からお昼までのものが 一つだけ。

午前9時に家を出て、井の頭線で明大前まで行き、京王線・都営新宿線に乗り換え、神保町から大学に向かう予定。


朝食が終わったころ、突然電話が鳴った。

「銀座 香苑と申します・・・」

昨日、銀座で話しかけられた婦人の声だった。


圭は、また驚いた。

「はい・・・」


婦人は落ち着いた声。

「昨日お届けしたお線香は、いかがでしたか?」

「お気に召したでしょうか・・・」


圭は、素直に答えるけれど、聞きたいこともある。

「はい・・・とても 素晴らしかったです」

「しかし・・・どうして私のことや、家のこと、電話番号まで・・・」


婦人の声は落ち着いたまま。

「それは・・・今ここでご説明するのは、とても難しいのです・・・、是非、私どもの店にいらしてください・・・」

「そこで・・・全てがわかります。」


「・・・全て・・・」

圭は、言葉を交わしている婦人の声が、何故か懐かしい。

心が落ち着くような気持ちがする。

「わかりました。今日の午後にでも伺います」

圭は、お香のお礼ぐらいはしようと思った。


ところが、婦人からの応えは、不思議なもの。

「伺うなんて・・・恐れ多いことです・・・」

「お迎えにあがります」


圭は、慌てた。

「えっと・・・今日は御茶ノ水の学校で講義を受けるので、銀座でしたら すぐなので・・・」


しかし、婦人は落ち着いたもの。

「大丈夫です、それも承知しております」


「え?」

圭は、また驚いた。


婦人は、ゆっくりと、圭を諭すような声。

「とにかく、私どもを信頼なさってください」


圭は、しっとりとしていて、そして柔らかいこの声は、安心できると思った。

「はい・・・わかりました。お任せします」

圭は、そこで電話を切り、駅まで歩いた。


なぜか・・・東のほうに浮かんでいる雲が。薄い紫色をしていることが、気にかかっていた。

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