不思議な出会い
圭は、銀座の地下街を歩いている。
もう少し歩くと、4丁目交差点にのぼる階段がある。
「今日は映画でも見るかなあ・・・」
休日でもあり、特にこれといった予定はない。
階段をのぼると和光のビル、向かいに三越が見える。
通りは歩行者天国となっていて、人も多い。
日本人だけでなく、いろんな国の人が歩いている。
何気なく空を見上げると、ふんわりとした春の青い空が広がっている。
心地よい風が、頬をなでる。
「さて・・・ここからどこへ・・・」
近くの映画館にでも入るか、心地よい春の風に吹かれて築地まで歩こうか・・・
圭は少し思案していた。
「あら・・・お久しぶり・・・」
そんな圭は、突然、妙齢の婦人から声をかけられた。
圭は首を傾げた。
「はて・・・貴方は?」
まったく見知らぬ人なのか、しかし、どこかで見たことのあるような気もするけれど、名前は思い出せない。
「そうでしょうね・・・圭様にお会いしたのは、貴方がまだ小さな頃でしたから・・・」
「面影はほとんど変わっておりませんね・・・」
妙齢の婦人は微笑を浮かべながら、圭の顔を見つめている。
圭は、そう言われても、どうしても名前が思い出せない。
「あの・・・・本当に私とお知り合いでしょうか・・・」
「申し訳ありません、思い出せないので、せめて貴方のお名前だけでも、お聞かせいただけないでしょうか」
と、声をかけるけれど、婦人は上品な笑みをたたえたまま。
「圭様が本当に小さな頃、いつも私はお近くにおりましたのよ・・・でもこんなに大きく成長なされて・・・」
婦人はバッグから何か、カードのようなものを取り出し、圭に差し出した。
「お差し支えなかったら、お暇な時にでも、こちらにいらしてください・・・」
「では、ごきげんよう・・・」
婦人は、上品な笑みのまま、銀座の雑踏の中に消えていった。
受け取ったカードには
「お香の店 香苑」と書かれ、裏に地図が書いてある。
この銀座4丁目交差点のすぐ近くの店。
「小さなとき・・・近くにいた女性・・・」
圭は、銀座の街を歩きながら、なかなか、思い出すことができない。
そのまま、考え事をしながら歩き続けた。
「はて・・・あの女性は・・・」
いつのまにか銀座を通り過ぎ、気がついた時には築地本願寺の前。
インド風の不思議な建物なので、なんとなく入ってみることにした。
頭の中が混乱していたので、少し気持ちを落ち着けたかったこともある。
お堂の中にはいると、パイプオルガンがある。
多少、違和感を覚えながら、親鸞のことを書いたパンフレットを手にとって見たりする。
しかし親鸞のパンフレットを見たところで、効果などは無い。
圭は、まだ、あの婦人を思い出すことが出来ない。
圭は、本願寺を出て、また歩き続けた。
何故か隅田川が見たくなり、佃大橋まで歩くことにした。
橋の階段をのぼり佃大橋に出ると、隅田川そして佃島が見える。
隅田川はゆったりと流れ、水上バスも見える。
かつての佃島には考えられないような、高層マンションが建っている。
「あのビルに暮らしたら、どんな生活になるのかな・・・」
など取りとめのないことを考えて歩いていると、懐かしい佃煮の匂いがしてきた。
橋を渡りきって階段をおりると佃煮店が3軒。
そのうちの一軒にはいると、品の良いおじいさんが出てきた。
葉唐辛子等、佃煮を数種類買い求め、おじいさんの上手な話し方に感心しながら、いつの間にか、あの婦人のことは忘れてしまった。