理不尽勇者
世界を滅亡に陥れる魔王。これまで自身の配下である魔物達を率いて世界中に厄災を招いてきた凶悪なる存在だ。突然現れた魔王の出現によって世界の平和は脅かされ、人々は安息を奪われた。
しかし、魔王によって支配された世界に突如として勇者が出現した。どこにでも売っている安物の剣と盾で魔物と戦い続ける内に爆発的な成長力と持ち前の潜在能力によってその腕前と数々の奥義を手にし、各地の魔物やそれを統治する首領格を撃破し、さらに強力な装備を手に入れ、ついに魔王の首を刈ることのできるところまで到達した。
今、勇者は禍々しき造形と暗雲に包まれた魔王の城の最上階に到達し、玉座に座る魔王に対面している。
「よくぞここまで来たな勇者。その努力を褒めてやろう」
不敵な笑みを浮かべる魔王。対する勇者は無言だった。表情1つ変えない。
「そうだ。名前を聞いておこうか。貴様、名は?」
魔王は倒す前に名前を聞くつもりだった。きっとこの勇者には多くの知人がいるだろう。倒した際に勝利宣言を世界的に行い、その名前を挙げれば知人たちは深い絶望に陥るだろう。我が力を示すのには都合がいい。
だが、勇者は無言だった。
「…おい、名前は何だと聞いているのだ」
魔王が再び聞いても、勇者は無言である。ただじっと立ち尽くして魔王を見続けている。お前に名乗る名前はないということなのだろうか。まあ、名前を挙げなくても勇者を倒したことさえ伝えれば、強力な勇者が倒れたという事実だけでも十分民の絶望に繋がるだろう。
「…フン、まあいい。名乗る気がないならそれはそれでよいのだ」
魔王は気持ちを切り替えた。が、同時にあることを思いついた。これだけの実力なら手元に置けばものすごく強力な駒として機能するのではないかと。ただ、口をきく気がないならこんなことを言っても仕方ないのではと思ってはいるが、一応魔王は勇者に聞いてみた。
「ところで勇者よ。私の元で働く気はないか?私の元に来ればより強力な力が手に入るぞ?」
「いいえ」
淡泊だが返事が返ってきた。いや、返事で「いいえ」と言う返答も淡泊過ぎないか?そこはもうちょっと「お前の配下になる気はない」とか「お前と組むなんてごめんだ」とか、かっこよく決める台詞があるのではないか。気になる点がいくつかあるものの、魔王は勇者の返答を聞いたことなのでそろそろこいつを始末しようと動きを始める。
「ならば仕方ない。貴様にはここで果ててもらうぞ!」
大いなる力を示すかのごとく台詞を放った直後、勇者は凄まじい勢いで力を蓄え始めた。魔王にはわかる。姿形は変わってないが、この勇者は表情1つ変えずに攻撃能力・耐久力・脚力・五感などを何千倍にも引き上げたのだ。
反射的に魔王は念動力を放つが、勇者はそれを歩くだけで回避した。
驚くまもなく剣を引き抜いて勇者が懐に飛び込んできた。もはや瞬間移動だ。そして剣を振るって見せる。凄まじい痛みが肩から肩甲骨辺りに掛けて走る。感じたこともない痛みが魔王を襲う。だが、これほどの攻撃で倒れる魔王ではなかった。再び攻撃を仕掛けようと体制を立て直そうとする。
が、貫くような痛みが連続してやってきた。まるで剣の一撃から連続しているような感覚だ。よく見たら勇者が手に持っているのは、釣り竿だった。肩甲骨には釣り竿の針が突き刺さっていたのだ。驚きと痛みで動けなくなる魔王。自分すら知らなかった弱点に言葉を失う。
ふと魔王は勇者の気になる部分が言葉だけではないことに気づいた。この勇者、一度も瞬きをしていないのである。まぶたは真上に開いたまま、ただひたすら魔王を見つめてくる勇者。先ほどの返答といい、この勇者は機械的すぎる。
豪快に釣り竿でスイングされ、魔王は玉座にたたきつけられた。地べたに弱々しく座り込む魔王は勇者に言った。
「ま、待て…お前一体何者なのだ!?人なのか!?本当に人なのか!?我が部下の魔物でもそこまで機械的なやつはいないぞ!?お前は、お前は…何なのだーーーーーーーー!!!!」
勇者は無言で魔王に釣り竿を振るい、切り倒した。
魔王はいなくなり、青空が戻ってきた。魔物が消え、世界は平和になったのだ。大喜びする人々。生い茂る植物。駆け巡る動物たち。
世界は平穏を取り戻すと、勇者はどこかに去って行き
ブツリという音を立ててその世界は消えた。