二回目
書き方を忘れてます。放置し過ぎるのはよくないですね。
男だった時はそれなりに身長があった。だから女性に抱き締められたら女性の頭がちょうど俺の胸あたりにきただろう。ところが今現在、俺は女だ。そして小柄な少女だ。結果として。
「無事でよかった」
ぎゅっと俺を抱き締めるアイリス。身長差から俺の顔がアイリスの胸にうずもれる。そう、埋まったのだ。下着がちょっと硬いけど極上の柔らかい物体に包まれて理性が飛ぶ。
こんなにふくよかで暖かくて甘くとろけるような物体がこの世に存在していたのか。俺は今までの人生を無駄にしていた。あまりにも幸せ過ぎてふにゃふにゃと身体に力が入らなくなる。
「恐かったね。大丈夫。お姉さんがいるからもう大丈夫だからね」
頭をなでながら優しく囁くアイリス。やばい、これはやばい。圧倒的歳上のお姉さん感。なんだか甘い薫りもする。意識が蕩けてしまってまともな思考能力を失ってしまって。
あっさりとバッドスキルが発動する。
「俺の生涯のパートナーになってください」
告白してしまった。
どうしよう。顔を上げられない。いや、でも、美少女からの告白ならセーフだろ。シュトリアも断ったとはいえ変な目では見てこなかったし、大人なアイリスさんならやんわりとお断りしてくれるはず。
「いいよ」
「え?」
驚いて顔をあげるとアイリスは真剣な表情でうなずく。
「私、アオイちゃんのパートナーになる」
夢でしょうか?
こんな綺麗な人がお嫁さんになってくれるなんて嬉しすぎて天に昇ってしまいそうだ。一度昇ったことはあるけど。
出来れば子供を二人はほしい。小さな家でつつましく暮らして、大きなベッドで一緒に寝て、お風呂も一緒にはいって、ああいいな。アイリスさんとならきっと幸せな家庭を築ける。
「俺、頑張ります。アイリスさんのために」
「ありがとう、でも無理は駄目ですよー」
親しげな口調に戻ったアイリスは優しく微笑んでくれた。
どうしよう。めっちゃうれしい。抱き締められるだけじゃなくて抱き締めたい。
いいよね? もう恋人なんだから合法だよね? 女の人を抱き締めるなんてはじめてで、なかなか腕が上がらない。まごまごしているうちにアイリスは俺を抱き締める力を一段階上げた。
「私も、専属受付嬢として一生懸命がんばるよ」
決意をこめた声音で言われて俺の時間が凍結した。
専属受付嬢ってなんでしょう。専属って響きからすると、まさに冒険者のパートナーなのだろう。
うん、そうだよね。
一回会っただけの相手と結婚なんてしないよね。なんで勘違いしたんだ俺は。恥ずかしすぎてお腹がいたい。
「葵ちゃん? 顔が青いけど、どこか怪我でもしたの?」
「ちょっとお腹が痛くて」
情けないけどほんとにお腹が痛い。なんかお腹の奥を締め付けられているみたいだ。しかもちくちくした感じもするし、頭痛もしてきた。
もしかして風邪でもひいたかな。迷宮から出てきて気がゆるんだのかも。
「もしかしてあの日じゃないの? 薬はのんでる?」
なぜか声をひそめるアイリス。
「あの日? なんのことですか?」
「え? 知らないの? ちょっとごめんね」
急に真顔になったアイリスは断りを入れてから俺のお尻に軽く触れた。
「やっぱり、どんだけ箱入りなの、葵ちゃんは」
首を動かしてアイリスの手をみると赤い液体が僅かについている。あれは、血? 知らない間に怪我でもしたのかな。
アイリスの胸の感触に神経が集中していたのか、冷静になってくるとお尻が濡れている感触がした。
「なんだ? 怪我でもしているのか?」
「男の人は近寄らないで!」
激しい剣幕でアイリスは近寄ってきた厳ついおっさんを追い払う。
「シュトリア! 詰所で毛布もらってきて、それと男共! じろじろ見ない!」
シュトリアが言われたとおり毛布をもってきた。受け取ったアイリスは毛布で俺の下半身をぐるぐる巻きにする。ちょっと大げさ過ぎて歩けないのですが。
「シュトリア、抱えてあげて、変なところさわらないでね」
ああ、なるほど。抱えてもらえるなら動けなくても大丈夫、じゃない。見た目はこんなでも中身は男。女性に抱えられるなんて恥ずかしすぎる。
「自分で歩けます、ちょっと緩めれば」
巻かれた毛布を緩めようとしたが緩まない。どんだけ堅く巻いたのか。
「気にしないで、葵ちゃんは軽いから」
まごまごしている間にシュトリアに軽く抱きかかえられてしまった。シュトリアの胸に頭を預ける形のお姫様抱っこで尋常じゃないくらい恥ずかしい。革鎧があるのでシュトリアの胸が直接当たることはないけれど、下手に動くと色々危なそうで動けない。
まさに借りてきた猫。
「大丈夫、大丈夫、楽にしてくれていいから」
優しくシュトリアが声をかけてくれるが、楽に出来るわけもなく。俺は抱えられたまま馬車に乗せられ、冒険者ギルドまで連れていかれた。
それからのアイリスの手腕は見事だった。ギルドの奥にある女子仮眠室に入るなり、シュトリアを外に追い出し、俺の服を全部脱がせた。
シュトリアに抱えられている間にも頭痛と腹痛が悪化していて抵抗する気力もなく。お尻をふかれ、なにやら布を巻かれたうえで下着と寝巻きを着せられると促されるままベッドに横になる。
「はい、これ飲んで寝ててね」
渡された薬を飲むとアイリスは難しい顔で腕を組んだ。
「念のために聞くけどほんとに知らないの?」
「何をですか?」
本気でわからない。途方にくれる俺をよそにアイリスは天をあおいだ。
「うーん、これは重症ね。いいかな葵ちゃん、お嬢様にはちょっと衝撃的かもしれないけど保健の授業をしましょうか」
突如はじまった保健の授業は確かに衝撃的だった。そして思い至らなかった自分が恨めしかった。
そうだよ。俺は女の子なんだよ。だったら月一で女の子の日があるのだ。あらかじめ用意しておけばこんな恥、かかなくてはよかったのに。
「病気じゃないし、女性はみんなこうなるの。葵ちゃんが変なわけじゃないのよ。でも葵ちゃんはちょっと重めみたいね。はじめてで驚いたのもあると思うけど」
薬を飲んで落ち着いたとはいえ、さっきまでかなり辛かった。あの状態が一週間続くとなると日常生活に支障がでるだろう。
「さっきの薬は痛み止めだけど、それとは別に症状を軽くしてくれる薬もあるんだけどね」
その薬はなってから飲んでも効果はなく、普段から飲んでおくものらしい。つまり、今飲んだところで効果はないのだ。
「あとアオイちゃんはこうなるのが遅かったけど、いつなるかは人それぞれだから気にしちゃだめよ」
まあ、そりゃ遅いでしょうね。つい最近女になったばかりだし。
「しばらくここで寝ててね。後でまたくるから」
「あの」
出ていこうとしたアイリスを呼びとめる。どうしても気になることがあってこのままでは寝ていられない。
「納品依頼の報告をさせてくれませんか?」
ダンジョンに潜っていたのは冒険者ランクを上げて奴隷を買えるようにするためだ。かなりの数を狩ったし、もしかしたらランクをあげられるかも。
「ごめん、最初にあやまるべきだったね」
アイリスは急に神妙な顔付きになると深く頭をさげた。
「もともと、アオイちゃんには便宜をはかるように言われていたの」
アイリスによれば、ある意味で俺は国が身元保証をしているようなものなので、わりと強い権限があるらしい。だからランクに関わらず奴隷の購入もできる。
「ごめん、私がきちんと確認すべきだった」
「いやいや、気にしないでください」
「でも、私のせいでアオイちゃんが危ないめに」
危ないめってなんだろ。普通にダンジョンにはいって普通に戻ってきただけなんだけど。
まったくアイリスさんは過保護だな。
「冒険者なんですから、ちょっとした危険くらい仕方ないですよ。それより奴隷の購入って今からできますか」
強引に話題を終わらせて話をかえる。
「今はばたばたしてるから、でも売約済みにならできるけど」
「じゃあ、それでお願いします。えっと、鱗のある獣人の女の子なんですけど」
アイリスは少し考える仕草をする。
「うん、わかった。昨日入った子ね。手続きはすましておくわ。あとお金は大丈夫? 500万くらいあれば足りるけど、後払いもできるよ」
人の値段がその程度か。複雑ではあるが買える値段なのはよかった。
「問題ないです。手続きお願いします」
「まかせて。じゃあ、ちゃんと休んでね」
そっと俺の頭を撫でてからアイリスは部屋を出ていった。アイリスから見れば俺なんて可愛い妹みたいなものなんだろうな。親しくしてくれるのは嬉しいけれど、男としては複雑である。
まあ、悩んでも仕方ない。なるようになるか。柔らかい布団をかぶって目を閉じるとすぐに眠気が立ち上ぼり、そのまま眠りの谷に落ちていく。