帰還
ラ・セーヌにあるダンジョンは初心者向きである。最下層であってもせいぜいレベル10程度の冒険者が訓練もかねて潜るぐらいの難易度だ。街にもたらす財貨も大したことはない。ラ・セーヌが栄えているのは首都に近いからだ。首都にあるダンジョンは稼げるので冒険者が集まるわけだが、いかんせん物価が高く。食料代などがかかりすぎる。そこでほとんどの冒険者はラ・セーヌで寝泊まりしたりダンジョンに入るための準備をしていってたりするのだ。冒険者のベテランと新人がいりまじり、お金を落としていくことでラ・セーヌは大きくなってきたのだ。ただ、ラ・セーヌのダンジョンはあくまでも初心者ダンジョン。暴走対策に配置されている国軍はあまり質がよくないと言われている。それでも国軍は国軍であり冒険者よりは偉い、とラ・セーヌにいる国軍兵士は考えいた。そんな兵士達は冒険者を無意識にしろ意識的にしろ馬鹿にしていて、冒険者、特にベテラン冒険者からすればひよっこが偉ぶるな状態になりがちだ。
ご多分にもれず、今回も冒険者と国軍は揉めにもめていた。どちらが主導権を握るかで不毛な話し合いがえんえんと続いているのだ。
冒険者ギルドから報告をうけた国軍は昨夜のうちにダンジョン周辺への展開をおえて、国軍のみでダンジョンに突入しようとしたのだが、冒険者ギルド職員から待ったがかかった。ダンジョンの暴走は冒険者と国軍が協力すべきであり国軍のみでの突入はすべきではないと。
実際、そのように法的に決まっているから国軍のみで突入しようとしたのは勇み足だ。だが国軍にも言い分はある。暴走状態のダンジョンからは魔物が溢れ出す。初心者ダンジョンであるゆえにたいして強くはないものの、ずっと戦い続けるのは負担が大きい。動きの鈍い冒険者を待っていられなかったのだ。
結局は冒険者達が集まる朝まで待たされ、やっと冒険者がきたと思ったら主導権を譲れと言われる。頭にくるのも無理はない。冒険者が集まるのが遅れたのはほとんどの冒険者が昼間は働いて夜は寝ているからだ。冒険者は肉体労働者であり、疲れている状態で暴走したダンジョンに突入させるわけにもいかない。疲れを知らない化け物みたいな冒険者もいないでもないが、残念ながらラ・セーヌには滞在していなかった。あのシュトリアですら昼も夜も動き続けるなんて無理だ。
「あのなあ。ダンジョンの罠を見分けられるのか? 人が仕掛けたものとは違うんだぞ」
冒険者側のとりあえずのまとめ役となったマキシムは日焼けしたいかつい顔で国軍の将校をへいげいしていた。対する将校はまだ若い。二十代前半くらいの青年である。鍛え上げられた肉体をもつという点では両者とも同じでも重ねた齢と、なにより実戦経験の差が見かけの迫力に雲泥の差をうんでいる。それでも怯まない将校もなかなかのたまだなとマキシムは内心評価した。
「我々には我々の命令系統がある。あなた方の指揮下では混乱がおきかねない」
マキシムとしても言い分はわかる。命令系統がどうのこうのというより、遅れてきた冒険者に兵士達は思うところがある様子だから指示に大人しく従ってくれるか不安はある。だが従ってくれなければ困る。
「それで罠にかかって足止めされるのか? やめとけ、暴走中のダンジョンじゃあ大量に魔物がでるんだぞ。囲まれて死ぬぞ」
いくら低レベルの魔物とはいえ、狭い通路で一気に押しきられるのもありうる。
「ソコロフ大尉もうこんなやつらおいていきましょうよ」
「少尉、下がっていてくれ」
ソコロフはよこから口を挟んできた少尉に命じる。上官に逆らえるはずもなく引き下がったが余計な一言を口にした。
「ふん、冒険者ごときが。大きな顔をしやがって」
「吠えてんじゃねえぞ国家の犬が」
マキシムの後ろに控えていた若い冒険者が聞き咎めた。
「おい」
マキシムがとめようとしたがすでに遅く、兵士と冒険者が集まって言い争いがはじまる。このやりとりがもう数回ほど行われていた。マキシムにしろソコロフにしろこんな争いは本意ではない。だとしてもそれぞれの部下をないがしろにすることもできず場をおさめられないのだ。もはや力ずくでうるさい連中を黙らせるしかないかとマキシムは物騒なことを考え始めたところで、ある意味、更に物騒な人物の声が響いた。
「あなた達、なにをしてるの」
冷たい印象を与える銀の瞳が騒いでいた連中に突き刺さる。恐ろしいほどの美人というのは立っているだけで注目を集めるものだ。決して大きな声ではないのに場の喧しい空気が一瞬ではりつめる。
「なんだ、シュトリアも来たのか」
年の功かマキシムだけは平然としていた。
「ついてきなさい。私が先頭でいく」
有無を言わせずシュトリアはずんずんとダンジョンの入り口に向かう。
「勝手に話しをすすめないでくれ」
冒険者達は渋々といった様子でシュトリアのあとについていったが兵士達は動かない。ソコロフはシュトリアについて行こうとしたのだが、仕方なくシュトリアを呼び止めた。
「いい加減にしなさい。女の子の冒険者が取り残されてるのよ。喧嘩は後でしなさい」
「いや、そもそも我々だけなら夜のうちに終わっていただろう」
ソコロフの皮肉をシュトリアはいっこだにしなかった。
「だったらそうすればよかった。自分が出来なかったからって私にあたらないで」
最早お前に興味はないとばかりにシュトリアは視線をそらした。
「貴様何様のつもりだ」
少尉の怒鳴り声はあっさりとシュトリアに無視された。
「よせ、彼女の言うとおりだ」
軍人は様々なしがらみに縛られる。巨大な力は使うための手続きや許可を必要とするのだ。ソコロフの判断で勝手に隊を動かすことはできない。それでも手はないわけではなかった。先行偵察という名目でダンジョン内に入れたのだ。それをしなかったのは、処分を恐れたからだ。軍規違反ではないとはいえ、先行偵察はグレーな行為である。なんらかの処分はあり得たのだ。
「冒険者が羨ましいな」
「お前も軍なんてやめちまうか?」
ソコロフの呟きにマキシムは茶化すように声をかける。マキシムは元軍人でありソコロフの立場が何となくわかる。
「私は国家の盾だ。不満があるわけではない」
「まあがんばんな」
シュトリアの後ろをソコロフが追うと他の兵士もばつが悪そうに続いていく。言いたいことはあるものの、女の子の救出より冒険者と揉める方を優先したことが恥ずかしかったのだ。
シュトリアは振り返らない。なんなら誰もついてこなくてよかった。彼女の頭の中ではすでに、助けだしたアオイと抱き合ってそのままベッドにたおれこむ妄想が展開されていた。アホである。下らない妄想をしているくせに氷のような美貌は揺るがないのだから達が悪い。
妄想が現実になる期待とアオイちゃんが魔物にあれやこれやされてたらどうしようという心配を胸にシュトリアはダンジョンに足を踏み入れようとしてそのまま動きをとめた。
「あれ、皆さん。どうされたんですか?」
ピコピコ動く狐耳、いかにも新人冒険者といった革鎧をきた可愛らしい少女が不思議そうに目を見開いていた。
少女はダンジョンからひょっこりと出てきたのだ。五体満足の元気そうな様子で。
いくつもの無言の視線がその少女につきささる。少女は居心地悪そうに身をよじった。
「あっ、邪魔ですか? どきますね」
ちょこちょこと脇による少女。可愛らしい仕草に衝撃をうけたシュトリアは、はっと我にかえる。同時にキュピーンと閃いた。予定とは違うものの、抱きついて、どさくさ紛れにお尻を揉みしだいても誰も文句を言えない状況ではないだろうか。
よし、やろう。今すぐ抱きついてアオイちゃんの小さくてキュートなお尻を揉み揉みしよう。
シュトリアはよこしまな気持ち全開でアオイに手を伸ばそうとして、突然肩をつかまれ後ろにひっぱられた。
「あ、アイリスさん」
アオイは不思議そうに小首をかしげる。
アイリスはぺいっとシュトリアを後ろに捨てるとそっとアオイを抱き締めた。