ダンジョンボス
旅行セット(中)は偉大だった。六人分を想定したこのセットのテントは普通のテントに見えて普通ではない。鑑定スキルで見てみると、魔物避け、温度一定、防音、危険察知警報、目覚まし機能、などの機能がつけられていてソロ冒険者でも安心して眠れる代物だ。小部屋では魔物が湧かないとはいえ、便利であることにかわりない。おかげでゆっくり休息することができた。
昨日、ルフィナを逃がしてからブラックウルフの群れをわりとあっさり殲滅したわけだが、さすがに疲れた。肉体的には余裕でも精神的にしんどい。常に気を張り続けるというのは高いステータスでも強い負荷がかかるみたいだ。さらに二層ほどおりて小部屋を見つけたのでそこで一晩休んだわけだ。おかげで体調は万全。張り切っていこう。
さっそくスキル探索を起動。
おおう。めっちゃ敵だらけやん。
マップが真っ赤だ。レベル上げをしやすいと前向きに考えよう。現在レベルは32だ。30を超えたところでなかなかレベルが上がらなくたったから調度いいといえばいいのだ。
携帯食料で朝食をすませ、テントなども全てアイテムボックスにしまう。アイテムボックスがなければソロでの活動はほぼ不可能だろう。テントにしろ倒した魔物にしろ、とても一人で持ち歩けるような代物じゃない。だからこそ荷物持ちという職業があるのだろう。
片付けが終わったので次は自分の準備だ。女王からもらった装備品を手早く身に付けて腰に血潮をぶら下げておわり。女性の身支度とは思えない早さである。せっかく美少女になったのだしもうちょっと気を使うべきだろうか。何もしなくとも完璧美少女なので更に容姿を整えたらどうなるのか見てみたい気持ちもある。男としての意識的にはそれでいいのかと抵抗感があるけれど、綺麗に着飾るのも悪くないかなと思える。可愛くて綺麗な女性を鏡越しとはいえ凝視できるのだからやって損はないだろう。鏡にうつっているのが自分自身である点に目をつぶればだが。しばし、願望と理性がせめぎあい、結論として保留にする。今はダンジョンを攻略してあの子を迎えにいくのが最優先だ。
探索スキルで小部屋の外の様子をうかがう。出た途端に敵に囲まれてるとか、死にはしないけどしんどい。魔物とのレベル差が開いたからか、レベル10の魔物はもう雑魚だ。しかもブラックウルフしかいないから何度も同じ敵と戦って行動パターンは把握済み。完全記憶さまさまである。
タイミングを見計らって小部屋から飛び出す。一番近くの群れに突撃して血潮の一閃でことごとくほふっていく。一瞬で群れを殲滅して次の目標へ。リズムよく足音を響かせ、ふっふと息を吐く。気分が高揚していく。身体の熱が心地いい。
いけない。力を使うことに酔ってしまいそうだ。この力はあくまでスキルと獣人の身体能力によるものであって自分の力ではない。慢心すれば足元をすくわれるだろうし、なにより性格が歪む。高ぶる気持ちを押さえつつ、この階層の魔物を全てたおした。アイテムボックスに死骸を全てしまったけれどまだまだ容量には余裕があるようだ。そもそも容量制限自体がなさそうではある。
階層をおりる度に魔物を殲滅していく。やはりあらわれる魔物はブラックウルフでレベルは10だ。外に貼り出されていた依頼書にブラックウルフの依頼はなかったからいくら倒しても昇級には関係がない。そろそろ引き上げようかなと迷っていたところでそれを発見した。
扉である。
漆黒の巨大な両開きの扉だ。いかにもこの先にボスがいますよと主張している分かりやすい扉だ。どうせここまでおりてきたのだ。挑戦するのも悪くないだろう。扉を開こうと手を触れると重々しい音をたて、扉は内側に開いていった。ひんやりとした広い空間。どこかで水が滴っているようで澄んだ水音が響いている。通路とは違い床は石畳で壁はいくつも岩が積み重なって形成されていた。天井に隙間でもあるのか光のヴェールが空間の支配者に降り注いでいる。ブラックウルフと見た目はかわらないのに漏れ出す威厳は段違いだ。明らかに上位の存在、さっそく鑑定をかける。
・レベル 20
・名前 なし
・種族 ブラックウルフ
・称号 群狼の王
・スキル 探知 駿足 群狼召喚
ステータスは俺が上だ。真っ向勝負なら勝てる。だがスキル群狼召喚が不穏過ぎる。スキル加速を全力で行使し、一息に仕留めようと駆けた。だが、いかんせん距離がありすぎる。というか、もともと群狼召喚が間に合う距離で待機していたのではないか? 紙一重で間に合わなかった。群狼の王を切り裂こうとした一太刀は空間からにじみ出るように出現したブラックウルフに命中する。その間に群狼の王は軽やかに引き下がりながら続けざまにブラックウルフを召喚し続けた。昨日は多数のブラックウルフを相手取って余裕で立ち回ったが、今回は状況が違う。狭い通路ではなく、広い空間では容易に背後を取られる。実際、召喚されたブラックウルフ達は素早く散らばって俺を包囲している。ぎらぎらと光る無数の目が全方位から俺の様子をうかがっていた。突撃しても数が多過ぎて突破は無理だろう。
ふうっと吐息を吐く。高鳴る心音は恐怖だろうか、それとも。
指が痺れるほどの緊張感。血潮を正眼に構えて感覚を研ぎ澄ませる。
初撃は斜め後方、探索スキルで敵の位置は分かっている、さらに回避スキルが発動することで右足に噛みつこうとしていることも予見できた。振り向き様に血潮を横凪ぎにはらう。それだけでブラックウルフは上下に両断される。一手一手を慎重に間違えなければやれる。
せきをきったように一斉にブラックウルフ達が攻め寄せた。つったっていたら物量でのまれるだろう。目前に迫ったブラックウルフの頭を蹴りつけて飛ぶ。空中で身体をひねり、一回転しつつ、足場にしたブラックウルフを仕留めた。着地の寸前、前後左右からの追撃。空中では飛び上がれない。だったら足場を作ればいい。アイテムボックスからブラックウルフの亡骸を足元に出現させて積み上げる。俺はその上に着地して亡骸に突っ込んで混乱しているウルフ達を切った。まだまだ敵はいる。駆け抜けながら触れるをさいわい切って、切って、切って。
やがて空間にいるのは俺と群狼の王だけになった。そこかしこに散らばるウルフ達の亡骸。立ち込める強い血臭に現実感が消失していく。群狼の王は仲間達を弔うように遠く長く天に吠えると、駆け出す。レベルの分だけ他のブラックウルフより速度は速いがそれだけだ。
首を狙って半身をずらすだけで避けつつ、血潮で群狼の王にとどめをさした。
《ダンジョンボスを撃破しました。条件を満たしたため魔剣血潮の位階が第九位階になりました》
頭の中に響く神託。武器の成長でも神託がおりるのか。いい機会だし血潮に鑑定をかけて見よう。
・号 血潮
・位階 第九位
・スキル 血流陣
血流陣とはまた物騒なスキルだな。魔剣だし当たり前なんだけど。さてどんなスキルなのか。
・血流陣 吸収した血液で魔方陣を描くことにより魔法の威力を倍増する。倍率は魔方陣に使用した血液量と質に依存する。
今のところ使い道のないスキルだ。なにせまだ魔法を使えないのだから。そもそもこの世界の魔法とやらがどんなものかも知らない。全魔法素養のおかげで魔法書を読めば使えるようになるのだし、ギルドの受付で聞いてみよう。
まあ、あの子を買い取ってからの話しになるけどね。何をおいてもそれが最優先事項だ。
「さてと」
方針も決まったところで、目の前の仕事を終わらせねばなるまい。
「全部回収してまわるか」
そこかしこに散らばるウルフ達の亡骸。いったいどれだけあるのか数えたくもない。
「早く帰ってお風呂はいりたい」
ぼやきながら一体一体アイテムボックスにしまっていく。まとめて回収とかは出来ない仕様のようだ。なんと地道な作業だろうか。俺はちょっと泣きたくなりつつ、黙々と作業を続けた。