表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バッドスキルは女好き  作者: 一葉
11/16

暴走

冒険者ギルドの朝は騒がしい。緊急事態に備えて24時間営業をしているとはいえ、冒険者も基本は昼に働いて夜に寝る。そのためには朝から依頼をこなす必要があった。魔物の部位などの納品依頼は早い者勝ちだが討伐依頼や護衛依頼などは受付けを通して受注しなければならないし、こちらの方が依頼料が高くて儲かるからダンジョンに直行する冒険者は少ない。アイテムボックススキルかマジックバックを所持し、魔物を大量に狩れるのなら納品依頼の方が儲かるが、その条件を満たせるのは中級冒険者でも上位の者になる。シュトリア・アンラはその条件を満たす中級冒険者である。ただし、彼女がもつ高価なマジックバックの容量の大半は特殊な趣味のコレクションで埋まっていたりする。なのでシュトリアも朝早くから冒険者ギルドに出向くのは珍しくなかった。

シュトリアは冒険者ギルドに入るとすぐに違和感を覚えた。騒がしさの質がいつもと違うのだ。みんなはりつめた雰囲気で何事か話し合っていた。受付嬢達もカウンターから離れていそがしそうに動き回っている。

「あっ、シュトリア」

受付嬢のアイリスがシュトリアに気がついて声をかけた。

「何があった?」

「ダンジョンの暴走です」

だろうなと、シュトリアは納得する。冒険者は基本的に魔物と戦う職業で戦争には参加しない。なのでダンジョンが近くにある街で冒険者ギルドに戦力が集まっているのならダンジョンの暴走だと察しはつく。ダンジョンの暴走は数十年に一度はおこるもの。ただしそれは平均値で立て続けにおこることもあった。

ダンジョンの暴走はまず最下層にそのダンジョンの難易度にそぐわない強力なダンジョンボスが出現する事で始まる。ボスが出現した時点で各階層ごとに出現していた魔物が出現しなくなり、最下層でのみ魔物が出現するようになる。この魔物はボスと同種族でランクが落ちるものになるが、ボス自体が強力なので通常、そのダンジョンで湧く魔物より遥かに強い。そして最悪なのが、この魔物達は階層をこえるどころか外に出てくるのだ。ダンジョンの魔物は獲物を追いでもしない限り階層をこえないし、外にもでない。なのに暴走がおこれば魔物は外に出てくる。それもいつもより強力な魔物がだ。

「討伐隊を組んでいるんだけど、お願い、シュトリアも参加して」

ダンジョンの暴走は冒険者ギルドでなく軍の管轄だ。ダンジョンからは様々な資源がとれるし、さっさと暴走を止めないと経済的にも人的にも被害が大きい。だからダンジョンの近くには街があるし、軍隊が駐留している。首都ピヴィエーレなどは百層以上ある大迷宮が三つもあり、その暴走に備えて最大戦力がそろえられていた。

シュトリアとアイリスは知らない仲でもない。一緒にお酒を飲んだりするくらいの友人である。だからこそアイリスの様子がおかしいことが気になった。

目元にはくまが出来ていたし、若干頬がやつれている。いつも柔和な笑顔に彩られた表情も暗く沈んでいた。アイリスは受付嬢としてかなり優秀で深刻な状況でも決して表情には出すような人物ではなかった。

「アイリス、何かあったのか? 思い詰めた顔をしてるぞ」

「いや、夜勤明けだから」

嘘ではないが言っていない情報もある。アイリスは昨日、夜勤担当ではないのに残っていたのだ。暴走は緊急事態に違いないが、かといってギルド職員をまったく休ませないなどということはない。昨日から休んでいないのはアイリスが自分自身を責めているからだ。

アオイに奴隷は買えないと言った彼女であるが、あの指輪があれば奴隷を売ってもかまわないのではないかとギルドマスターに伺いをたてるとやはり売ってもいいと許可がおりた。明日アオイに伝えようと思っていたらルフィナがギルドに飛び込んできたのだ。ダンジョンの暴走とルフィナを助けるために残った少女冒険者の存在を報告されて嫌な予感がした。助けにいってと泣くルフィナをなだめてその少女冒険者の特徴を聞くとアオイの容姿そのもの。

私のせいだ。

背筋が凍る。アオイはどういったわけか奴隷を買いたがっていた。どうしても買いたくて無茶をしたのではないか? ラ・セーヌにあるのは初心者ダンジョンで浅い層なら見習い冒険者であろうとまず死なない。だからといって一人で入っていい場所ではない。いくらゴブリンが弱くとも多勢に無勢になれば見習い冒険者はあっさり死ぬだろう。まして今は暴走状態だ。生き残っている可能性はほぼない。

忠告すべきだったし、アオイを帰す前にギルドマスターに奴隷売買の確認をすべきだったのだ。ギルドが荷物持ちとして購入した奴隷には獣人もいる。もしや奴隷のなかに助けたい人がいたのではないか。戦争が終わってから三十年。アイリスのような若い世代はもう戦争の惨たらしさを理解しているとは言いがたい。が、その若い世代でもいまだに奴隷にされてしまった肉親や友人を探し、本人や子供ができていたら買い取ろうとしている人々もいるのだ。

浅はかだった。

きっとアオイは奴隷を一刻も早く買い取るために無理をしたに違いない。思い詰めた雰囲気もなかったので見逃してしまった。あんな小さな子が奴隷を買いたいと言った時点で気づくべきだった。

責任はとらなくてはいけない。

「討伐隊には私も参加するけど、まだ戦力が足りない。お願いシュトリア、手伝って」

ダンジョンの暴走は軍が対処してくれると言っても、彼らはダンジョンに馴れていない。ダンジョンボスを倒せば暴走は終わるが、軍のみで突撃して手痛い損耗をしいられた経験もある。ダンジョンボスの撃破は必ず軍と冒険者が協力しておこなう。経験豊富な冒険者と数を集められる軍が互いに足りない部分を補いあうのだ。

「参加はしよう。だからアイリスは休め」

アイリスは元中級冒険者だ。それも上級冒険者試験を受けたほどの実力者だった。その上級冒険者試験で右腕に深い傷を負わなければ今頃上級冒険者になっていただろう。腕の傷は日常生活には困らないものの、素早く動かしたり重いものを持ったりは出来なくなり引退するしかなかった。

「でも私が助けないと」

アイリスはアオイのことを重要情報を伏せて説明した。

「え、うそ、ほんと?」

シュトリアは目に見えて狼狽える。砂漠の氷壁の名は伊達でなくシュトリアが取り乱す姿をアイリスは初めてみた。

「知り合い?」

悪魔崇拝者の件はアイリスも把握している。あれが初対面のはずなのだが。

「私のアオイちゃんが、いけない! 急がなきゃ! 他の突撃組はどこ!」

「ダンジョンに向かってるけど」

私のアオイちゃん発言に若干引きつつアイリスは反射的に答えた。

「わかった、アイリスは休んでて! アオイちゃんは私が助ける!」

「あの、シュトリア? なんかキャラが違わない?」

戸惑うアイリスを残してシュトリアは脱兎の如く冒険者ギルドから飛び出す。早くしなくちゃアオイちゃんの貞操の危機だ! 魔物達にあれやこれやされる前に助けなくちゃ! と本気で心配しているシュトリア。だがそれは杞憂だ。魔物はそういった意味で人間を襲うことはない。では何故そんな心配をしているのか? それは彼女のコレクションが原因だった。まさに魔物にあれやこれやされちゃう系の本を何冊か彼女は所持していた。自分もスライムになりたいとわりと本気で考えていたりする。作り話だと理解しているが万が一、そう万が一の事態は考えられる。

「まっててアオイちゃん、あなたの貞操は私が守る!」

この変態はもう駄目かもしれない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ