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きみのこえ  作者: はんどろん
04.吟遊詩人と冷たい雨
9/63

09.

 先ほどからなり続ける雨音に、スピカは視線を窓へやった。最近は雨が多く、気温は下がる一方だ。

「もうすぐ、止むよ」

「うん」

 スピカと同じように、窓の方へ目を向けたトトが言った。

 此処に来る時少し曇っていたから、少しくらいなら濡れても大丈夫な上着を羽織り、同じく水の染みらない靴で来たが、大雨だと外に出る気も起こらない。薄暗い空は少しも雨の止む気配を漂わせなかったが、トトが言うのなら止むのだろう。止んだら急いで帰ろうとスピカは思う。

「それで、イシュはスピカの家に少しの間いるんだ?」

 トトは先ほどまでしていた話しの続きを促した。

 イシュが、セラントの森をくぐり抜けてこの村にやってきたこと、そして今はスピカの家にいることを、スピカはトトに話したのだ。

「うん。イシュが来てくれたから、家にいても凄く楽しいよ」

「そう」

 トトは笑顔のまま相槌を打つ。

 スピカは手に持っていた温かなコップを、ぎゅっと握りしめた。

「ねえ、トト……明日、イシュと一緒に此処に来てもいい? イシュが、トトに会ってみたいんだって」

「そうなんだ」

 トトは微笑んだままだったが、いい気はしないだろう。

 イシュがトトと会いたがる理由は、トトが『スペルカ』であるからだ。スピカは友達としてのトトの話しを今までイシュにたくさんしたが、それでもイシュがトトをかみさまとして見てしまうのも、無理はない。イシュは毎年行われる、あの月祭りでしかトトを見たことがないのだから。月祭りの祭壇の上で鎮座する隙の無い美しいトトの姿は、かみさま然としている。見事な金色の髪は、昼間はきらきらと輝き、夜は月の光を透かす。そして澄み切った瞳も幻想的なのだ。この村にも、トトと似た色彩の人々はいるが、トト程見事な者はいない。けれど、トトがスペルカとして扱われるのを好きではないのも、スピカは知っていた。スペルカさまと呼ばれると、トトの穏やかな表情は、途端に硬質で冷たいものになる。たとえそれが笑顔であっても。

 そういえば。とスピカは不思議に思った。

 最近、スペルカを見ていない。

「……明日が雨でもいいんなら、いいよ。連れておいで。僕も一度、その人の話しを聞いてみたかったんだ」

 考えてみれば、トトもスピカと同じくこの村を余り出たことがない。幼い頃は病気のせいで。今はこの村のかみさまだから。

「やったあ! ありがとう!」

 喜ぶスピカに、トトは笑顔で返した。


 次の日も、トトの言ったとおり雨が降った。

 スピカとイシュは暖かな服を着込み、防水の上着を着て、イシュは動物の胃袋を縫い合わせて作った大きな袋にセラントを入れてぎゅっと袋を閉めた。こういう日は、少し音が変わるんだよね、と苦笑していた。

「意外と、普通の家なんだね……それに、オスカの家の隣だったんだ」

 イシュはトトの家の前に着くと、意外そうな顔をしてその家を見上げた。

 かみさまの家だから、神殿のようなものでも思い描いていたのだろうか。神殿とまではいかないが、トトの家はこの村でも大きい方だ。

 スピカは苦笑すると、イシュの服の袖を引いた。

「早く入ろう」

 そう言うとイシュは頷いた。

 家の中には、トトのお母さんのシュトゥと尼僧が数人いた。

 お父さんのアラントは仕事に出ているようだ。

 村でトゥセラさんと共に医者をしているアラントは、元々都の騎士だったと、昔聞いたことがある。トトがかみさまになってからは、働く必要もなくなった筈だが、それでもアラントは仕事を辞めようとはしなかった。それはシュトゥも同じだ。トトがかみさまになった日から、世話をする為に日替わりで何人もの尼僧がこの家にやってきているのだが、シュトゥは以前と同じように家事をし、アラントとトトの為においしいご飯を作る。

 スピカはたまに尼僧たちが看守で、トトは大きな檻に閉じ込められた囚人のようにも見えることがあった。

 シュトゥはやって来たスピカとイシュの姿を見ると、微笑んだ。その穏やかな笑顔は、トトとやっぱり似ている。

 初対面の二人は自己紹介を手短にすました。

「スペルカさまに会いに来たのね? 上でふたりを待ってるわ」

 シュトゥの言葉にイシュは、少し驚いた顔でスピカの方を一瞥した。トトの母親であるシュトゥが、トトのことを「スペルカさま」と呼ぶのに驚いたのだ。スピカはイシュの視線の意味に気付き、苦笑した。

 この村でトトのことをトトと呼ぶのはスピカしかいない、と言っておけばよかっただろうか。イシュはシュトゥに、もうすぐ一六にもなる息子がいると知った時にも驚いていたから、驚きっぱなしだ。

「うん。上に上がってもいい?」

「もちろんよ」

 シュトゥはにこやかにそう答えると、二人に先を促した。

 金色の長い髪が、きらきらと揺れる。シュトゥはまだまだ若い娘のようで、美しい。アラントも、整った精悍な顔立ちと体つきをしていたが、トトはどちらかというと母親のシュトゥ似だろう。

 スピカとイシュは、濡れた上着を玄関で脱いで掛けると、階段を上った。途中で尼僧に会ったが、尼僧の方は声を出すこともなく無表情に会釈するだけだった。そのことにもイシュは少し戸惑った様子を見せた。

「トト、入ってもいい?」

「どうぞ」

 スピカとイシュが来たことに気付いていたのか、スピカの声と同時にトトは扉を開いて二人を招きいれた。

 イシュはやはり驚いた顔で少し躊躇していたが、スピカが部屋の中に入るとその後に続いた。

「はじめまして。イシュさん」

「はじめまして……急にお邪魔して」

「いいえ」

 自分よりも小さくて年下の、けれどかみさまのトトに、イシュは自分の態度をどうすべきか決めかねている様子だった。

 にこやかなトトは堂々としていて、幼い見た目とは裏腹に大人っぽい。

 村人ではないイシュにも、かみさまに対してのあの感情は芽生えるのだろうか。

 スピカは不思議な面持ちで二人を眺めた。

 この部屋で、スピカとトトが二人ではないことなんて、八年ぶりだ。それに、吟遊詩人のイシュとこの村のかみさまでスピカの幼馴染であるトトは、なんとなくスピカの中では違う場所にいたから、二人が一緒にいるとなんだか変な感じだった。

「ふたりとも。立ちっぱなしもなんだから、座って」

 トトに勧められるままに二人は椅子に座った。

 トトも二人が座るのを確かめると、席についた。かみさまに席を勧められて先に座るというのも妙な気分だったのだろう。イシュが居心地悪そうに体を微かに捻るのをスピカは横目で見た。それとも、もしかすると、椅子が小さかっただけのなのかもしれない。

 その時、いつの間にかやってきた尼僧が、真ん中の小さなテーブルに暖かいお茶の入った茶器と三人分のコップを置き、お茶を注いでから静かに部屋を出て行った。

 トトの分からないところで二人の顔をじっと見てから。

「それ、セラントですか?」

「ん? ああ……」

 イシュは結局、スピカの手前か、トトに対して年上として接することに決めたらしい。他に人がいないし、小さなスピカがトトに対して普通に喋っているのに、イシュが変に畏まるのもおかしいと思ったのだろう。

 自分の座る椅子に立てかけた長細い弦楽器の入った袋から、イシュはそれを取り出した。

「俺は、ここに来る度にセラントに酷い目に合わされるけど、セラントの音は大好きでね」

 そう言って弦に弓尾を当てて、スピカたちにとっては耳になじんだ、不思議な音を響かせた。

「一曲、聞かせてもらえますか?」

「喜んで……さあスピカ、歌ってくれるかな?」

 そう言って、あの音楽を奏でた。

 スピカが小さな頃から口ずさんでいた、あの歌だ。

 イシュはその歌をとても気に入っていると言っていたけれど、楽しい音楽もたくさん知っているのに、どうして哀しげな雰囲気の漂うそれを選んだのか分からなかった。

 正直スピカにとって、今トトの前では余り歌いたくない歌だ。スピカに了承を得る前に弾かれだされたその音楽に、スピカも仕方なく合わせて歌いだす。

 スピカはその歌を歌うたびに、昔のことを思い出す。

 おばあちゃんが多分、ずっと隠していた大切なもの。今も家にあるぎんいろの鍵。

 ちらりとトトを見ると、トトは澄んだ瞳でじっと二人の様子を見ながら音楽に聞き入っていた。

 短いその曲は直ぐに終わり、最後の一音をイシュがセラントで奏でると、トトは笑顔で二人に礼を述べた。次にイシュは、スピカが小さい頃に好きだった喜劇を、弾き語りで二人に聞かせた。喋る動物たちと、間抜けな王子の話しだ。

「素晴らしかったです。イシュさん」

「お褒めに預かり光栄です」

 イシュは少し冗談めかしてそう言った。

 スピカがくすくすと笑うと、イシュは窓の外に目をやった。二人が来る時には大雨だったのに、木々に残った雫がぽつぽつと降るだけで、いつの間にか雲の切れ間から太陽の光が、薄い帯のように差し込んでいた。

「雨も止んだし、そろそろ帰ろうか、スピカ」

「……え?」

 スピカは少し目を見開いてイシュを見た。

 スピカが歌を歌って、イシュが弾き語りをしただけで、三人では殆ど会話をしていないし、それに急いで帰らないといけない用もない。

「もう帰るの?」

 そう聞いたトトは、別に驚いた様子もなく微笑んでいる。

「ああ、そうだ。あなたは最初に歌った歌を知っているかな?」

「ええ、まあ。スピカが昔からよく歌っていたので」

「『昔から』? それは、いつ頃から?」

「え?」

「イシュ……!」

 スピカは叫ぶようにイシュの名を呼ぶと、ガタッと大きな音を立てて、椅子から立ち上がり、まだ座ったままのイシュの腕を引いた。トトは少し驚いた表情、その様子を眺めている。

「帰ろう! 雨も止んだし、広場でまた歌うんでしょ?」

「……ああ、そうだね」

 イシュは苦笑したが腕を引っ張って急かすスピカに動じず、ゆっくりとセラントを袋の中にしまって、それを大きな肩に掛け立ち上がった。

 トトもそれに合わせたように立ち上がって、二人を見送る。

「今日はありがとうございました、イシュさん。スピカも、ありがとう」

 そう言って、いつも通りの優しげな笑顔で言うトトに対して、イシュは苦笑いの顔のまま返した。

「こちらこそ、ありがとう。あなたの姿を間近で見れて、嬉しかったよ。またよかったら聞いてくれ」

「はい」

「じゃあね。トト」

「……あ、スピカ」

「なあに?」

「ちょっと、話したいことがあるんだ。また明日来てくれるかな? 明日は晴れだし」

 今、ここで話しにくいことなのだろうか。

 スピカは一瞬首を傾げたあと、微笑んで頷くとトトに手を振り掴んでいたイシュの腕を引っ張って部屋を出た。

 トトの家を出るまで、黙ってイシュの腕を引っ張っていたスピカは、扉が閉まると同時に口を開いた。

「どうして、あんなことを言ったの?」

 不貞腐れた目で見上げてくるスピカに、イシュは眉を下げて肩を竦めた。

「……さっきのは、悪かったよ。色々と気に入らなくて、つい」

「何が気に入らなかったの?」

 スピカは責めるでもなく、純粋に疑問に思ったことを聞いた。

 イシュはいつも通りの喋り方で、おかしかったのはトトに向けたあの発言だけだったから、気に入らないことがあるなんてスピカは気付かなかった。それに大らかなイシュが気に入らないなんて、よっぽどだ。スピカは先ほどの出来事を頭の中で反芻したが、イシュが別に気にするようなことはなかったように思う。

「……まあ、色々とね」

 イシュは曖昧に答えると、スピカの肩を軽く押して言った。

「ほら行こう。広場に行くんだろ?」


 広場へ向かう途中にオスカと会い共に広場へ向かうと、オスカのお姉ちゃんと数人の娘たちがいた。どうやら雨が止むと同時に家を出て、イシュを待ち伏せしていたようだ。

 それを見たオスカはうんざりした様子で顔を顰めた。

「……ヨルカ、お前恋人のカナンがいるだろう?」

「イシュは別物よ!」

 オスカのお姉ちゃんのヨルカはそう言うと他の数人の娘たちと「ねーっ」と声を合わせた。

 よく見れば皆月祭りの日に踊っていた娘たちだった。けれどあの時の幻想的な雰囲気は、今の彼女達からは微塵も感じられない。

 オスカの姉のヨルカは、スピカを見つけると微笑んだ。

「こんにちは、スピカ。今日もスペルカさまの家に行っていたの?」

「うん。イシュと一緒に」

 スピカがそう言うと、みんな意外そうに目をまるくさせた。それに対して、オスカはやはり少し顔を歪める。

「スペルカさまが、スピカ以外を部屋に入れるなんてねえ……」

「畏れ多くてスペルカさまの部屋に入るのを自分から望んだ人もいなかったけれど」

「どうだった? イシュ。スペルカさまは」

「美しかったでしょう?」

 矢継ぎ早に言う娘たちにイシュは苦笑した。

 先程まで一緒にいた「かみさま」である少年の姿を思い出す。まだ幼さの残る顔立ちの割に、表情も言葉使いも大人のそれだった。美しさに惹き込まれそうになったが、顔に貼り付けたようにある笑顔が気に入らなかった。それに、自分の意思とは関係なく湧いてくる変な感情も。

「確かに美しかったけれど、君達の方が美しいと思うよ」

 イシュがそう言うと娘たちは「きゃーっ」と黄色い歓声を上げた。オスカはイシュの言葉にも、そんな反応をする娘達にも鳥肌が立ったのか顔を引きつらせた。スピカはぽかんと間抜けな顔をしてその様子を眺めている。

「おい、スピカ……こいつらほっといて昼飯食いに家にこないか? 朝から狩りに行ったから、ちょっとご馳走だぞ」

 オスカの言葉にスピカは目を輝かせた。

 そういえばそろそろ昼時だ。

「行く!」

「よし、行こう」

 オスカはスピカが目をきらきらさせるのを見て苦笑すると肩を押した。

「あら、オスカ。スピカを連れてどこ行くの?」

「俺ん家に飯食べに帰る。ヨルカもそろそろ帰らないと食い逃すぞ」

「やっぱり君ら仲がいいなあ。兄と妹みたいだね」

 イシュの言葉にスピカは不思議そうに小首を傾げてイシュの顔をじっと見た。

「スピカが妹なの? スピカはオスカのこと弟みたいに思ってるよ」

『ぶっ』

 イシュとヨルカと他の娘たちはスピカの言葉に一斉に吹き出した。

 オスカはうんざりした顔だ。

「……あのなあ、スピカ。どう見たって俺の方が年上だろう」

「オスカは体は大きいけど、スピカと同じ歳じゃない。それに小さい子みたいにばかばかよく食べる」

「ばかばかって……あーもういいよ。それで」

「まあ、確かにスピカは子供っぽくみえるけど、他の人が思うよりは大人かもね」

 イシュはそう言うと苦笑してスピカを見た。

 イシュの言葉の意味に気づいた娘たちは口を噤む。普段は心の奥に隠されている罪悪感が、娘達の顔を曇らせた。

「……あくまで、物分りのいい子供だろ? こんな小さい大人なんか見たことないよ」

 オスカの場を和ます言葉で、皆顔に少し曇りを残したまま微笑んだ。

「ねえ、早く食べに行こう?」

 よっぽどお腹が空いたのか、スピカはせがむように服の袖を引っ張ってオスカに言った。

 その様子を見て、みんな完全に笑顔を取り戻し、くすくすと笑う。オスカは苦笑すると「はいはい」と言いながらスピカの頭を軽く小突いた。どう見たって、スピカはまだ幼さの残る子供だ。

 もしかするとその幼さも、村人たちが望んだ結果かもしれないけれど。

「イシュは、どうする?」

「俺もお邪魔してもいいのかな?」

「もちろんよ!」

 聞いたオスカの代わりにヨルカが嬉しそうに答えた。

 他の娘達はヨルカを羨ましげに見つめると「じゃあ、また雨のない時にここでね、イシュ」「またここで待ってるから、今度はお話し聞かせてね」「愛してるわ、イシュ」そう口々に告げ、愛想の良い笑いを浮かべるイシュと、それからスピカとオスカの姉弟に手を振ってそれぞれの家へと戻った。





     *





 次の日。

 トトの言った通り、晴れ晴れとした空の下をスピカは歩いた。

 シュトゥはスピカの姿を認めるといつものように微笑んだが、なぜかその笑顔にはいつもと違う寂しさがあった。

「こんにちは、スピカ。今日も来てくれてありがとう」

「こんにちは。……ねえ、なにかあったの?」

「いいえ。さあ、スペルカさまが待ってるわよ」

 そう言うとシュトゥは満面の笑顔を作った。

 目の下には薄っすらとクマがあったし、その目も少し腫れていた。シュトゥは肌が白いから、薄っすらとしたクマでも目立って疲れを表している。

 スピカは心配しながらも促されるままに階段を上った。

 今日はやけに尼僧の視線が突き刺さるような感じがして、それも気になった。元々村人の尼僧とは違って都から派遣された尼僧たちは、いつもはまるで無関心のようにスピカに余り目をくれることもないのに。

「スピカ、来てくれてありがとう」

「ううん。話しってなあに?」

 トトはスピカを寝台の端に座らせると、座ったスピカに視線を合わすようにその前に跪いた。

「寺院に、移ろうと思うんだ」

 さらりと、にこやかにそう言った。

 突然のことにスピカは目を見開く。今まで司祭に何度も誘われても全く応じなかったのに、一体どういう心境の変化だろうか。

 シュトゥが寂しそうに微笑んだ理由が分かり、スピカは少し俯いてトトを見た。

「……シュトゥが、寂しそうだったよ」

「まあ、そうだろうね」

 そう言いながらも、トトは微笑みを崩さない。まるでどうでもいいことのように、さらりと言った。

 スピカは、優しそうなトトの表情からは、トトが何を考えているのか全く分からなかった。もう少し前まではなんとなくは分かったのに。

「どうして、いきなり……」

「いきなりじゃないんだ。前からずっと考えていたことなんだよ」

「この家から、離れるのが寂しくないの? ……スピカとも、余り会えなくなるよ?」

 スピカは小さな声で、呟くようにそう言った。

 村から少し離れた森の中に寺院はあって、村を挟んで反対側の森の中にあるスピカの家から毎日のように通うには、少し遠すぎる。

 トトは小さい子供にするようにスピカの膝の上に手を置いて、少し首を傾げてスピカの顔を見上げた。

「うん。だから、スピカも一緒に来ないかな?」

「……」

 スピカは驚いてトトの顔を見たまま黙り込んだ。

 スピカに、あの家を離れろと言うのだろうか。トトだって、スピカがあの家を好きなこと位知っている筈だ。

「パドルも連れてきてもいいって」

 トトは柔和な笑みを浮かべたまま、そう付け足した。

「スピカは、あの家が大好きなの。それに、この村も」

「この村から完全に離れる訳じゃあないよ。それに……いつまでもおばあちゃんと暮らした家に執着して、一人で暮らすつもり? 一緒においで」

「……」

 スピカは半ば唖然としてトトの顔を見つめた。

 一緒においで。

 優しい声だけど、殆ど強要するような強い言い方だった。

「……どうしたの、トト?」

「どうもしないけど?」

 そう言って苦笑すると、トトはもう一度優しく言った。

「何も今すぐって訳じゃないから……けど、準備しておいて」

 そう言ってトトは微笑むと、腕を伸ばしてスピカの頭を撫でた。

 トトはもう完全にスピカを一緒に寺院に連れていくつもりのようだ。そうなると、スピカは従わざるえない。今まで絶対の言葉を持ったトトが、スピカに何かを強要させるようなことはなかったからスピカはわりと自由にしていたけれど、こうなると話しは別だ。村人たちはきっとトトが望むように、と願うだろう。

 スピカはトトの変化に戸惑いながらも、トトに感じていた違和感の原因にようやく気づき、顔を曇らせた。







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