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きみのこえ  作者: はんどろん
05.都の少女
14/63

14.

 夕食は、焼いた鶏肉と温野菜と甘い果物の入ったパンと、赤豆のスープだった。

 あまり食欲のないスピカだったが、出されたものを全部食べて、リュシカニアの淹れてくれたあたたかいお茶をゆっくりと飲んだ。

 その間、喋りかけられても一度も言葉を発していない。

 リュシカニアは、今部屋にいない。お茶を淹れると、黙って会釈して部屋を出ていってしまった。

 外はもう日が沈みかけていて、空の下の方が少し橙色に光っている程度だ。

 スピカはお茶を飲み干して、外に少しだけ目を向けるとようやく前を向いた。

 目の前には、スピカが返事を返さなくても別に気を悪くした様子もなく、トトがにこやかな顔で座っている。昼時いなかったからと言って、結局トトは夕食時にもスピカの部屋にやってきたのだ。

 トトのお皿の上は、赤豆のスープ以外は出された時のまま、殆ど手をつけられていない。

「……おなか空いてないの?」

 小さな声でそう聞くと、トトは少し驚いたように目を少し大きくしてから嬉しそうに言った。

「ほしいなら、スピカにあげるよ」

「いらない」

 まるで大食らいみたいに言うものだから、スピカはむっとして答えた。

「まだ、怒ってるの」

 まだ、もなにも。

 スピカはきっ、と、テーブルを挟んで向かいに座るトトを睨んだ。

 トトはテーブルに頬杖ついて、優しげに細められた目で、じっとスピカを見ている。

「僕と一緒にいるのがいや?」

 微笑んだままで聞く。

 確かに、今トトと一緒にいるのは気分がよくなかったが、苛立ちにまかせてそんな酷いことを言いたくないスピカは、堪えるように少し俯いて小さく首を振った。

「そうじゃない……村に帰りたいの」

「そうなんだ。けど、その必要はないよ」

 優しい声で言われた、その冷たい言葉の意味を理解できずに、スピカは穏やかに笑うトトの顔を凝視した。

「……必要って、なに? スピカは、村に帰りたいって言ってるんだよ?」

「うん。だから、その必要はないよ。ピノばあももういないし、スピカが村にいる理由もないだろう?」

 必要とか、そんなのじゃないのに。

 おばあちゃんの言葉を守りたいと思っているのも、小さい頃から村の人たちに、殆ど強制的に村にいるようにさせられていたのも本当だけど、今スピカが村にいたいと思うのは、スピカの意思だ。

 おばあちゃんはもういないけれど、村にはおばあちゃんのお墓もあるし、友達の、今ではきょうだいみたいに思えるオスカがいて、ヨルカやテアタだっているし、村の人たちはスピカにとってみんな家族の様なものだ。育った場所自体も、大切な場所だった。それにトトにとっても生まれ育った場所で、大切だと思っているものがある場所だ。トトは知らないかもしれないけれど。

 スピカは村を出る前の村人たちの様子を思い出して、下唇を噛んだ。

 トトだって、気づいてたくせに。

「トトは……トトには、シュトゥやアラントがいるでしょう?」

「一応ね。だけどね、スピカ。二人は僕がいない方が、きっといいんだよ」

「……どうして」

 少し前に会ったシュトゥの顔を思い出す。泣きはらしたような目で、儚げに微笑んでいた。

「僕がスペルカになった時から、二人は僕を子供として見れなくなった。……人が好い二人は、ずっとそのことで苦しんでいたんだよ」

「……」

「スペルカとしての僕か、二人の子供としての僕か、どちらにしろ二人は僕がいなくなって暫く悲しむかもしれないけれど、少しすれば二人には穏やかな日々がやってくる。……僕がいた時よりも」

 スピカはちがう、と言いたかったが、トトの言っていることもたしかかもしれない、と心の片すみで思った。

 でも、だからといってトトが都にいればいいとは思えない。

「だったら……スピカだけ村に帰る」

 もちろんそんなつもりはスピカにはなく、帰る時はトトが一緒でないとだめだと思っていたが、自分自身の考えをうまく口に出せないことにも、なかなか通じないことにも、いらいらしていたスピカはそう言った。

 トトも、スピカにそんなつもりはないことに気づいているだろう。

「だめだよ」

 強い響きを持った言葉に、トトを見たスピカは目を離せなくなった。

 深い深い、湖の色をした瞳には、なんの感情も浮かんでいない。

「まあ、スピカにそれはできないだろうけど。スピカ自身が、いちばんよくわかっているだろう?」

「……」

 スピカは言葉を返せずに、ただ黙ってトトを見つめた。

 穏やかそうに細められた瞳にある色は、底知れなくて、どこかするどい。

 トトの言うとおり、スピカは多分、そうできない理由を一番分かってる。トトよりも。

 でも。

 でも、スピカだって、自分の感情や想いを、はしっこからはしっこまで理解できるわけじゃない。

 トトはゆったりと微笑んだまま続けた。

「きみは『かみさま』に捧げられた、いけにえだ」

 あんまりの言い草に、スピカは目を見開いた。

「どうして、そんなこと言うの? トト、変だよ……」

「本当のことを言ってるだけだよ」

「……スピカは、トトの友達じゃないの?」

「友達、ね」

 その言葉のおかしさを確かめるように、トトはそう言ってふっと笑うと、手を伸ばしてスピカの顔を両手で包み込んだ。

 細いトトの手は骨ばっていて、スピカの手よりも大きくてひんやりしている。

「いけにえ、だよ」

 スピカは、笑ってそう言うトトの顔を凝視したまま、トトのひんやりした手がそろそろと首に移るのを感じた。絞めつけはしないが、トトはスピカの首を絞めるように細い首に手をまわすと、スピカの耳元で囁いた。

「だから、例えばスピカが僕に殺されたって、誰も文句は言わないんだよ」

 スピカは目を見開いたまま動けなくて、じっと横にある金色の髪を見た。

 何かを言おうとして口を薄く開けたが、自分でも何が言いたかったのか分からなくなって、すぐに閉じる。

 どうして。どうしたの。なんで。

 色んな感情が渦巻く頭の中は、ぐちゃぐちゃになっていく。

 目の端で、壁際に灯された灯りがゆらゆらと揺れていて、トトの金色の髪はその灯りで橙に透けていた。

 トトはスピカの耳元から顔を離すと、呆然とするスピカの目の前で優しく笑った。

「――スピカ、入るわよ?」

 扉を叩く音の後に聞こえたリュシカニアの声で、スピカは意識を取り戻したように体を震わすと、扉の方に顔を向け、ようやくトトから目を離せてほっとした。

 慌ててトトから離れて扉の方まで小走りに行くと、扉を開いたリュシカニアは、スピカが扉の前にいたことに少し驚いた様子で目をぱちくりさせた。そのすぐあとに部屋の中にトトがいることに気づいたのか、目を見開いて口元に手をあてた。

「すみません! 私……」

「いいえ。僕はもう部屋に戻るのでいてください」

 そう穏やかに笑って言って立ち上がると、スピカとすれ違いざまに「じゃあ、また明日ね。スピカ」と言って部屋を出て行った。

 リュシカニアはトトが部屋を出て行ったのを確認すると、明らかにほっとした様子で顔の緊張を解き、ずっとしていたお辞儀の姿勢を戻して、テーブルをちらっと見たあとスピカの方を向いた。

「お食事の邪魔しちゃったかしら?」

「……ううん。トトはあんまりお腹が空いてなかったみたい」

「どうしたの? スピカ……」

「なんでもない」

 リュシカニアが心配そうに腰を屈めて顔を覗き込んできた。明らかに変な顔をしていることはスピカは自分自身で分かっていたが、それでもリュシカニアはそれ以上なにも聞かずに「そう」と呟くと、優しくスピカの頭を撫でてくれた。

 外の橙の光はいつの間にかすっかり隠れてしまっていて、星と月明かりと、街の明かりがきらきらと目立ってきていた。今は真っ黒な影にしか見えない御山を越えたところに、スピカとトトの小さな村がある。

 ほんの少し前まで続いていたはずのおばあちゃんとの暮らしや、月祭り、スピカがトトの家に通って二人で色んな話しをしたことが、スピカにはもう随分と昔のように感じられて、どうしようもなく切なくなり、泣くことを堪えるように顔を歪めた。



 次の日の朝っぱらからスピカは身支度すると、日が完全に昇ってから街に出た。

 目的地までの道はなんとなく分かるような気がして、一人で行くと言ったが、リュシカニアはスピカが一人で街へ行くつもりなら部屋から出させません、と言ったので今日も変わらず仏頂面のイーノスと一緒だ。

 昨日一緒に昼食を食べて少し慣れていたスピカは、逸れないようにとイーノスの服の袖を引きながら歩いた。最初スピカのその行動に眉を顰めたイーノスだったが、黙ってスピカの後に付いてきている。

 今日も街の中は人が多い。朝市は活気付いていて、朝のにおいと、焼きたてのパンのいいにおいと、その他にも果物や野菜のにおいがする。

 スピカはきょろきょろとなにかを探しながら歩いた。人ごみの中、背の低いスピカの視界は狭い。最初はただ黙っていたイーノスだったが、その様子を見かねたのか、小さくため息をつくと「いったい、何処に行きたいんだ……?」と投げやりに聞いてきた。

「こわれた噴水」

 スピカが視線を彷徨わせて歩きながらそう言うと、イーノスは少し眉を顰めたが、前を向いていたスピカには見えなかった。

「……それだったら、こっちだ」

 ため息交じりにそう言われて、逆に腕を引かれるとスピカは少し呆気にとられた。

 今のスピカの説明で解ったのだろうか。スピカはこの街に来てから使われていない噴水をいくつか見ていた。その中でも、スピカが行きたいのは一番小さな噴水のところだ。

 昨日、銀色の髪をした女の子と大きな犬がいたところ。

 スピカは、トトのこともスピカのことも知らないあの女の子と、もう一度会いたくなったのだ。それは昨日の夜、トトとの間に不穏なな空気が流れたからかもしれない。

 きっとイーノスは壊れた大きな噴水のところに連れて行くつもりだろうな、とスピカは思いながらイーノスに腕を引かれるまま歩いていたが、着いた場所はスピカの予想とは違っていた。

 イーノスは見事、スピカの行きたかった小さな噴水のところまで、スピカを連れてきてくれたのだ。それは間違いなくスピカが昨日来た噴水だ。

 スピカは目を円くしてイーノスを見上げたが、イーノスはそんなスピカの視線に気づきながらもスピカと目を合わそうとしなかった。噴水の方を見て、じわじわと眉間に皺を寄せていた。

 スピカも噴水の方を見ると、ここについた時にはいなかった少女が、いつのまにか噴水の前に立っていた。もしかしたら噴水の影にいたのかもしれない。にっこりと笑って、二人の方を向いている。足元には、少女の髪色に似た色をした、灰色の大きな犬がいて、ふさふさしたしっぽを大きく振っていた。

「あんたが、今日のたった今ここに来るってなんとなく思ったから、私もここに来たんだよ」

 少女はそう言うと、スピカとイーノスのそばまでやってきてスピカの両手をぎゅっと握り、にやりと笑った。

 スピカは、ぽかんと少女の顔を眺めた。

「今日は、鳥連れてきてないんだね」

「昨日、人ごみの中連れまわしちゃったから」

「そっか。綺麗な声で鳴いてたからもう一回会いたかったけど、その方がいいね。……アルカ、なにしてんの」

 少女は言いながら大きな犬の方に顔を向けた。まるで本当に見えているような仕草に、スピカは少女が盲目であることを一瞬忘れる。そういえばここに来た時にも、スピカは声も出していないのに、少女はスピカであることに気づいたのだ。

 見るとアルカは尻尾を盛大に振りながら、その振動でおしりまで振って、イーノスに擦り寄っていた。

「あ。この人は……」

 スピカはイーノスを少女に紹介しようとして、なんと言ったらいいか迷った。寺院からついてきてくれた人などと言えるわけがない。

「言う必要はない」

 イーノスは大きなアルカを足に絡ませながら、不機嫌そうにそう言った。機嫌の悪そうな態度とは違って、手ではアルカを撫でてやっている。よほど気持ちいいのか、アルカは閉じてしまいそうなほど目を細めて、同じ場所でひたすら尻尾とおしりを振っていた。

「必要ない……?」

 イーノスとアルカの様子を凝視しながらもスピカがそう言うと、イーノスは眉間に皺を寄せたままスピカと少女を一瞥して、すたすたとスピカの横を通り抜け二人から少し離れたところで立ち止まった。アルカも嬉しそうにそれに寄り添ってついていく。

 スピカが小さく口を開けてそれを見ていると、少女は苦笑して肩を竦め、どうでもよさそうに言った。

「私達の話しを聞かないように、気を使ってくれたんじゃないかな?」

「……うん」

「私の名前おぼえてる?」

「セスティッリアス……」

 スピカは少女の名前を言っている途中で、軽く舌を噛んで顔を顰めた。リュシカニアの名前よりも、むずかしい。

「セスでいいよ。スピカ」

「セス?」

 スピカはセスティリアスに会いたいと思っていたのに、いざ会ってみるとなにを喋ったらいいのかわからなかった。少しそわそわしてくる。

「うん。セス。家族も誰も、私の名前ぜんぶで呼ぶことは滅多にないよ。長ったらしいし、やたら言いにくいんだもの」

「セスの家族は、都にいるの?」

「うん。スピカの家族は?」

「……」

 家族は、と聞かれてスピカは、自分にはもう家族がいないことに気づく。そういえば、スピカのお父さんとお母さんは都にいるけれど、都に来てからも一度も会っていない。

 目を泳がせていると目の端に、アルカが家の壁に凭れているイーノスに擦り寄っているのが映った。アルカはよほどイーノスのことが気に入ったらしい。イーノスも、相変わらず不機嫌そうには見えるが、アルカのことが嫌ではないようだった。時々頭と、目と目の間を撫でてやってはアルカを喜ばせている。

「とりあえず、座ろう」

 セスティリアスはそう言うとスピカの手を引いて噴水のそばまで行き、ところどころ欠けた噴水の縁に腰掛けた。自分の隣を手のひらでぽんぽんと叩いてスピカにも席を勧めた。

 腰掛けると噴水の縁の石の冷たさが、服の上からひんやりと伝わってきた。

「私の家族はみんな都にいるけど、お父さんとお母さんはここよりずっとずっと北の小さな村にいるんだよ。その村は寒すぎて、食べ物があんまりなかったからきょうだいでここまでやってきたの。……お父さんとお母さんは生まれ育った貧しい北の小さな村を捨て切れなくて残った」

「北の国のひとは、皆セスみたいなぎんいろの髪の色をしてるの?」

 スピカは村でも、この都にきてからもあまり銀色の髪をした人を見たことがなかった。月祭りの時と、この前街を歩いている時にちらりと見た程度だ。あと、イーノスの髪も見事な銀色だ。

スピカがちらりとイーノスの方に目を向けるとぱっと目が合って、なぜか慌てて目を逸らしてしまった。

「うん。そっか、ぎんいろか…時々自分の色を忘れそうになるけど、そういえばぎんいろをしてた。みんながみんなこんな色をしてるわけじゃないけどね。……この間この街にやって来た、人のかたちしたスペルカさまはきんいろなんだって。…スピカ、知ってる?」

 スピカはぎくりと僅かに体を震わすと、セスティリアスの顔を見た。セスティリアスの顔は家々の間から僅かに見える、寺院のてっぺんの方を向いている。

「有名なの……?」

「そりゃあ、もう。街にこれだけ人が多いのも、そのせいなんじゃないかな? ……凄く綺麗な、きんいろのかみさま」

「そうなんだ……」

 セスティリアはすっと腕を伸ばすと、街から少し離れたところにある山の一つを指差した。

「あの御山の向こうからやってきたかみさまは、女の子を連れてやってきたんだって」

「……それも、みんな知ってること?」

「さあ? 私は耳がいいから偶然聞いちゃったんだけど。……ねえ、スピカ」

「なあに?」

「あんたからは、かみさまのにおいがする」

 スピカは目を見開いてセスティリアの顔を凝視した。白っぽい瞳は緑柱石の色が濃い。光を薄く反射していた。

「スピカは、あの御山の向こうからやってきたの?」

 嘘を吐いても虚ろな目に見透かされるような気がして、スピカは黙って頷いた。セスティリアには見えていないのに、それで通じるような気がしたのだ。

「すごく遠くから、やってきたんだね」

 遠くから。

 冷たい風で指先は冷えていくのに、セスティリアにそう言われて目の奥が熱くなった。

 村は、目に見えるあの御山の向こう側にある。世界の裏側にある訳ではないし、言っても馬車で一日で着く距離だ。

 遠くから。ほんとうにほんとうに、遠くから。

「私はたまに、あの真っ白な村に帰りたくなることがあるよ」

 スピカがじっと黙っていると、セスティリアスはふと笑って白い息を吐き出した。最近、長く続いた雨が止んで一気に冬の空気になった。次に降るのはおそらく雪だろう。

「この街で降る雪も一緒だけどね。もうすぐ、この街も真っしろになるよ」

「御山の向こうの村は、雪が降らなくてもしろいよ。しろとあお」

「すごい!」

 セスティリアスが高い声を上げたので、少し離れたところで佇んでいるイーノスが不審そうに見てきた。ついでにスピカに不機嫌そうに目配せしてくる。

『―いつまで待たせるつもりだ』

「あの、もうそろそろ帰るね」

「なんだ。来たばっかりなのに」

「ごめん……また、来ていい? ここにいる?」

「私は別にこの噴水に住んでるわけじゃないんだけどな。スピカの来たい時にくればいい。きっと会えるから」

「うん」

「今度は、綺麗な声の鳥も連れてきて」

「パドルだよ」

「パドルも連れてきて」

 セスティリアはそう言うと、噴水の淵の上で立ち上がった。

 緑色のワンピースが、冷たい風にふわりと舞う。真っ白な素足の膝小僧は、ほんのりと桃色になっていた。もの凄く寒そうな格好をしているけれど、セスティリアスは全然平気そうに、寧ろ気持ちよさそうに冷たい風を体全体で受けている。

「――アルカ!」

 そう高らかな声でセスティリアスが呼ぶと、アルカは耳をぴんっと立ててセスティリアスとスピカの方を交互に見た。話しは終わったのかな? と伺っているようだ。

 イーノスもセスティリアスの声で、凭れ掛かっていた壁から体を離し、すたすたと歩いてきた。アルカも、イーノスに付き従うようにそのあとを付いていく。

「置いてくよ」

 セスティリアが怒ったような、少し低めの声でそう言うと、アルカはイーノスを追い抜かして凄い速さで駆けてきた。

「じゃあね、スピカ。またね」

「うん」

「あ、そうだ。……イーノスにも、よろしくね」

 そう言って、セスティリアスは見えない目でウインクすると、ぽかんとしたスピカを置いてアルカと一緒に、少し離れた、家々の隙間から見える人ごみの方に走り去っていった。

「なにぼうっとしてる。俺達ももう戻るぞ」

 いつの間にか真後ろに立っていたイーノスが不機嫌そうな声で言ったが、スピカはぽかんとしたままもう見えないセスティリアスの背中が消えた人ごみの方を見ていた。

「イーノスにも、よろしくねって」

「……そうか」

「セスと知り合いなの? イーノスも、北のほうの出身?」

「まあな」

「ともだち?」

「違う。あんなちびの友人はいない」

「なに?」

「……おまえ、鬱陶しい。関係ないだろう」

 すごく気になったけれど、イーノスにそう言われてスピカはそれ以上聞くのをやめた。少ししゅん、としてしまったスピカを見てイーノスはため息をついた。その気配を感じて、スピカは眉を少し寄せながらなんとか顔をあげてイーノスと目を合わせる。

「……アルカ、すっごい懐いてたね」

「うらやましいのか?」

 馬鹿にしたように口の端を少し吊り上げて笑うイーノスを、スピカはまたぽかんとした顔で見上げた。

 笑っているのを始めてみたけれど、ものすごく、感じが悪い。もともと身長差が凄いのに、その上イーノスはわざと少し顔を上げて目だけでスピカを見下げている。

 スピカは憮然として答えた。

「……アルカの後ろを歩いてたとき、スピカの方をなん回も振り返ってきたよ」

「子分と思われてたんじゃないか?」

「……イーノスって、スピカのこと嫌いなの?」

「別に。行くぞ」

「……」

 別にって、なんだろう。

 スピカは寺院につくまでふてくされた状態で、イーノスに腕を引かれてとぼとぼと歩いた。










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