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きみのこえ  作者: はんどろん
04.吟遊詩人と冷たい雨
11/63

11.

 平べったい箱の中、くしゃっとしたまま放りっぱなしだった、真っ赤なワンピースを取り出して広げてみる。昔はぴったりだったそれも、今のスピカからしてみると、随分と小さい。

 スピカは、喉になにかつっかえるような感覚を無視しながら、丁寧にそれを畳んで箱に入れると、そっと蓋を閉めた。

 こんこんっと扉を叩く音がして、イシュが扉の隙間から顔を覗かせる。

「広場に行くつもりなんだけど、一息ついたら、スピカも行かないか?」

 スピカは微笑んで頷くと、箱を横に避けた。

 やはり、トトはスピカを寺院に連れて行くつもりらしい。

 トトの口から直接聞いた訳ではなく、先日、尼僧のココセが、そのことを伝えにやってきたのだ。ココセと一緒にやってきた、オスカもイシュと共に話しを聞いて、家を片付けるのを手伝ってくれている。けれど、オスカはむすっとしていて口を余り開こうとしない。

 スピカは吐きそうになったため息を飲み込んで外を見た。雨は毎日降って、たまに思い出したように止む程度だ。今も空はどんよりと薄暗い。

「オスカは?」

「今、村に持って行くものを荷車に運び出してる」

 そう言ってイシュは肩を竦めた。その様子からして、機嫌は直っていないらしい。

 スピカは苦笑いして部屋を出た。

「ちょっと行ってくるね」

「うん」

 オスカはトトの横暴さにも腹を立てているのだろうが、スピカが知っていて何も言わなかったことにも、怒っているのだろう。

 玄関の扉を開けると、オスカが不機嫌そうな顔で立っていた。寸前のところで、オスカに扉をぶつけてしまうところだったスピカは、気まずそうに笑った。

「オスカ、」

「……なんだよ」

「……」

 完璧に臍を曲げている。こんなオスカも珍しい。これだといつもと立場が逆だ。オスカは口は悪いが、実はそんなに気性が荒い訳ではない。

 スピカは戸惑いつつも、上目遣いでオスカを見た。

「怒ってる……?」

「……なにに?」

「スピカが、黙ってたこと」

 スピカがそう言うと、オスカは盛大なため息をついた。スピカの頭の上に手をのせて「とりあえず、中に入ろう」と言う。振り返るとイシュが三人分のお茶を用意してくれていた。

「……黙っていたことに、腹を立ててるんじゃないよ」

 オスカは低く呟く。

 スピカは後ろに立つオスカを見上げた。無表情に近い顔で、けれど眉ねが少し寄っている。そんな、何かを押し込めようとするオスカの顔をスピカはよく知っていた。

「お前が、何を考えてるのか俺には全くわからない」

「そりゃそうだよ。オスカとスピカは別々だもの」

「……寺院に行くのか?」

「行く」

 迷いなく言うスピカに、オスカはますます眉ねを寄せた。何か言いたげに、口を薄く開いたが、もどかしそうにまたすぐ閉じた。

 スピカは言い訳するように付け足した。

「わたしは、みんなの望むままに」

 スピカがそう言うと、オスカはとうとう黙り込んでしまった。

 今言ったことは嘘じゃないけれど、スピカの真意は別にある。これは、ずるい言い訳だ。オスカは、それに気付いているのだろうか。どちらにしろ、オスカはスピカを愚かしく感じるだろう。

 スピカの横をすたすたと追い抜かして椅子についたオスカの背中を、スピカはじっと見た。

 スピカの存在を、唯一認めてくれた子。スピカの存在を、ずっと忘れないようにと、もがいている子。

「スピカ、お茶が冷めるよ」

「――うん」

 イシュに言われて小走りで台所まで行くと、オスカの隣に座った。「いただきます」と小さく言って、温かいお茶を飲んでほっと息をつく。

「大体片付いたね。スピカが留守の間は、村の人たちが、この家の管理をしてくれるんだろう?」

「うん。テアタと、シュトゥと……他の人たちも、時々見に来てくれるって。スピカも、時々帰ってくるつもり」

 そう言って、家の中を見回した。家具はそのままなので、スピカが持って行くものは少ない。衣類と、あばあちゃんの作ったテヌーの砂糖漬けと、あの平べったい箱と、他の小物くらいだ。あとは、パドルを連れて行く。

「もちろん、パドルも連れて行くんだろ?」

「うん」

 スピカは鳥かごに指先を入れて嘴で突かせているイシュを一瞥し、イシュの作った甘い焼き菓子を口に運びながら、黙ったままのオスカを横目で眺めた。オスカは真一文字に結んだ口を、解こうともしない。

「オスカも、このあと一緒に広場に行こう」

 イシュが言う。スピカはもぐもぐと口を動かしながら、ゆっくりと咀嚼した。イシュの作ったお菓子はスピカの知らない異国の味で、それでもおいしい。

 オスカは返事をせずに、少し嫌そうな顔をすると、焼き菓子を指差した。

「これ、イシュが作ったのか?」

「うん。おいしいよ」

「嘘だろ」

 そう言って、訝しげにお菓子を一つ摘むと、口に入れた。

 オスカの目が円くなるのを、二人は見逃さなかった。


 広場では雨が止むと同時に来たのだろう、娘達がいかにも待ちくたびれたという様子で、三人を迎えた。

「本当に最近は雨が多いわね。嫌になっちゃうわ。折角イシュもいるのに」

「今度、うちの酒場に来て歌を歌ってちょうだい」

 ヨルカと連れの娘がそう言うと、イシュは微笑んだ。

「恵みの雨だろ? 雨は、遠い東の国では皆、神様の涙だと思っているらしいけれど」

 イシュは冗談めかしてそう言ったのだが、その言葉に皆顔を少し強張らせた。

 スピカも驚きで、イシュを凝視する。イシュは気にした様子もなく、いたずらっぽい笑みを浮かべると、酒場の娘にウインクした。

「君みたいな美人がいるなら、毎日でも行かせてもらうよ」

「あら。本当に本当ね? 絶対よ」

 そう言って酒場の娘は口元を綻ばせた。

 オスカは呆れたようにその様子を眺めながら、隣にいるスピカに言う。

「イシュは、何を考えてるのかさっぱり分からないな」

「オスカ、それ、スピカにも言った」

「そうだな」

 そう言って苦笑する。どうやら機嫌が少し直ったようだ。きっとイシュのお菓子のおかげだろうなと、スピカは思って微笑んだ。

 娘達のリクエストにより少し陽気な恋愛歌が流れ始めた。

 どんよりした雲の下で、皆はそれに気づかないように努めているのか、やけに楽しそうにその歌の調子に合わせて、歌ったり踊ったりし始めた。

「俺達は、そんなに弱くない筈なんだ」

 ふいにオスカが呟いた。

 目線は、曇り空のように灰色に染まった景色の中、不似合いにも陽気な娘たちや、いつの間にか集まっていた他の村人達に寄せられている。

 スピカはその呟きに黙って頷いた。

 強くて、優しくて、どうしようもなく弱い人たち。目に見える『かみさま』がいなくても大丈夫な筈なのに、目の前に現れた『かみさま』を崇め、離れられずにいる。それに巻き込まれ、巻き込んだ。儚い均衡を崩さないように。

「オスカも、たまには寺院に遊びに来てね」

「ああ……そういえば母さんが、お前にやった服をまた、寺院まで運んでやれって言ってたな。 お前、うちに置いたままだったろ? また持ってってやるよ」

「うん。ありがとう」

「なにも、遠く離れた場所に行く訳じゃあないしな。言っても、村の直ぐ近所だ。母さんなんか、昔から三日に一回は行ってる」

 『かみさま』が隣の家にいるのに、テアタはわざわざ寺院まで行くのか。スピカは苦笑した。

「……それにしても、スペルカさまはどうしちまったんだろうな」

 いつの間にか音楽はこの村に伝わる、あの祭りの時にも聞いた、聞きなれたものに変わっていた。

 今にも雨粒を落としそうな重たい雲の下、冷たくなっていく指先を感じながら、スピカはその呟きを聞いて少し俯く。

 きみたちは、どんな大人になるんだろうね、というイシュの言葉を思い出して、祈るような気持ちになり、ぎゅっと服の胸元を掴んだ。

 夕方からまた『かみさまの涙』が降り、翌日も続いた。それは霧のように外の景色を白くぼやかしていた。

 ひんやりと冷たい空気にスピカは身を震わせる。少し迷ったが、すぐに出る予定だったので今日はもう暖炉に火を点すのは止めておいた。防寒の上着を羽織り、木箱と僅かな荷物、それにパドルの入った鳥かごをテーブルに置き、家の中を見渡した。

 昔からおばあちゃんが住んでいた家は、古くて狭い。けれどスピカはおばあちゃんと住んだこの温かい家が好きだ。この家は、おばあちゃんがいた時から何も変わらない。スピカがいなくなってもそうなのだろう。ただ、この家の中をおばあちゃんがいた時より少しだけ寒く感じた。それでも、まだどこからかひょっこりおばあちゃんが出てきそうな気がして、おばあちゃんの姿を探してしまう。おばあちゃんが温かいご飯を並べてくれた小さなテーブルにも、柱におばあちゃんが刻んだスピカの成長を印す傷にも、ぎいぎいと鳴る狭い階段にも、おばあちゃんの残影がそこかしこにある気がしてならない。

「――準備できた?」

 その声と同時に開けられた扉から、さあっと細やかな雨の音とひんやりと少し湿った空気が入ってきた。

 中に入ってきたイーノスは雨で濡れた顔を拭った。続いてオスカも入ってきた。少ししか外に出ていないのに、二人ともびしょ濡れだ。薄暗い中、体中についた小さな水滴が卓の上に置かれた角灯に照らされて、きらきらと小さく光る。スピカは頷くと卓の上に置いた荷物を持った。揺れた鳥かごの中で、パドルが少し驚いたように鳴きながら羽をバタつかせる。

 オスカはこれから家を出るというのに、不機嫌そうに椅子にどかっと座った。

 すっかり機嫌を直してくれていたものと思っていたスピカは、目を円くして立ち止まってしまう。

「……まだ怒ってるの? オスカ」

「違うよ。オスカは折角持ってきた荷車がいらなくなった原因に、腹を立ててるんだ」

「スピカの荷物が少ないから?」

「まさか。さあ、お客さんたちが外でいっぱい待ってるよ」

 イーノスは苦笑いしながら言葉を濁した。

 オスカの怒っている原因が何なのか分からなくて、スピカは首を傾げる。それに、お客さんとはトトやオスカの家族たちだろうか。雨音で人の気配が感じられないが、雨が降っているから入ってくればいいのに、と思う。

「オスカ、もう行くよ……」

 スピカは少し呆れながら言った。オスカは立ち上がろうとはせずに、まだ機嫌悪そうにちらりとスピカを一瞥しただけだ。スピカはもうっと呟くと、珍しく駄々をこねる子供のようになってしまったオスカを無視してイシュの後ろの扉に向かった。

「暫くは、お別れだね」

 扉を開けようと手を伸ばしたところで、イシュに声をかけられてスピカは振り向いた。

 そうなのだ。イシュも今日この村を旅立って、また別の場所へ行く。また一年程イシュとは会えないだろう。それにイシュは今まで大体毎年同じ位の時期にこの村にやってきていたが、これからもずっとそうとは限らないのだ。吟遊詩人として各地を旅するイシュに、スピカから会いに行くこともできない。

 スピカは毎年のことながら、少しの不安と寂しい気持ちに襲われた。荷物を床に置き、背伸びをしてイシュにぎゅっと抱きついた。縋り付くように頬を摺り寄せる。

 イシュもそれに応えて身を屈めると、小さな体を優しく抱きしめ返す。

「今度は、少し早めに、またやって来るよ」

 元気付けるようにそう言うとスピカの頭をくしゃくしゃと撫でた。スピカは黙って頷く。小さな子供のように、いつ? 次はいつ来るの? と聞いてしまいたい衝動に駆られたが、じっと耐えた。イシュは必ず来てくれるのだ。それも、いつもより少し早めに。村人ではなくスピカの秘密を知っていて許容してくれるイシュが、ある意味スピカにとっての最も心安い間柄だ。毎年イシュが村を出て行く度に引き止めたい気持ちになる。

 スピカはイシュから少し離れると、にっこり笑った。

「またセラントの森を通るの?」

「まさか! 霧雨だし、今回こそ真っ赤に染まってしまうよ」

 そう言って眉ねを下げたイシュは肩を竦めた。

 その時、扉から控えめに扉を叩くの音がしたのでスピカが振り返ると、雨のにおいが入ってきた。

 扉を開けたのはトトだ。

 後ろの方で僅かに椅子が動く音がした。

 スピカが驚きで何も言えずに立っていると、イシュが軽くスピカの肩を押した。

「お迎えだ」

 トトはにっこりと笑ってスピカに手を伸ばす。

「そろそろ行こう」

「なんでトトが此処にくるの? そのまま寺院に行った方が早いのに」

 トトがスピカの家に来たのなんて何年ぶりだろうか。

 ここにトトがいることに違和感を感じたスピカは僅かに眉ねを動かした。

「それが、そうでもないんだよ」

 そう言ったトトが扉の前から退いて、外の景色を目にしたスピカはぎょっとした。

 小さな扉からは一部しか見えないが、霧雨で白く濁った景色の中、祭りの時に遠方から訪れる、身なりのいい人たちが乗ってくるような大きな馬車が停まっている。そしてその前には、銀色の甲冑を纏った都の騎士が置物のように、じっと身動きせずにスピカとトトのいる方を向いて立っていた。

「……なんで? 近くの寺院に行くだけなのに」

「行こう」

 トトはスピカの手をとると、呟くように言われたスピカの言葉には答えずに優しく言った。

 スピカが答えを求めるように少し振り向くとイシュは困ったように笑って肩を竦めるだけだった。オスカは表情の薄い顔で、だけど先程の不機嫌さを残した表情でイシュの後ろで立っている。

「待って、トト」

 そう言ってトトの手を解いたスピカは、床に置いていた荷物とパドルの鳥かごを抱えてフードを被った。

 ふとスピカが顔を上げると、馬車の前にいた騎士が、ぬかるんだ地面を踏む音と金属の合わさる音を鳴らしながら向かって来たので固まってしまった。全身を甲冑で覆われた騎士は、人間味がなくてなんだか不気味だ。甲冑は口元と、隙間から目が見えるものだったので近くまでやってくると少しだけ顔が見えたが、全くと言っていいほどの無表情だということが分かっただけだった。トトはスピカの横で平然としている。

 銀色の騎士はスピカたちの少し前までやってくると、洗練された動きで騎士独特の挨拶をした。

「彼はイーノス。寺院までの道を守ってくれるよ」

 大げさな、と微かに思ったスピカだったが、そんなことは仰々しい雰囲気の騎士の前では流石に言えなかった。

 呆然と立ち尽くしているスピカの荷物を騎士は何も言わずに取り上げて、馬車の方へ再び歩いて行った。

 驚いてものも言えないスピカの隣で、トトがおかしそうに笑う。

「馬車まで運んでくれるみたいだよ。僕たちも行こうか」

 そう言って再びスピカの手をとってトトは歩きだした。

 スピカは慌ててパドルが濡れないように、羽織っていた外套で鳥かごを包んで抱きかかえた。

 外に出た途端に、冷たい霧のような雨が顔に降りかかってきて、思わず目を細めてしまう。家の中が寒かったと言っても、やはり外の方が幾分か寒い。冷たい空気がスピカの肺を満たした時、スピカは立ち止まった。

「どうしたの?」

 聞いたトトは、薄く笑って振り返りスピカを見ている。

 先程スピカの荷物を運び出した騎士は馬車の前で、少し前と同じようにじっと佇んでいた。スピカが驚いたのは、馬車の前後とその少し離れた周囲だ。馬車の前後には無表情なあの騎士と同じ格好をした、馬に乗った騎士が数人と、尼僧たちと司祭が並んで煌びやかな行列を作っていた。みんな見たことがない顔ぶれだから、恐らく都からわざわざやって来たのだろう。雨が降っているというのに、祭りの時に着るような清潔で美しい衣装を身に纏っている。その静かな行列は厳粛な雰囲気を漂わせていた。

 そしてその周囲で、たくさんの村人たちがじっと立っていた。みんな何も言わずに、雨が降っているのにも気付いていないかのように、外套を羽織ってはいるがびしょ濡れの姿で見つめてくる。

 スピカはその異様な光景に少し後ずさりした。背中がとんっと何かにぶつかって見てみると、イシュも困った顔をしている。

「さっきからずっとだよ。俺もちょっと、というかかなりびっくりしたけど」

 オスカも黙ったまま、少し忌々しげにその光景を見ていた。

 トトが手を引いて先を促したので、視線に耐え切れずに俯き、ぬかるんだ地面と自分の靴を見ながらスピカは恐る恐る歩いた。

 村人たちは、縋るような目をして、スピカとトトを見ていた。みんなスピカの見知った顔ぶれだ。パン屋のおばさんに自鳴琴職人のおじさんに、書店のおじいさん。舞娘をしていたお姉さんたち。昨年子供が生まれたばかりの村長のイシュボルの一家。自警団の人たち。恐らく、村の人たちの殆どがここにいるのではないだろうか。けれど、普段は明るい顔も、雨の中ぼんやりと暗い。

 スピカはふいに何か大きな間違いをしてしまったような気がして、不安になった。

 先に乗ったトトに手助けしてもらいながら馬車に乗る直前に、イシュに声をかけられて振り返ると、イシュは優しく微笑んでいた。

「寺院に行っても、スピカはスピカだよ」

 その言葉で不安も少し軽くなる。大げさなこの様子に、スピカも少し大げさに不安になってしまっているだけだ。本当はなにも心配なんていらない。そうは思っても、馬車に乗り込んで窓から再び村人たちの顔を見ると、また不安がこみ上げてきた。それに、シュトゥたちの姿を探して視線を彷徨わせてみたが、その顔ぶれの中に彼らの姿を見つけることはできなかった。

 馬車の前に立っていた騎士が、扉を閉めて大きな馬に乗ると殆ど同時に、馬車ががくんっと揺れたので、スピカは無意識に隣に座っていたトトにしがみ付いた。

「大丈夫?」

 そう言ったトトは、雨の中じっと立っている村人たちのことなんてまるで気にしていないようで、見ようともしない。

 スピカは顔を顰めるとすぐにトトから離れた。けれど、予想以上にがたがた揺れる馬車の中、スピカの体は不安定に揺れてしまう。スピカの膝の上にいるパドルも、宿り木の上で均衡をとるのに必死らしく、ばさばさと慌ただしく羽を鳴らしながら宿り木の上でかつかつ飛び回っていた。それでもなんとかスピカは身をくねらすと、スピカの家の前で手を振ってくれているイシュとオスカに手を振り替えした。オスカは相変わらず機嫌が良く無さそうだったけれど、それでもちゃんと手を振ってくれている。再び反対側の窓に目を向けると、村人達はまだじっと縋るような、不安そうな目で馬車を追っていた。昔髪が切られた頃に、スピカが度々見ていた表情と似ている。

 ふいにスピカの顔の横から腕が伸びてきて、スピカと村人の視界を遮るようにしゃっと幕を引いた。馬車の中には小さな灯りが二つ灯されていたけれど、一気に暗くなってしまう。

 スピカが驚いて幕を閉じたトトを見ると、トトは薄く微笑んでいた。

 がくんっとまた大きく揺れて、トトがスピカの体を支える。

「スピカ、寺院まではあと少しだから眠るといいよ」

 そう言われて、別に眠くない、と言いかけて眉を顰めたスピカは急に襲ってきた眠気に顔を歪めた。相変わらず馬車はがたがたと揺れているのに、急にやってきた眠気は引きそうにもなく、じわじわと足の方から体を這い上がってくる。

「着いたら起こすよ」

 言われた途端に体の力が抜け、パドルの鳥かごを抱きしめていた力が緩くなってしまった。少し気になったが、すぐに小さく鳴くパドルの声もその羽音も、がたがた揺れる馬車の音も聞こえなくなった。








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