先行ガイド
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と、内容についての記録の一編。
あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。
「何事にも、先達はあらまほしきことなり」とは学校でも触れられるくらい有名な一文だ。これが出てくる作品中では、知識がなかったばかりに大きな勘違いをしてしまった僧が取り上げられている。
確かに案内や事前情報っていうのは、落とし穴にはまらないためには必要だろう。だが、旅路って奴は、本来正解がないもの。
あてどなく、さまようのも一興。地雷原をすり抜けていき、予想外の穴場を見つけるのも一興。その道中の寄り道、獣道も楽しいものだ。少なくとも、俺はそう思っていた。
だが、最近の流行りはストレスフリー。手取り足取り、はずれなしのコースやおすすめが示されて、がきんちょからお年寄りまで、思考を止めたまんまで歩んでも問題ないくらい、懇切丁寧な案内も多い。
もはや多くの人が望むのは、案内書じゃなくて解答書のレベルなのだろうかね。この画一化の流れは、道に外れるより、周りから外れるのが怖いって気持ちの表れかもしれん。
寄らば大樹の影。でも雷が落ちたら、みんな仲良く黒焦げだ。
頼りにしているものが、自分にあっているかどうか、考えてみる大切さを教えてくれた話がある。どうだ、聞いてみないか?
俺のダチは、ふらりと旅に出るのが趣味だった。昔は二人でちょっと遠出もしたんだが、ある時から、一緒に出掛けることはなくなっちまったよ。
さっき話したように、俺はフラフラ派。葉っぱのように、流されるままにぶらつくのがいいんだが、あいつは綿密なスケジューリングをして、外出することを望むようになったからだ。俺はあいつにとって、気に食わない奴になったらしい。
きっかけはぼかされたが、どうもクラスの決め事で、賛成多数のところをどうしても気に食わないんで反論したら、しばらく仲間外れにされたかららしい。個人的に譲れない一線だったのに、時計を気にし出した連中に徹底的に圧力をかけられて、折れざるを得なかったとか。その時に、自分の感覚はおかしいんじゃないか、という怖さを感じたらしいな。
やたらと、カタログに載っている商品の、評価やレビューを見るようになったのも、この頃からだ。
商品の良し悪しを知りたいんじゃない。自分の思いや考えが、多数派と同じものか、それにより安心を得られるかが、一番の重大事だったとか。
あいつにとって、自分の意思など二の次になっていた。ひたすらに自分が周りと同じかどうか、そればかりを気にするようになっちまったんだ。
心に遊びがなくなり、絶対多数が掲げる「正解」へがんじがらめに縛られる様は、見ていて痛々しい。酷だが、「つまらない奴になった」とも感じちまった。
そんなあいつは、俺と離れた一人っきりの旅行でも、ガイドブックを重宝していたらしい。その場その場に応じた最新の案内を求めて、何軒も本屋をはしごするほどの徹底ぶりだったとか。
そして、ある三連休の前日。やはり旅行計画を抱えたダチは、なじみの本屋で予約していたガイドブックを買おうとしていた。前々からあちこちで宣伝していた、好評のシリーズ。その最新版だったんだ。
カウンターで予約していた旨を告げて、本を受け取ろうとしたんだが、今日の店員は「研修中」のワッペンを名札の上につけており、あたふたしている。顔面を青白くしながら、無駄な動きを重ねるさまは、ダチはつい舌打ちしそうになるくらいだ。
カウンター奥の予約した本を置いた棚を、たどたどしい手つきでなぞり、ようやくダチの注文していた本を手に取る店員。どうやら他にも同じ本を注文していた人は多く、仲良く並んだ紫色の背表紙を持つ本の中から、一冊が抜き取られる。
「こちらでよろしかったですか」と、申し訳ばかりに表紙を見せたかと思うと、やや手荒に本を覆っていた、管理用のビニールシートを破っていく。ダチは不機嫌な表情を、隠そうともしなかったらしい。
その腹の立ち具合は、改めて書店の柄が入ったカバーがつけられた本を受け取り、さっさと支払いを済ませて、足早に店を後にするくらいだったとか。
旅行当日。現地につくやガイドブックを参考に歩いていくダチだが、どうもおかしい。
今回、訪れるのは初めての場所。例のシリーズにおんぶにだっこだったから、他の事前情報は一切、得ていない。けれど今回、その信頼はみじんに打ち砕かれた。
某お堂には53体の地蔵が並ぶと書かれていながら、実際の地蔵の姿は10にも満たない。絶品料理と評された旅館のご飯は、辛うじて人に出せるかというレベルの、ギリギリ及第点。極めつけは名物と紹介される、肉であんこを包んだという珍味「肉もなか」なるものが、いくら店を回っても見つからなかったこと。
ことごとく肩透かしを食らったダチは、二泊三日の旅行を切り上げて、家に帰ってしまったらしい。
今まで信頼できる内容だったのに、今回に限ってなぜ。もしかして、ライターが新人なのか。あの本屋の店員のように。
悶々とするダチは、ほどなく件のガイドブックを回収するという呼びかけを耳にする。即刻応じて本を手放し、慰謝料としての図書券を受け取ったとか。以降、ダチは例のシリーズに手を出すことは控えたんだそうだ。
数ヶ月後。ダチは新聞で、例の旅行先が、近年まれに見る大火事に見舞われたことを知る。
某お堂はすっかり焼け落ち、その下からは53人の焼死体が見つかった。
旅館でも同時期に火の手に巻かれ、何人もの仲居さんが犠牲になった。ただ、その遺体はところどころが何かに食いちぎられ、無残な姿をさらしていたそうだ。
そして、土産物屋も軒並み倒壊。がれきの下からは、あんこを、血がしたたる柔らかい肉で包んだ「肉もなか」とでも呼ぶべき、奇妙な物体がいくつも見つかったとか。




