告白
「なぁ姫菜!お前らなんかあったの?
登校も別だし、話もしねーし。
倦怠期?」
「別に。なんでもない。」
中学校の机に突っ伏した私の脳裏に
マー君の指摘が契機となり、
昨日のことがフラッシュバックし、
憂鬱が再燃する。
マー君は、バカのくせにこうした人間関係の機微には、無駄に鋭い。
バカのくせに。
「そっか、ならいいや!」
マー君がバカで助かった。
バカで……
「あいつ、いつも変だけど、昨日は、いつにも増して様子がおかしかったな。
それに今日も顔をあわせるたびに進学を見直せって、
肉迫した勢いで。
なんか関係あんだろ?」
と思ったら、別ベクトルの鋭い奴がいた。
なまじ頭がいいだけ御し難い。
「キョー君は、どう思う?
いつもの人を食ったように偉そうに解説してよ。」
「お前、俺をなんだと思ってんだ!」
キョー君の思考が始まる。
黒板にでも絶対その数式必要性皆無だろと思える無駄に長い方程式を描くように瞑想し、
下顎を指で支え沈黙する。
「実に面白くない。」
「わからないんだね。
姫島のガリレオにはなれないね。」
キョー君が私の言葉に雪辱を露わにしている後ろで
お腹を抱えて爆笑しているマー君に私のフラストレーションは募る。
「なんか、お前らの幸福を想って言ってるとかなんとか言ってた。
それ聞いてマー君なんて言ったと思う?」
「マー君に幸福なんて単語わかるわけないじゃない!」
マー君は、理解できない言葉を聞いたときは、
基本的に笑ってごまかすしかないのに。
「お前、俺をなんだと思ってんだ!」
「「Shut up!!」」
「・・・」
「「笑ってんじゃねー!!!!」」
閑話休題……
「で、なんて言ったの?」
「人は別に幸せになるために生まれたわけでも生きてるわけでもねーってさ。」
それを復唱して可笑しそうに吹き出すキョー君。
それを聞いて千は、どんな顔をしていたのだろう。
「神様も驚愕の返しだよな。
もし神様がいて、あれを聞いたらどんな顔するんだろうな。
見てみたいぜ。」
「千は?」
「名状しがたい複雑な顔してたな。」
それを聞いて私は、少し可笑しくなった。
キョー君も可笑しそうに笑う。
その後ろでお腹を抱えて大爆笑するマー君。
お前は、笑うな!!
朝礼が鳴り皆、先生が来るまで思い思いの時を過ごしている。
雑談をするもの。
寝ているもの。
読書をするもの。
大爆笑をするバカ。
一つ机を挟んですぐ隣の席をチラリと見てみる。
3メートルの距離もないはずなのに昨日までとは、
明らかに離れた所いるように感じる。
どうしてこうなってしまったのだろう。
私は、再び机に突っ伏し、頭を抱える。
机が冷んやりとして驚き、目を開けると
数日前に千が書いた私を小馬鹿にした落書きが
机の隅にあった。
担任は、定時から15分も遅れて教室に入ってきた。
それから二呼吸ほど置いて誰かがゆっくりと入って来る。
メトロノームに愛されているかのような正確なテンポと大理石が驚嘆するかのような一切の雑音の成分すらないハイトーンを刻み、
流麗な所作と美麗な物腰の金髪碧眼の美少年が生徒に向き直る。
教室の普遍的な空気は一変し、背景を帯びていくかのように
女子の歓喜の騒めきと男子の劣等の歯ぎしりで溢れかえる。
先生の紹介など誰の耳にも届いていないが
ただ外国からの転校生という言葉のみを生徒いや、主に女子が捕食したようだ。
卒業を数ヶ月に控えての転校という疑問など瑣末な問題のように。
「手水拍と申します。
遠方の地より、参りました。
皆様とは、とても、とても短い時の共有となるかと存じますが
仲良くしていただけたら光栄です。」
倍音を含んだ柔らかな声音が古めかしい丁寧な言葉を装飾し、
全員の琴線を白く滑らかな指で触れるかのように微笑んでいる。
ほとんどの女子が悶絶を表明している。
しかし、隣の方からの悲痛な反応を私は察知する。
見ると驚愕と恐怖を必死で堪えるかのように手水君を見る千がいた。
担任に指示され最後列の席に向かう手水君。
私の千への視線を遮るかのように横を通り過ぎるその刹那。
ゆっくりと視線を向け……
「姫さま、時は満ちました。私と婚礼を結びましょう。」