破れたタンバリン4
氷室は公園に来ていた。
朝のすがすがしい空気を吸い込み、ほうっと深呼吸する。
よく晴れた日だった。公園のベンチを目指し、ゆっくりと歩いてゆく。
見ると、ベンチに先客がいた。
敬子だ。以前、氷室が家にしていたベンチに座っている。
小さなイーゼルに絵はがきサイズの植物画を乗せている。
「……おはようございます」
氷室に気づいた敬子が、ぎこちなく挨拶した。
「……ああ、おはようございます」
氷室もぎこちなく挨拶する。
「ベンチ、代わりましょうか」
そう言って、敬子はあたふたとイーゼルを片づけようとした。
「ああ、お構いなく。……それは何ですか?」と氷室。
「あの、えっと、私のつたない絵です」
敬子は真っ赤になってうつむいた。
客が訪れるとは思わなかった。自己満足の展覧会だったのだ。
「うん……なんだか落ち着ける絵だ。絵のことはよく分からないけれど、いい絵だと思いますよ」
氷室は素直に絵を称賛した。
褒められるとも思っていなかった敬子は、ますます恐縮した。
「ありがとうございます」と、小さな声で礼を言う。
「良かったら、どうぞ」
敬子は絵を氷室に差し出した。
「いいんですか」
氷室が驚く。
「ええ。誰かに見てもらった方が、絵も喜ぶと思うので」
敬子は氷室の目を見た。
迷惑とは思っていなさそうな、優しい目だ。敬子は絵をこのひとに渡せて良かったと思った。
「そ、それでは失礼します!」
敬子は慌てながら、イーゼルをしまって去っていった。
「……ありがとう」
氷室の声がその背中に届いた。